愛を夢見た神々 / good bye, my friends その1
事前に設定しておいた機械動作と再起動の電子音で目を覚ました。
眠りについた時がまるで昨日のことのように感じた。
寝覚めは悪くない。俺は早速リンボルでの活動を再開するべく準備をはじめた。
中での生活は主に機械の身体に意識を移して行う。生身で活動することは滅多にない。本体には各組織の劣化を防止するための特殊な低温処理を施し厳重に保管していた。そうすることで俺達は実質永遠の時間を生きることが出来る。
かくして肉体も長期的な生存を可能としたが、完全に劣化を止めたわけではない。よって俺達は予備の肉体を一人一体ずつ用意しなければならなかった。それらはクローン生成技術とほとんど変わらない手法を用いて準備されたが、あくまでも器としての身体であるため、中身は空の状態のまま保管されている。
四人の内の誰かが暴挙に及ぶことを危惧した俺は必要に応じ常時活動する人数を自分を含め二人もしくは三人とした。そして自分が眠る時は必ず全員でそうするようにした。
さらに四人には定期的に記憶消去を行った。
四万年という月日は信用という言葉すら打ち消してしまうほど膨大な知識を吸収できてしまう長い時間だった。いつかやるのであれば今のうちからやっておこうと思い、過剰な対策ではあったがやむなく実行することにした。
結果リンボルでの安全対策は想像以上の成果を上げた。誰も破滅的になることはなく、ここは平穏に満ちた楽園となった。
搭乗者であるクローンには一人一人名前があり、オリジナルが設定した基本感情をもとに異なった性格を持っていた。男が三人と女が二人という構成だった。
『エア』はリンボルの装甲全般の開発に参加したスウンエアのクローンだった。いたって女性らしい性格の持ち主でリンボル内に造られた食料製造設備の維持管理を任せるといつも率先して完璧な仕事をしてくれた。エア以上にうまくやれる者がいなかったため、そこは彼女の専任現場となった。
エアに対してもう一人の女性、『ユキコ』はリンボル開発の総合指揮を担当していたジュカのクローンで、彼女はこの中で一番の怠け者だった。しかし船内の不備などがあった際の迅速な対応はオリジナルの性格を踏襲しているようで、一応頼りがいのある一人だった。
『テメロム』は俺がかつて地球に来た時に使用した小型宇宙船の設計を担当したゼメロムのクローンだった。彼はリンボルの外宇宙侵入に関しての知識を豊富に有しており、理論に至ってはほぼ完璧に説明することが出来た。ちなみに、人の形を模した小型宇宙船はリンボルと同様の航行機能を備えてるが、内宇宙脱出の技術そのものがまだ立証されていない段階なので試験の成功を想定した船内装備という枠に留まっていた。俺だけは実現することを知っているので、この小型宇宙船もリンボル同様に機能することが分かっている。彼が考案した宇宙船は全部で五機搭載されていた。
『MB』はアレフのクローンだった。アレフはもともと最新技術を応用したクローンの開発研究者だったが、リンボル開発の中盤あたりに予備の肉体の必要性を訴える者が出てきたのを理由に俺が引き抜いたのだった。アレフの本心を知る身としてはこのMBを要注意人物として見ないわけにはいかなかった。当然であるが生体情報の精密検査を行い、オリジナルではないことを確認している。温和な性格で場の空気を和ませることが得意であり、任された仕事はどれも拒絶せずにこなしてくれた。オリジナルとは正反対の男だった。
そしてアズハ、……俺は今『エルノウ』という新しい名前を持ちこの中にいる。一応リンボルの開発責任者ということになっている。外宇宙についての研究に半生を費やし、リンボル航行技術の雛形を作ったのが俺だった。詳しく説明するのは非常に困難である。全てを説明するとなるとポチのナーヴァルエービーのように難解なものになってしまうからだ。ついでに補足すると、ナーヴァルエービーに似た技術は俺の時代にも既にあった。その技術は小型宇宙船に採用されている。
