誰がために焦がす / Why were you dancing alone ? その2
白い兵の一人が太郎の顔を殴りつけた。
頭が大きく吹き飛ばされて、直立していた身体が斜めに傾く。
アイテルによる防御はなかった。口からは大量の血が流れ落ちている。
「余韻に、浸っていたところだったろうが!!」
太郎の怒りしかない右拳が兵に向けられた。
兵は咄嗟によけようとするが太郎の全力のアイテル流に逆らうことは出来ず、飲み込まれるように叩き込まれると、兵の顔面はその勢いで地面に突き刺さった。
「……太郎ちゃん? あれがあいつの本気なのか? 圧倒的、というより狂気そのもそのじゃねえか!」
トラファグαと交戦中のポチも気づいた。
「黒い光、太郎殿か。あれは危険だな」
続いて白い群衆に守られていたマイヤーズも太郎の突撃を察知した。
次々と白兵が潰されていき、道が徐々に開かれていく。
そして禍々しい黒い人影が正面まで到達すると、両者の目が合った。
「貴様も、殺してやる」
「……やれやれ、早くもわたくしの出番ですか。弱者のくせに生意気なことを言う」
マイヤーズと太郎が同時に飛び込んだ。
黄色と黒の光が吸い込まれるように触れ合う。
最初に打ったのは太郎だった。マイヤーズはそれを片手で受け止める。
すると彼は流れるように太郎の懐に踏み込み右拳のアイテルを左脇腹に当てた。
太郎はこの時点で負けていることに気づかず次の攻撃を繰り出す。体勢が崩れていたため大きく外れた。
その隙を突いたマイヤーズが全力の拳を丁寧に打ち込む。
無防備の太郎は彼の攻撃の全てを鮮やかに受けた。
「ん、くぅ、づ……」
立ったまま意識を失った太郎は硬直したままゆっくりと後ろに倒れた。その際に強く後頭部を打つ。その衝撃によって一瞬だけ意識が戻った彼は、なにが起こったのかを理解するとそのまま地面に塗りこまれるように思考を黒く染めた。
「死んだか? とんだ見掛け倒しだったな。強がるのは夢の中だけにしておけばいいものを。久しぶりに情けないものを見た。惨めな男よ、そのまま寝ていろ」
ガラーム、ポチ、オーマ、リネンはマイヤーズの始動に一段と緊張を走らせた。
一瞬で落ちた太郎の次の標的が自分に来るかもしれない。恐怖と覚悟が脳内を支配する。
待つよりも先手を打ち無駄な損害を出さない方法を真っ先に考えたのは、ポチだった。
「ガラーム。我と変われ!」
「は? なんで」
「あやつは我が足止めしておく」
「て、おい。まだ返事してねえって」
ポチは飛び出した。
それに少し遅れてもう一人も飛び出していた。
「おぬし」
「マイヤーズは俺が倒す。βとリアの援護を頼む」
「おぬしにはリネンを守る役目がある」
オーマが両手を広げてポチの動きを止めた。
「マイヤーズの目的はあんたの回収だ」
「なんだと!?」
「ファスークスに保管されていたのは知っている。奴等は以前からあんたの未知の技術を研究していた。そこから抽出された技術を転用して出来たのがクリーツなんだ。先の未来を見据えて脱出後もあんたを解析しようとしているんだ」
「脱出、だと?」
「そうだ。ごく限られた人員がこの星を離れる予定になっている。あいつもその中の一人だ。今あんたが行ってしまえば奴等の思う壺。頼む、戻ってくれ! 未来はまだ失われたわけじゃない」
ポチは絶句したままオーマの目を見ていた。嘘を言っている目ではないと確認した彼は目の前の脅威をオーマに任せて踵を返す。
振り返ってこくりと頷いたポチにオーマも小さく頷いた。
ポチは戻り、オーマが突入する。
マイヤーズは来る敵の姿を見て冷たい笑みを零していた。
周囲には誰もいない。
オーマにとって絶好の機会が巡ってきたのである。
「まさか、君と相見えることになろうとは。これも運命か。さて、どちらの未来が正しいか。知るは星の意思、掴むは己の力。見せてもらおうか、君の未来を」
