同志の檻
三宅葵が、初めて自分のことを話したのは、雨の夜だった。
嫌がらせに疲れ切った田中を、三宅が「飲みに行こう」と誘った。いつもは田中を観察する側の三宅が、その夜は、珍しく自分から口を開いた。
「私ね、昔から"女らしくない"って言われて育ったの」
ぬるくなったハイボールを回しながら、三宅は続けた。
「愛想がない。可愛げがない。もっと笑え、もっと柔らかくしろ、そのままじゃ結婚できないぞって、親にも上司にも、ずっと言われてきた。……私は、私のままでいたいだけなのに。"女"っていう型に、無理やり押し込められるのが、ずっと苦しかった」
田中は、黙って聞いていた。
「だから、あなたを見たとき、面白いと思ったの。体は完璧に"女"なのに、中身が全然"女らしくない"。型と中身が、こんなにちぐはぐな人、初めて見た。――あなたを見てると、"女らしさ"なんて、ただの後付けの型なんだって、証明されてる気がして。少し、救われる」
田中は、ようやく理解した。三宅がなぜ、あれほど熱心に自分に関わってきたのか。観察趣味だけじゃない。三宅にとって田中は、「女の型に囚われなくてもいい」という、生きた証明だったのだ。
「俺は、逆だな」田中は言った。「体が女で、中身が男。あんたは、体も中身も女だけど、"女らしさ"の型が嫌い。……俺たち、悩みが真逆で、同じだ」
「そう。真逆で、同じ」
三宅が、少し笑った。今度は、自嘲じゃない、本物の笑みだった。
「だからさ。あなたは、無理に"女"にならなくていいし、無理に"男に戻ること"だけを目指さなくてもいい。体が女でも、中身が男でも、その両方を抱えたまま、"あなた"でいればいい。……型なんて、どうだっていいんだよ」
その言葉は、田中がこの二ヶ月、ずっと欲しかった答えそのものだった。戻るか、戻らないか。男か、女か。ずっと二択で苦しんできた。でも、三宅は「そのどちらでもない、お前のままでいい」と言ってくれた。
二人は、その夜、遅くまで飲んだ。恋愛でも、慰め合いでもない。ただ、それぞれの「檻」の話を、朝まで交換し合った。互いが、互いの逃げ場だった。田中は、この体になって初めて、心の底から「一人じゃない」と思えた。




