14,6番目の君が好き
大希は、自宅の玄関前に立っていた。深夜の為、辺りは真っ暗だ。
先程までの記憶、ジョンとのやり取りは鮮明に覚えている。
「婆ちゃんは無事だろうか?」
そう思ってキヨを心配した。そして怯えるように、そっと家の中に入った。
短い廊下を歩き、右に入れば居間だ。
大希は、ゆっくりとフスマを引き、居間を覗き込みながら入った。
そこは、意外な光景になっていた。
まず、布団が無い。綺麗にたたまれ、部屋のスミに置かれていた。
コタツもスミに動かされていた。なにより、キヨがいない。
だが、見知らぬ人物が立っていた。後姿なので、顔は見えない。
身長は百七十センチくらい。
腰の辺りまで、綺麗な黒髪を伸ばしている女性だ。
服装は眩しいくらいのピンク色。
不審に思った大希は言った。
「ちょと、あなた誰? ここで何をしているの?」
その女性は、ゆっくりと振り返った。後姿も若そうだったが、顔を見てみると、なお若かった…と言うより、幼く感じるほどだ。十五~六歳というトコロだろうか?
大希は言った。
「あなた高校生? 家を間違えたとかじゃないだろうね?」
若い女性は、大希の質問に構う事もなく言った。
「おぉ、大希。こんな夜遅くに何処へ行っておったのぢゃ? 心配したんぢゃぞ」
「…は?」
イラスト:migmag
「おぉ、大希。遅かったのう。心配したんぢゃぞ」
「さては女か? 逢引でもしておったのかのぅ? カッカッカッ!」
「なぜ俺の名前を? 婆ちゃんの喋り方を真似してるって事は、婆ちゃんの知り合い?」
「お前、いったい何を言っておるのぢゃ?」
「それは俺が言いたいんだよ! あれ…?」
大希は話しながら、女性の服装に気が付いた。着ているのは、ピンク色の服。これには見覚えがある。
キヨに何度も見せられた、ボロボロのピンク色をしたワンピースだ。だが違う点が一つある。このワンピースが、新品同様に綺麗という事だ。
「そのワンピースは、確か婆ちゃんの…? とても似合っている…」
イラスト:migmag
「どうぢゃ? ワシに似合うかのぅ?」
女性は嬉しそうに言った。
「ワシはのぅ、さっき目が覚めたのぢゃ。すると体がバカみたいに軽くてのぉ。タヌキみたな腹も引っ込んでおって、背中もピンと伸びるのぢゃ。驚いたぞい。しかも、膝が痛くのぅなっておった。そうしたら、無性にあのワンピースが気になってのぅ。よく見ると、布団の上に掛けてあった。お前が掛けたのか? 試しに着てみたら、ピッタリぢゃった! カッカッカッ!」
「そのワンピースは、もうボロボロだったはず…?」
「そうなんぢゃ。こんなに綺麗になっておって、びっくりぢゃ」
「このワンピースがピッタリとサイズが合って、最高に似合う人。そんなの、この世に一人しかいない…!」
大希は数歩近づいて、女性の目前に立った。次に両手でそっと、女性の肩を優しくつかんだ。そして真剣な表情・緊張した声で聞いた。
「あなたの名前は『歓雫キヨ』ですか? 俺のお婆ちゃんですか?」
女性は唖然とした表情で言った。
「当たり前ぢゃろう? 大希、お前さっきから何を変な事ばかり言っておるのぢゃ?」
「ばっ、婆ちゃん!」
大希は力強く、キヨを抱きしめた。
「大好きだよ! お婆ちゃん!」
「イタタタッ! なんぢゃ急に! 少しは手加減せんかいっ!」
「アハハ、ごめんよ。でも、これは抱きしめずにはいられないよ、婆ちゃん!」
「よう分からんが、しょうがないのぅ」
キヨも大希の背中に手を回して抱きしめた。二人は抱きしめ合いながら、耳元で会話をした。
大希は嬉しそうに言った。
「これが三つ目のプレゼントか…。寿命を延ばすのではなく、若返りにしてくれたんだ。何が『些細な事』だ! 全くもう! ワンピースの回復が、四つ目ってトコロかな」
「なんの事だかサッパリぢゃが…。
そういえば、こうやってお前を抱きしめた事など無かったのぅ」