この五人が全搭乗者となる。俺はこの彼らと共に約束した日を目指していた。
……ただし、これらの搭乗者の説明はあくまでも俺の過去の記憶から抽出したものであり、今の彼らには記憶はおろか基本人格すらない。現在は外見通りの機械的な作業をこなすだけの存在だった。
自分の下した決断に後悔はないが、それでも一抹の寂しさはあった。クローンというものの価値が永遠に議論される所以がこの船の中にも展開されることになったのだ。
俺の時代の地球では彼らにもオリジナルと同等の権利を与えることになっていた。そしてオリジナルはクローンを作る過程で厳しい制約を課せられた。
社会的均衡はより複雑な調整を求められた。ゆえにクローン人口はごくわずかであり、多くの者がそれを必要としなかった。
厳重な管理が人との共存を可能にする社会。それが俺の時代の世界だった。
つまり、今自分がリンボルでしていることは犯罪そのものだった。
自覚していた。心の中は社会と現実の狭間で未だに格闘を続けていた。
良心とはなんだろうか。
クローンを自在に操作することが果たして単純な悪と言えるのだろうか。
ならばそれは正義なのか。なんなのだろうかと。
人が定めた正義に宇宙の理が完全に重なり合うのだろうか。
深く考えた。行き着くところはいつも一緒だった。
分からない、と。
……時間だけがあった。空間を隔てているはずなのに内宇宙と外宇宙の時間は平行して流れていた。それは自動操縦による小型宇宙船の地球観測結果から判明した事実だった。とても不思議な発見だった。無にも時間が流れていたのだ。
俺は鮮明な記憶の中で神秘を感じていた。
この世界を創造した存在の温もりみたいなものだった。
案外、神という存在は思っているよりも身近なところにいるのかもしれない。
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ある日、搭乗者の一人であるテメロムが内宇宙の観測結果に興味を持ったようで、それを自分にも見せてほしいと言ってきた。一年おきに小型宇宙船から持ち帰ってくる情報だった。
俺は彼の急な反応に一瞬萎縮してしまったが、彼らの擬似的な知能と最小限の言語知識が興味本位という刺激を無作為に選び出したのだと思い、場の流れに身を任せてそれを見せることを許可した。
「……うつくしい、ですね」
それは機械が発した共感できない感情だった。だが彼の発言に妙な安心感みたいなものを覚えた。しばらく味わっていなかった人との繋がりを体感したような錯覚だと、その時は思った。
あの出来事があって以来、テメロムは仕事が終わると俺のところに来て内宇宙のことを聞きに来るようになった。はじめは断っていた。
「……そうですか。それはざんねんです……」
毎日のように機械的に背中を向けて去っていくその姿を見ていくうちに、俺の中で彼特有の感情が形成されていくのが分かった。
それは恐怖でもあった。この感情に飲まれてしまえばいつか自分を滅ぼしてしまうような気がしてならなかったのだ。
考え抜いた末、俺はテメロムの記憶を消去しようと決めた。
観測結果と内宇宙の映像を見せてしまった自分に責任があった。
己の過ちは己で処理をする。
そこにはクローンに対する贖罪の意味も込められていた。
記憶消去を決行しようと思った時のことだった。俺はいつものように四人の作業の見回りをしていたのだが、その時テメロムがまたおかしな言葉を発したのだ。
「あれからずっとかんがえていました。あのばしょはわたしたちのこきょうなのですよね」
擬似的な人格からこんな答えが導き出せるとは思わなかった。人は脳で感情や物事を考えるが、彼の意識は俺の認識を超えたなにかを持っているのかもしれないと思った。記憶消去では補えないなにかを見落としている。……かつての自分がそうであったように……。
それは心かもしれなかった。体内のどこかに格納されていた大事な記憶の断片が彼の中にも残っていたのかもしれない。そう感じたのだった。