「マイヤーズ、あなたも知らなかったようだな。俺とリアの関係を。そして未来は俺達を繋ぎ合わせた。これを運命と呼ぶならあなたの未来は決まったようなものだ。俺が死ぬか、あなたが死ぬか。この拳が、星の心があと少しで解答を導き出す」
「こちら側の確定的な未来を捨ててでも女を選ぶか」
「いなければそっちを選んでいたさ。ジェイサンも悪い人ではないしな。でも、俺の気持ちは彼女を選んだ。後悔はしていない。若気の至りだと承知している。あなただって、そういう時代があっただろう」
「君の心、しかと受け止めた。これ以上交わす言葉はないだろう。撤回も聞き入れない。己の悲運を嘆く間もなく、わたくしマイヤーズ・マスターがその名の下に葬ってくれよう」
「来い。目に物見せてやる!」
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ドラゴンは目を覚ました。
空から降る明るい日差しが目に突き刺さり一度目を閉じる。ほどなくして視界が慣れてくると、目の前の惨状が輪郭を露にして彼の脳裏に飛び込んできた。
「畜生! なんてことだ!」
コトリを含む全員が動きを止めて地に這っていたのである。ある者は大量に血を流しながら、またある者は呻き声を発しながら敗北を嘆いていた。
「……あの時と、一緒じゃないか」
白い軍団のほとんどは一掃できたものの、数名の白兵とマイヤーズはまだ立っていた。それなりの傷を負っているらしく、歩く姿はやや覚束ない。
ドラゴンの気配にいち早く気づいたのはダリオンβだった。片足を引きずりながら彼のいるほうへと歩いている。
「……俺に、やれるか? いや、やるしかない。こいつらの無念を晴らせるのはもう、俺しかいないんだ」
ドラゴンは悠然と立ち上がった。
イルカの治癒のおかげか身体の調子は悪くなかった。
「馬鹿な男が一人。そのまま死んだふりをしていればいいのに」
「……ヒムカ、俺に力を、奇跡を、ほんの少しだけでいい。みんなの命を、守るために!」
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エルノウとイルカがクリーツ移行施設前の広場に到着すると、そこには一人戦い続けるドラゴンの姿があった。彼のアイテルは眩いばかりの白い光を放っており、相手の攻撃はかすりもしないほどの回避を見せる。続く攻撃も鮮やかに入り、敵は白目をむいてその場に倒れた。
「あんたと同じ、白の光ね。彼も特別というわけか」
「ドラゴン、やるじゃない。て言ってる場合じゃないね。負傷者多数、今すぐ処置が必要なのが、おじさんを除く全員!? イルカ、頼めるかい?」
「マイヤーズを任せるのは少々不安だが、五分くらいなら持つだろう。言っとくけど、相手を舐めると死ぬよ。あれでも相当の使い手だからね」
「みんなごめん。俺のせいでこんなになっちゃって。すぐに良くなるからね。おじさんは、ちょっと分からないや。あとで考えるから待っててね」
イルカは負傷者の手当てに、エルノウはマイヤーズのもとへと向かった。
ドラゴンはエルノウの無言の笑顔を見て彼の心の怒りを感じ取った。マイヤーズは任せろというエルノウの背中から語られる気持ちを見届けると、今度はトラファグαを処理するべく前進した。
今のドラゴンにとって眼前の敵は大した相手ではなかった。余裕すらあった。そしていつになく慎重でもあった。長きに渡る弱者の視点をドラゴンは決して忘れてはいなかったのである。
「降参を認めるなら今しかないぜ。ちなみに俺はしないからな。死んでもあんたの動きを止めてやる。それが俺の生きた道で、星の意思そのものだからな」
「……降参、する」
「見る目はあるみたいだな。よろしい。ではそこでじっとしていろ。おかしな行動をとった時は、分かっているな? 全力でぶっ叩くからな」
「太郎。……辛い思いをさせて、すまなかったな」
イルカの手がかざされると瀕死の太郎が意識を取り戻した。口から吐き出される血と嗚咽が彼の底知れぬ絶望と悲しみを露にする。目からは赤い涙が流れていた。