「そうだね。実を言うとさ、俺は婆ちゃんを抱きしめたいなって、ずっと思ってたよ。でも、恥ずかしくて言えなかったんだ」
「それはワシもぢゃ、大希」
「えっ?」
「ババアに抱きしめられるなんて、嫌ぢゃろう? だから言えんかったよ」
「そんな事はないよ! 嬉しいよ!」
二人は抱きしめている腕の力を、ギュッと強めた。
「大希、ワシもぢゃ。嬉しいぞよ」
「膝は痛くない?」
「うむ、痛くないぞよ」
「そっか、良かった。本当に良かったよ…」
しばらくすると、キヨの腕の中から大希がスルリと抜け落ちた。目まいがした為に、膝を着いたのだ。
大希は右手で顔を押さえた。
「うぅ…」
キヨはしゃがんで言った。
「大希、どうしたのぢゃ? 大丈夫かのぅ?」
「う、うん、大丈夫だよ。ちょっと目まいがしただけ」
大希の体は少しづつ力が抜けていき、両手を畳に着いた。キヨは大希の背中をさすった。
「大希、どこか悪いのかのぅ? よし、布団を敷いてやるからのぅ」
キヨが立ち上がろうとすると、大希は右手で、キヨの右腕をつかんだ。
「おっ、お婆ちゃん、何処にも行かないで!」
「ん? ぢゃから、布団を---」
大希は涙目でキヨに訴えた。
「お願いだから、俺の傍を離れないでほしいんだ」
「…うむ、分かったぞよ」
キヨは大希の目前で正座をした。そして、自分の膝を両手でポンポンと叩いた。
「よし、大希。こっちへ来い」
「えっ?」
「前にも言ったぢゃろう? ババアの膝は孫の為にあるのぢゃ。使うがよいぞ」
「アハハ、そうだったね。じゃあ使わせてもらおうかな」
大希は後頭部を下にして、キヨの膝に頭を乗せた。
キヨは言った。
「大希、何処か痛い所でもあるのか? 心配ぢゃ」
「ううん、ちょっと体に力が入らないだけ。いい気分だよ。膝枕のおかげかな」
「カッカッカッ! そうかそうか! またいつでもしてやるぞよ」
「そうだね、お願いするよ」
「大希、最近のお前は忙しかったからのぅ。疲れたんぢゃよ。休まんといかんのぅ」
「うん、これからはゆっくり休めるんだ」
「はて? もうすぐ大学の春休みは終わりぢゃろぅ?」
大希はキヨの問いに答えずに、弱まった声で言った。
「婆ちゃん」
キヨは心配そうに、右手のひらを大希の胸に添えた。
「なんぢゃ? 大希」
「もし生まれ変わるとしたら、婆ちゃんの子供に生まれたいな。義理の孫も幸せだったけど、実の息子もいいなぁと思うんだ」
キヨは不思議そうな顔で答えた。
「幸せ『だった』とはなんぢゃ? まるで終わりみたいに」
「あっ、そっか。これからも幸せだけどさ」
「しかしのぅ、ワシは大希と親子は嫌ぢゃよ」
「あれ? ふられちゃった。やっぱり孫がいいの?」
「それも嫌ぢゃ」
大希は力なくクスリと笑った。
「ハハ、またふられちゃった」
キヨは左手で、大希のオデコ辺りを優しく撫でながら言った。
「他人がいいのぅ。赤の他人として出会うのぢゃ」
「へぇ、どうやって出会うの?」
「うむ。ワシは女子大生で、花屋でアルバイトをしておるのぢゃ」
「うん」
「大希は高校生で、通学で花屋の前を毎日通る。毎日ワシを見かけて、見初めるのぢゃ」
「へへっ、ありうるね。婆ちゃんだったら一目惚れするかも」
「でも、話し掛ける勇気がお前には無い。そこで作戦をたてるのぢゃ」
「へぇ、どんな?」
「ワシの顔が見たいが為に、毎日毎日、花を一輪だけ買って帰るのぢゃ。毎回、話しかけようと勇気を振り絞るのぢゃが、話せない」
「うん」
「百回お店に通った日、お前は言うんだよ。『あなたの事が好きです!』って。私は恥ずかしそうに『えっ、私ですかっ!』って答えるんぢゃ」
「フフッ、言えるかな? 言えるといいな」
「言える。キミなら言えるよ。やはり『愛の告白』は、男から言ってほしいもんぢゃ」
「そっか。じゃあ、『好きです』って言ったら、婆ちゃんはなんて答えるの?」