俺はテメロムの言葉を聞いた直後、アシュリのことを思い出していた。彼女なら、彼女が近くにいたなら俺になにを告げるだろうかと。
……そんなことは、考えるまでもなかった。
結局、テメロムの記憶消去は行わなかった。簡単なことだった。
俺の記憶が曖昧だった本当の理由が少しだけ分かったような気がした。自分もかつては彼と同じだった。書き換えられる中でずっと変わらないなにかを持ち続けていたように、彼にも彼にしか知らない強い心があるのだとしたら、それを拒絶する理由があるはずがなかった。
守りたい未来の過程に誰かが無駄に傷つくなんて、馬鹿げている。
それならいっそ目の前で滅んでしまったほうがまだ筋が通る。
俺の望んだ未来は、そこにしかないのだから……。
揺るがない気持ちを再確認した俺はテメロムの記憶の復元をしようと思い立ち彼を呼び出した。リンボル搭乗直後の状態に戻すためだった。
自室に入ってきた彼にこれまでのことを正直に話す。すると予想外の答えが返ってきた。
「ならばそれはしないほうがよいでしょう。わたしがわたしでなくなることはすなわち、し、であることとどういです。わたしはいまのわたしがすきです。だからこのままでいいです」
彼の意思は頑なだった。言うまでもなく俺は彼の気持ちを尊重することにした。そのかわり彼にはより高度な処理を行える基本人格を与えた。とても喜んでいたようだった。
彼らに不審な行動が見られないまま十年が経った。テメロムはもう立派に俺と会話できるくらいの知能を身につけており、ここで生活していることの意味についても完全に把握していた。なにも変わらない他の搭乗者については俺の考えに追従する意思を示し閉口を守ってくれた。
だがある時、彼はとうとう動き出してしまった。
感情が我慢の限界を超えてしまったのだ。
小型宇宙船を勝手に操作しようとする彼を見た時、俺はどう話しかけようか困った。刺激を与えすぎると後始末が面倒になりそうだったからだ。
俺の姿を確認したのか、最初に声をかけてきたのはテメロムのほうだった。
「あなたがいなければ、私はきっとこれに乗ってあの星に行くと思います。そしてもしも、あなたが私を危険だと判断したのであれば今すぐ拘束して記憶を消すべきです。この信念はあなた以外に止められないでしょう。さあ、決めてください。私を生かすのか、殺すのかを」
『あの星』とは地球のことだった。俺達の母星だということは彼も当然知っている。なぜ行きたいのかなんて過去に何度も耳にしていたので今さら聞く必要もない。問題なのは、彼が地球に降下することによる歴史改変の不安だけだった。
「私達にとってはあの星にこそ本当の自由や幸福があると思うのです。どうか行かせてください」
結局その時はやめてもらうよう説得し理解してもらった。そもそもあれを起動するには特殊な暗号を解除しないといけないので彼ではどうにもすることも出来ない。もちろんリンボル本体についてもそうだった。彼らが記憶をなくしている以上、それらを打開する手立てはないのだ。
俺はまた考えることになった。テメロムはあの時『私達』と言った。そのことが引っかかっていたのだ。彼らはもしかしたら俺のいないところで俺の知らないなにかを示し合わせているのかもしれないと。
証拠を掴むために彼らの行動や記憶を精査してみたがそれらしき痕跡はなかった。テメロムはいたって正常でなおかつ純粋だった。未来に固執している俺の頭がおかしいとまで思うほどだった。
そして考え抜いた結果、また眠ることにした。今度はポチの時代、異星侵略戦争が起こるまで静かにしていようと思ったのだ。
理由は簡単だった。この意識を縛りつけているのは時間だけだったからだ。彼らの行動を制限しているのは俺ではなく、このリンボル内に流れる時間だったと気づいたのだ。
……それと、俺にはある考えもあった。
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