「私はお前のこと、嫌いじゃないからな。元気出せよ」
エルノウはマイヤーズの目の前に立った。
「ここに来るまでの間にイルカから聞いたよ。あんた達、人身売買が目的だったんだってな」
「表現が不潔だな。正当な取引だよ。互いの権利を守るためのね」
「人は確かにクリーツを求めて本体を捨てた。そしてその抜け殻を欲しいという者がいる。納得だね。でもさ、これ思うんだけどひょっとして順番逆なんじゃないの? もしそうだとしたら、笑えないよね」
「結果的にどっちであろうと双方の利得は変わらないだろう。それとも君は、このわたくしに罪を認めて償えとでも?」
「お好きにどうぞ。あいにく興味はないんでね」
「君も、知っているんだな。アレのことを」
「確定的な未来のことか? そもそもさ、真剣に話し合えばここまでの争いにはならなかったんじゃないの? もしかしてそういう趣味の人?」
「反クリーツに話しても理解できないだろう。君達の言うアイテル使いこそが客の欲しているものなのだから」
「なんで? 食べるの?」
「冗談で聞いているようだが、そのとおりだ。彼らは地球人を食料とするべく接触してきた。ほとんど脅しだったがな。期限を設けられそれが過ぎた時、無差別に捕獲することを宣言してきた。君には想像できるかね、誰かに食われる生涯の終わりを」
「なるほどね。どうせ負けるなら隠れて勝っておこうと、それでクリーツをはじめたわけだ。そう言われると理にかなっているのかもね。なんていうか、地球人らしい選択だ。戦わずに勝つ。苦しまないで終わらせる。さてね、それが本当に正しい決断だったのか、少々理解に苦しむところがあるよ」
マイヤーズは表情を変えず、続ける。
「君は戦って負けたほうが正しいと思っているのか?」
「そういうことでもないって。たださ、残った者達にしてみたらこんなに悲しい現実はないって思っているだけだよ」
「君とは、拳を合わせたくはないな」
「俺だってそうさ。あんただって人なんだ。いいや、人以上に人らしいことをしようとしている」
「君がここに来た目的はなんだ?」
「さあね、あんたとこうやって話すことかもしれないし、もっと別のことをするためかもしれない」
「あの、ブルーマンが知っているのか?」
「だろうね」
「ジェシカさんはどうした。まさか、やったのか?」
「彼女は白旗を揚げた。どこかに行ってしまったよ」
「……なにか、不気味な予感がする」
「いきなりどうした? まあ、俺も妙な感覚がするんだけどね」
イルカの手から発せられる光が軽傷のコトリへ向けられると、次はガラームを治し、オーマへと続く。
「青年、無茶しやがって」
全身の回復がはじまるとオーマはマイヤーズの名を何度も叫んだ。負けたことが余程悔しかったのか、かすれ声になっても彼はやめようとはしなかった。
イルカはそんなオーマを尻目に黙々と治癒を続ける。
ある程度の回復が認められると、彼女は早々にその場を離れた。
「……くっ」
イルカは最後にリネンの治癒を施す。
この順番にしたのは理由があった。
それは、大事なことを伝えるためだった。
「よう、起きたか」
「くっ、ペイス……」
「青年とは無事の再開を果たせたようだな。私のおかげなんだ、感謝しろよ」
「なんで、彼の、ことを……」
「そんなことはどうでもいい。それよりもお前に耳寄りの情報を伝えようと思ってな」
「な、なんだ……」
「ファスークス襲撃前夜のことを指示したのはマイヤーズだ」
「!?」