「『ありがとう』って言うよ。『私も君の事が気になってたの』ってね。
私がそう言ったら、キミはどうするの?」
「そうだね…。お花を買うよ。一輪だけじゃなくて、ゼラニウムを束で買うんだ。そして片足をひざまずいて、ゼラニウムを渡しながら言うよ。『あなたの事が好きですっ! 恋人になってくださいっ!』って」
「そう…、嬉しいな。想像するだけで、ドキドキしちゃうよ。でも、束じゃくていいよ。一本でいいの。一本で気持ちが伝わるからさ」
「…うん」
「そうやって私達は知り合って、恋人同士になるんだよ」
「…うん」
「生まれ変わったら、大希の祖母でも親でもない。恋人になりたい。私は大希と恋がしてみたい。大希はどう? 私じゃいや?」
「そんなハズないよ。婆ちゃんが恋人なんて、最高だ」
「うん、ありがとう、大希。きゅんきゅんしちゃうな」
その直後、無情にも柱時計は十二時になった。
大希の意識は遠のきつつあった。
「婆ちゃん。俺を引き取ってくれて・俺の婆ちゃんになってくれて、本当にありがとう」
「お礼なんて言わなくて良いんだよ。私はキミから沢山の幸せをもらっているんだから。そんな事より、これからだよ。これからも、二人で幸せな時間を過ごそうね」
「うん…」
「大希、私はキミが好きだよ。あの酷い家で、六番目に生まれた劣等生のキミがさ。六番目のキミが好き」
「お…れも…、好きだ…よ、婆ちゃん…」
「大希。キミは可愛い・可愛い、私の孫。私と出会ってくれて、ありがとう」
「婆ちゃ…ん、お誕…生日、おめでと…う…」
「フフッ! ありがとう! そっか、もう四月一日になったんだね。私、九十一歳になっちゃった。お昼に、ケーキ買いに行こうよ。あっ、なんだったら、一緒に作っちゃう?」
「プ…レゼン…ト……無……ごめ…ん…」
「そんなの要らないよ。私は大希がいればいい。他にはなんにも要らないんだからね」
「---」
「大希…? 寝ちゃったのかな? お休みなさい、大希」
四月一日になった数十秒後、歓雫大希は力尽きた。
その表情は安らかだった。
●
ここは『ゴリラのジョン』と『おさるのジョニー』がいる真っ白い空間。ぬいぐるみのジョンを通して、キヨと大希の様子を見ていた。
ジョンが言った。
「さて、終わったな。ジョニー、行こう」
ジョンが立ち去ろうとすると、ジョニーが止めた。
「まあ待て。急ぐ事もないだろう。少し聞きたい事がある」
「聞きたい事?」
「キヨの話し方が変わったのは、若い体に精神が影響され始めたからだろうな。まあ、それはともかく、俺は意外だったよ。我々の中で一番甘いお前が、冷酷にあっさりと『死』が発生する能力を発動させたからな」
「それは歓雫大希が望んだからだ。本人が『寿命を支払う』と明言したんだから、私がためらう理由は無いからな」
「もう一つ聞きたい。なぜ、歓雫キヨを若返らせたんだ?」
「歓雫大希が『若返らせてくれ』と言ったからだ」
「言っていない。『寿命を延ばしてくれ』と言ったんだ」
「そうだったか? まあ、細かい事は気にしないでいいだろう。同じようなモノだし」
「決して細かい事ではないし、同じではないと思うが…。お前、そんな大らかな性格だったっけ?」
ジョンはジョニーの質問は無視して言った。
「今日・四月一日は、歓雫キヨの誕生日だ。『若返り』はささやかなプレゼントだよ」
「いやだから! 『ささやか』じゃないって! それに誕生日だからって、どうしてプレゼントをあげるんだ?」
「やれやれだ。そんな事じゃあ歓雫大希に叱られるぞ、ジョニー」
「はぁ? 俺が人間に叱られる? じゃあジョン。お前は分かるとでも言うのか?」
「ほんのちょっぴりだがな。さっ、もういいだろう。さっ、行くぞ」
ジョンが立ち去ろうとすると、またジョニーが止めた。
「まぁ待てって。もう少し聞きたい…というより、言っておきたい事がある」
「なんだ? もう行くぞ」
