見抜く女
三宅葵に呼び出されたのは、その週の金曜だった。
「話がある」とだけ書かれたメッセージに、田中は嫌な予感しかしなかった。指定された場所は、会社から少し離れた、昼でも薄暗い喫茶店。人目を避けるような選び方が、余計に不安を煽った。
先に来ていた三宅は、田中が向かいに座るなり、前置きもなくこう言った。
「あなた、中身、男でしょ」
心臓が、跳ねた。
「……は? 何を言って」
「否定するのは自由だけど、時間の無駄だよ」
三宅はコーヒーを一口飲んで、指を折りながら並べ始めた。
「膝を開いて座る。ドアを押さえるとき体ごと支える。重い物を持つとき腰じゃなく背中で持つ。ビールを飲むとき喉の使い方が男。エレベーターで自然に奥へ詰めて、女性を先に降ろす。――全部、体に染みついた男の癖。二ヶ月やそこらの女には出ない」
田中は、言葉を失った。この二ヶ月、周囲の誰一人として見破れなかったことを、この女は数週間の観察で言い当てていた。
「な……なんで、あんたにそんなことが」
「私、人を見るのが趣味なの。恋愛とか噂話には興味ないけど、"その人が何を隠してるか"を当てるのは好き」
物騒な趣味だ、と思った。だが、その無遠慮なまっすぐさには、不思議と悪意がなかった。品定めでも、暴露でもない。ただ「わかってしまった」から確認しに来た、という顔だった。
田中は、しばらく抵抗を試みた。だが、三宅の目はすべて見透かしていて、嘘を重ねるほど惨めになるだけだった。やがて、田中は観念して、ため息とともに白状した。
「……ある朝、起きたら、こうなってた。中身は、田中だ。二十五の、女に縁のない、ただのサラリーマンだった」
言ってしまった。二ヶ月間、誰にも言えなかったことを。口に出した瞬間、体から力が抜けるような、奇妙な脱力感があった。
三宅は、驚かなかった。ただ「やっぱりね」と小さく頷いて、そして――少しだけ、笑った。
「面白いじゃない」
その一言が、田中の警戒を、ほんの少しだけ溶かした。この女は、俺を気味悪がりもせず、同情もせず、ただ「面白い」と言った。二ヶ月ぶりに、田中は自分が「怪物」でも「被害者」でもなく、ただの「面白い秘密を持った奴」として扱われた気がした。
「言っとくけど、誰にも言わないよ。言う理由がないもの」三宅は続けた。「その代わり、一つ条件。――時々、あなたの"観察"をさせて。こんな面白い被験体、そうそういないから」
「被験体て」
「じゃあ、同志、でいい?」
差し出された手を、田中は数秒迷って、握り返した。乾いた、事務的な握手だった。恋愛の匂いも、下心もない。ただ「秘密を共有した二人」の、契約の握手だった。
この日から、田中の孤独な戦いに、初めて「味方」ができた。