「一度しか言わないからよく聞けよ。……お前の祖母ジェンは孫に隠れて度々研究所に足を運んでいた。そこでジェンはお前のことをしっかり保護してくれているのかを確認していた。いじめの事実が判明した時もまるで殴り込みでもする勢いで抗議したんだそうだ。表向きには仲良く接していながらやることはやっていたんだろう。ほんと、涙ぐましいだろ? でな、その抗議が元になって研究所はジェンを出入り禁止にした。以後接触を図ろうものなら命の保障はないと。それでジェンはどうしたのか。警告を無視して来たんだよ。自分の身の危険も顧みずにのこのことね。だが研究所はそんなジェンを簡単に排除できなかった。情報が漏れたらその筋の団体が黙っちゃいない、というか既にいくつかの情報が漏れていて圧力がかかりはじめていた。そこで当初研究所を任されていたマイヤーズ……残念ながらコトリではない。あの女は一人でお前の祖母を守り続けた結果、お上の理事に責任を追及されて辞職した……。それでだ、マイヤーズは最後通告を言い渡すと同時に従わなかった場合の処置をジェンに告げた。その後に起きたことは分かるな? 当事者だからな。……それでもジェンは命を賭けてお前を守ろうとした。自分の命が残りわずかだと知っていたんだろう。そして集団による強姦、辛かったな。同情するよ。結果お前は処女を失くし、愛する人も失くした。その元凶を作り出したのがあそこにいるマイヤーズだ。嘘だと思うんだったら聞き流してもらって構わない。でも、そこにいるんだぜ。ほら。エルノウと楽しそうに喋っている。あの馬鹿、頷いてやがるぜ。お前の前に立っているのは正真正銘のクズ野郎だってのに。……さて、お前にはさらに強力な治癒を施してやろう。前に私の施術を受けているから今回は早く回復するはずだ。あとは勝手にしろ。ちなみにエルノウは私が食い止める。おそらく邪魔者はあいつだけだろうから。あとな、そのアーカ・ドライヴは外したほうがいいぜ。それはアイテルの補助器だが同時に放出も制限されるものだから。いいか、お前にとって必要なのはその心だ。じゃ、私はポチを直してくるよ……」
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「……我は、どうしたのだ」
「強力な妨害電波を受けたのさ。あんたの赤外線機能の脆弱性が見抜かれていたんだよ。それでも、あんたご自慢のナーヴァルエービーが即座に回復していたようだがね」
「にしても、体が動かん」
「こりゃ重症だね。安静にしていればそのうち直るだろう。ここは私達に任せて見物でもしていればいい」
「すまない」
エルノウがイルカのほうに向かって歩いてきた。
イルカは全体の位置関係を再度確認する。問題はなさそうだった。
「イルカ、あの人とはもう戦えない」
「ここにきて平和主義を唱えだすか。あんたらしいな」
「彼らも彼らなりにこの星を守ろうとしている。それを知ってしまった以上、人同士の争いは無益だと思うんだよね」
「もうこんなに血が流れているのにか?」
「それも彼らなりの正義のためだったと考えれば、まだ解決の糸口は残されている。とにかく、俺には無理だ」
「仮に私があいつと拳を交えたところで勝敗は見えている。前に私と勝負して負けているからな。ジェシカがいない今となってはもう打つ手もないだろう。まあいいさ。ここはあんたに免じて話し合いの機会を奴等に与えてやろう」
「そうこなくちゃね。で、どうするの? 俺達だけでも逃がしてもらうように頼むのかい?」
「エルノウ」
「ん?」
イルカは急にエルノウの腰に手を回して背伸びをすると耳元で語りかけた。
「一つ、頼みたいことがある」
「こういう展開、どちらかというと好きなんだけど、なんか、気持ち悪い」
「らしくないな、楽しめよ。興奮するだろ?」
「しないというと、嘘になるね」
「だろ? で、先に約束してほしいんだ。いいか?」
「内容によるでしょ。早く言ってよ」
「これから起こることに、一切手を出さないでほしいんだ」
「は?」
「それだけだ、約束してくれるか?」
「はあ、ま、いいですけど。出来れば教えてほしいかな」
「すぐに知ることになる。じゃあ、離れるからな」
「なんだ、もう終わりか。つまんないの」
「そういうことだから、よろしく」
「あ、ああ」
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