「ジョン、お前に忠告しておく。俺達はあくまでも、学習するためにこの世界にいたんだからな。過度に干渉すべきではなかった」
「過度な干渉? 私が?」
「とぼけるな。何もかも上手く行き過ぎだ。『よけいなお世話』をやり過ぎなんだ」
「そんな事はしていない。『学習』のついでに、人間の世界を『覗き見』していただけだ。まぁ、下品な行いであった事は認めるが。歓雫キヨの寿命の件は、歓雫大希が自分の寿命を支払って得たモノだし。まぁ問題は無いだろう」
「それなら文句は無いよ。でも違うだろう? あの二人に、思い入れでもできたのか?」
「そんなものは無い。あの二人は、私達の学習材料に過ぎないよ」
「じゃあ、質問を変えるよ。あの『楮乃心子』っていう人間はなんだ?」
「楮乃心子? ああ、花梨茉の友達だろ? それがどうしたんだ?」
「俺達は、他世界の人間と接触する機会は最小限にしなければならない。そこでお前は、楮乃心子に憑依する事にした。心子なら茉の友達だから、自然な形でキヨや大希に接触できると考えたんだろう?」
「さあ? なんの事だか全然分からないな」
「これ以上トボけるなら、こちらにも考えがある」
「だから、何を言って---」
「大希は寿命を『支払った』から、もう死は変えられない。だが、キヨはどうだ? お前の能力を阻害すれば、元の老人に戻る。俺は本気だぞ」
「…」
「心配するな、誰の邪魔をする気も無い。これは興味だ。ただの興味。真実を知りたいだけだ。話してくれたら、他の『四体』には黙っておく」
「…分かった」
「幾つか腑に落ちない事がある。まず最初に聞きたいのは、正月のお節料理だ。あれは心子に憑依したお前が、歓雫家の玄関に置いたのか?」
「ああ。歓雫キヨはお節料理を楽しみにしていたから不憫でな。歓雫大希もお節料理の注文失敗を気に病み過ぎていた。色々なお店を回って、お節料理のキャンセル品がないか探し回った。代金は、楮乃心子自身のお小遣いを使わせてもらったよ。まあ、後から返済はしたが」
「返済?」
「楮乃心子は、お正月はコンビニのシフトは入れてなかった。だが、たくさん働いてもらったよ。まあ体を借りただけで、実際に働いたのは私だが」
「『神』がコンビニでアルバイトをしていたとはねぇ…」
「色々と覚える事が多くて大変だった。疲れて冬休み明けの大学の授業を、半分くらい居眠りしてしまった。まぁ良い経験をしたよ」
「『お正月』…だっけ? 人間には、その期間にお節料理・お餅・お酒を食べる習慣があるらしいな。でも、どら焼きが分からない。なぜどら焼きなんて用意したんだ?」
「歓雫キヨはどら焼き…特に老舗和菓子屋のどら焼き『影丸』が好きなんだ。ぬいぐるみのジョンに、何十回・何百回と言っていたから憶えてしまってな。良い機会だから用意した」
「それは気が利くことで…」
「どーも」
「花梨茉が風邪をひいた時、心子は大学の中庭にある花『ゼラニウム』に水やりを頼まれただろう? それをしなかったのはワザとか?」
「そうだ。歓雫大希と花梨茉を接触させる為だ。大学の昼休みに、歓雫大希がゼラニウムへ水をやりに行く時刻を見計らって、花梨茉に水やりをしていない事を言った。
水をやりに、慌てて中庭へ行くだろうと見越してな。二人が会えば揉めるだろうとは思っていたが、とにかく接点を増やしたかった」
「花梨茉にバレンタインチョコを作るように促していたが、それはなぜだ?」
「花梨茉に大希に対する感情を自覚してほしいと思った。好きであろうがなかろうが、早めに分かってもらったほうがいい」
「スーパーで茉を夕空を会わせたのも、同じ理由か?」
「ああ。人間がどういう行動をするのか予測するのは難しくない。偶然を装ってスーパーで会わせるなんて造作もなかった」
「心子が喫茶店で、大希と夕空に会ったのもお前の仕業か。しかし大希を挑発したのは何故だ? 夕空が会話を録音しているのを知っていながら、
