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TSしても俺は男だ! 第2部 ――体が覚えていくのが、一番怖い  作者: らび


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6/8

一線

 その男は、取引先の営業だった。


 商談の席で田中に一目惚れしたらしく、以来、何かと理由をつけて会いに来るようになった。強引で、自信家で、断られることを想定していないタイプ。田中がやんわり距離を取っても、まるで通じなかった。


 「今夜、二人で飯でも」を何度もかわし続けた末、その男は、強引な手に出た。商談後、田中を人気のない給湯室の隅に追い詰めたのだ。


「なあ、いい加減、素直になれよ。お前も満更でもないんだろ」


 男の手が、田中の腕を掴む。距離が、詰まる。


 その瞬間――田中の体が、反応しかけた。追い詰められ、強い視線に晒され、力で圧される。この二ヶ月で体が「快」として拾うようになった状況の、最悪の組み合わせ。背筋を、あの痺れが走ろうとした。


(――違う)


 だが、今回ばかりは、田中の意思が、体を上回った。


 体が反応しかけたことに、猛烈な嫌悪が湧いた。ぞくりとしかけた自分を、心が全力で殴りつけた。冗談じゃない。この体がどう反応しようが、俺は――俺は、男に抱かれたいなんて、絶対に思わない。それだけは、この体に明け渡さない。ここが、最後の一線だ。


「――離せ」


 田中の声は、低く、はっきりしていた。第1部の頃の、竦んで声も出せなかった自分とは違った。掴まれた腕を振り払い、田中は男を正面から睨みつけた。二十五年間、男として生きてきた人間の、本物の拒絶の目だった。


 男が、一瞬ひるんだ。その隙に、


「そこの人、何してるんですか」


 凛とした声が割って入った。三宅だった。いつの間に来たのか、給湯室の入口に立ち、スマホをこちらに向けている。


「今の、録画してます。会社に報告してもいいですし、しなくてもいい。――どっちがいいですか?」


 男は舌打ちして、逃げるように去っていった。


 二人だけになった給湯室で、田中は壁にもたれて、大きく息を吐いた。手が、少し震えていた。だが、それは恐怖の震えではなかった。


「……体は、反応しかけた。でも、俺が、嫌だった。心の底から、嫌だった」


 田中は、絞り出すように言った。


「よかった。俺は、まだ、俺だ」


 三宅は、スマホをしまいながら、静かに頷いた。


「うん。あなたは、あなただよ。ちゃんと」


 体がどれだけ変わっても、快感をどれだけ拾っても、譲れない一線がある。それを守り抜けたことが、田中に、この二ヶ月で初めての「自分への信頼」をくれた。俺は、まだ、俺でいられる。その確信だけが、この体と生きていくための、たった一つの支えだった。

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― 新着の感想 ―
彼には弱さや無力感を克服してほしくない!弱いままでいてほしい、田中!ところで、田中の体型や外見についてもっと詳しい描写があればよかったのに!
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