挑発したんだろう? 夕空よりも、茉と結ばれてほしかったからか?」
「楮乃心子自身は、歓雫大希と花梨茉が結ばれてほしい様子だった。しかし私は違う。どちらでもいい。どちらと結ばれても歓雫大希は幸せになったし、そうすれば歓雫キヨも幸せになるからな。歓雫大希を挑発したのは、時間を早く進めたかったからだ」
「時間?」
「我々は、いつまでもこの世界に居られる訳じゃない。創紫夕空に早く、歓雫大希に対する不安や疑問に気付いてほしかった。そして悩んで、結論を出してほしかった。私が手出しをしなくても、いずれそう思う日が訪れていたからな」
「何もしなかったとしても、結果は同じだったという事か。まあ、夕空にとっても三年後に気付くよりは、良かったかもしれない。しかし、分からないな」
「なにがだ?」
「大希が夕空に喫茶店でフラれた後、お前は心子として大希を慰めたよな? なぜだ?」
「確かに歓雫大希がふられた結果そのものには、私に責任は無い。二人の問題だからな。だが、この日に歓雫大希へ厳しい現実を突きつけたのは私だ。気の毒に感じたんだよ」
「大希と夕空の結論を出す為だけじゃない。もう一つ大きな目的もあったんだろう?」
「歓雫大希には恋人が必要だと思ったが、まずは友達だ。だから揉めた事を花梨茉に話した。すると案の定、花梨茉は私…楮乃心子に『二人で歓雫君に謝りに行こう』と言い出したよ」
「友達になる為のキッカケ作りという事か。まずは茉と友達になる事が、二人の仲を進展させるに必要だったとう事か。まあここまでは良しとするよ。問題は次だ。宝クジだよ。あれは絶対にダメだぞ」
「…」
「歓雫キヨと歓雫大希に関しては、大目にみよう。『願い』の当事者だからな。だが、茉に対する干渉はダメだ。茉は良い人間だ。茉の学費については同情するよ。だが、茉はこの件に関しては無関係だ。それを俺は『やり過ぎ』だと言っているんだ」
「まあ、花梨茉はジョンの銅像に関心というか、心配をしていた。広い意味では関係者だ」
「それはこじつけだ。だが、キチンと茉を『審査』した事は評価するよ。いきなり現金を渡したりしなかった。あの宝クジ屋の建物と店員もお前か?」
「さすがの私でも、一時的とはいえ建物を具現化するのは疲れたよ。もっとも、花梨茉にしか見えない宝クジ屋だが」
「店員のオバサンは?」
「スーパー帰りの女性に憑依した。花梨茉に宝クジを選ばせる役をしたのは別の女性。お礼にスーパーの会員カードのポイントを増やしておいた。高級牛肉でも買ったんじゃないか?」
「おっ、お前なぁ! そのオバサン二人は本当に無関係者じゃないか! 全く…」
「花梨茉は正直に、自分の落とした『銀の宝クジ』を選んだ。良かったじゃないか」
「勝算はあったのか? 茉が正直に『銀の宝クジ』を選ぶという確信はあったのか?」
「無い。人間は不思議だ。怒ったと思ったら、泣いていたりする。笑っていると思ったら、それは嘘だったりする。悪い奴だと思っていたら、良い面もあったりする。その逆もしかり。そこは私達の理解を超えているからな。だが、花梨茉は正直に選んだよ。良かった」
「もし、百枚の『金の宝クジ』を選んでいたら? 二百六万円より多い金を得るかもしれなかったぞ?」
「それならそれで構わない。花梨茉が学費が欲しいという気持ちは、確かに『私利私欲』だ。だが、『母親に楽をさせたい・奨学生を譲ってくれた歓雫大希の気持ちに応えたい・親友の楮乃心子を安心させたい』という気持ちもある。…いや、ほとんどがそれだろう。人間…いや、私達もそうだが、私欲にまみれて生きている奴もいる。花梨茉の願いなど、ささやかなものだ。仮に一等の一千万円が当たったとしても、散財したりしないはずだ」
「お前…もはや発想が、この世界で言う『お母さん』みたいになってるぞ…。茉に宝クジの番号チェックを、大希・キヨ・心子の三人の前でさせるように勧めたよな? それはなぜだ?」
「この世界の人間は『喜びを分かち合う』という習慣があるらしい。お節料理をどうするか話し合っていた時だったかな? 歓雫キヨが歓雫大希にそう言っていた。ジョンのぬいぐるみを通して、私も聞いていたから知っていた。歓雫大希や歓雫キヨにも喜びを分けたかったんだよ」
「なるほどね。だからあえて三人の前で、宝クジの番号を変えたのか?」
「ああ。番号の印刷を一つだけ『六』に変えるなんて簡単だった」
「正直に六枚の『銀の宝クジ』を選んだ時点で、茉に二百六万円を与える事を決めていたのか。もうムチャクチャ…。呆れるを通り越して、感心するよ」
「フフッ。それは楮乃心子の時に、歓雫大希にも言われたよ」
「そしてキヨの命が終える三月三十一日。茉に電話をして歓雫家に向かわせたのか?」
「ああ、歓雫大希が心配でな。楮乃心子も親友だが、さすがに今日は花梨茉でないと無理だと思った。その電話が、私が楮乃心子として動いた最後だよ」
「キヨと心子が、歓雫家で二人っきりで話した事があるだろう? 茉を先に帰らせて。キヨが『お主に聞きたい事がある』と言ってたな。その時の心子はお前か?」
「そうだ」
「何を聞かれたんだ?」
「怖い顔をして、ハッキリ聞かれたよ。『お主、何者ぢゃ?』ってね」
「まさか! 心子の正体に気付いたのか?」
「分からない。我々は、歓雫キヨとは『どんな願いも叶える』と言って一度だけ接触している。ただ、その記憶はもう消しているんだ。だから年寄りの世迷言だろう…と、思う」
「そっ、そうだよな。まさかな…」
「だがな、人間界にはこんな言葉もあるんだ。『亀の甲より年の功』ってね」
「は…? 知らないな。どういう意味だ?」
「人間には、生息した時間を数える習慣がある。『歳』という単位でな。その数字が大きいと、優秀な発想をする瞬間がある…という事を、例えた言葉だ」
「ぜっ、ぜんぜん意味が分からない」
「こんな言葉もある。『女のカン』」
「それも知らない」
「人間界に住む『女』という生物は、普段は気付かない事に、気付きやすい能力があるという言葉だ」
「キヨには、その二つがあるという事か?」
「ああ。その上に歓雫大希の事となれば、より鋭さを増す…というのは考え過ぎかな?」
「考え過ぎだっ! …と言いたいがな。で! お前はキヨの質問になんと答えたんだ?」
「フフッ、内緒だ」
「こっ、こいつめぇ!」
「まぁ歓雫キヨは、相手を問い詰めるような事はしない…とだけは言っておこう」
「しかし楮乃心子は、どこまで自分の意思があるんだ? 普通の人間なんだろう?」
「そうだ。楮乃心子に憑依されている自覚は無い。全部自分のアイデアで動いたと思っている。『スーパーで茉を夕空に会わせる事ができた』・『自分が喫茶店で、大希と夕空に会う事に成功した』。これらの事は『女のカンが働いたから上手くいった』と思っているだろう」
「では、心子の大希と茉に対する友情は、お前が憑依していたからか?」
「いいや。楮乃心子の花梨茉と歓雫大希に対する信頼と友情は本物だ。『私が作戦を実行中』以外は、憑依していない。普通の日常生活は楮乃心子のモノだ。『私』が行った行動は、自分が思いついた行動として記憶している。それに私が憑依しなくても、楮乃心子なりに一生懸命、二人の為に奮闘していただろう。成功するかどうかは別としてな」
「そうか。まぁ、あの女の行動力と性格からして、色々と世話を焼いたに違いないな」
「楮乃心子の中にいると、茉に対する温かい気持ちが、私に沁み込んでくるんだ。それに刺激を受け、アイデアが浮かんだりした。楮乃心子の記憶や経験も参考にさせてもらったしな。私の一連の行動は、私と楮乃心子の共同作業と思ってくれていい」
「ふーん。ところで、スーパーの会員カードのポイントを増やすのって、どうやるんだ?」
「急にどうした? そんな事を聞いてどうするんだ?」
「いや、なんでもない。さあ行こう。もう全て終わったんだからな」
「…ああ、分かった」
二人が歩みだそうとした瞬間、もう一体の『神』が現れた。
ジョニーは言った。
「おっ、『亀のレオ』。どうしたんだ?」
「亀って、あの四本足の生物でしょう? いい加減、その呼び方は止めてほしいですね。さて、そんな事はどうでもいいんです。僕はあなた達の話を聞いていましてね。どうしても言いたい事ができたんですよ」
ジョンは呆れ気味に言った。
「盗み聞きは感心しないぞ。まぁ、散々人間を覗き見していた私が言えた義理ではないが」
「そこは謝ります。ただ人間達の言葉について話していたから気になりまして。僕もいくつか覚えたから、聞いてほしいんですよ。ジョン」
「ああ、良いけど?」
「では、まず一つ目。『インチキ』」
「はっ?」
「二つ目。『出来レース』」
「えっ?」
「三つ目。『八百長』」
横で不思議そうに聞いていたジョニーが言った。
「おい、なにを言っているんだ? どういう意味だよ?」
「知りませんか? 人間界で、不正を表す言葉ですよ。ねぇ、ジョン」
「…」
ジョニーはレオに言った。
「ジョンが何か不正をしたとでも言いたいのか? 確かにコイツがした事には賛否があると思う。ただ---」
レオは話をさえぎって言った。
「違う違う。今まであなた達が話していた事を言っているんじゃありません。そこに僕は関心が無いから好きにしたらいいんです。僕が気になっているのは、ただ一点。歓雫大希の死についてです」
「大希の死?」
「ジョン、あなたは大希に寿命を払わせた。そしてキヨを若返らせる為に能力を発動し、キヨは若返った。そうですね?」
「そうだ」
「そして大希に死まで十分間の猶予を与えた。『猶予』の能力を発動させるには、何か時間を計れる物に能力を込めなければならない。そこで歓雫家の柱時計を選んだ」
「そうだ。別に問題ないだろう? 腕時計でもなんでも、時間さえ計れたらいいんだ。歓雫家にある、二人に思い入れのある柱時計を選んだ。それぐらいは慈悲だろう」
ジョニーは言った。
「そうだぞレオ。さすがの俺も、それぐらいは構わないと思う」
ジョンは言った。
「話はそれだけか? もう行こう」
立ち去ろうとするジョンを無視して、レオは言った。
「ジョニー、柱時計の時刻を確認してください。しっかりとね」
ジョンは声を荒げた。
「おい、もうよせっ! さっさと行くぞ!」
レオは冷静に言った。
「ジョン、何も後ろめたい事がないなら、静かに見ていてほしいですね」
ジョニーは歓雫家にあるゴリラのジョンのぬいぐるみを通して、柱時計の時刻を確認した。時計の長針と短針が、十二時の所で重なっている。
ジョニーは言った。
「ちゃんと十二時で止まっているぞ。十二時になって時計は止まり、だから大希は死んだ。何か問題があるのか?」
「ジョニー。もっとしっかりと時計の針を確認してください」
「んー? なんだろう? ごくわずかだが、長針と短針が完全に重なっていない気がする」
「そうですね。正確に言うと『二十三時五十九分五十八秒』といったトコでしょうか?」
「えっ? じゃあ、時計は深夜十二時を指す直前に止まったのか? という事は---」
「そう、『十分間を計る時計』としては、まだ猶予時間の十分間は終えていないんです」
「じゃあ、まだ歓雫大希は死んでいない? しかし、意識を無くしたぞ?」
「あれは単に疲れて寝ているんです。いや、『寝かされた』と言う方が正確でしょうか?」
「なんだってー!」
ジョンはバツが悪そうにソッポを向いた。
ジョニーはそんなジョンを見て、呆れたように言った。
「それがバレるのが嫌で、さっきからこの場を離れたがっていたのか」
レオは言った。
「ジョン、あなたは寿命が分かる能力を持っていますね? それは生物に限らない。あの柱時計の寿命が、十分間も無い事を知っていた。だからあの柱時計を選んだ」
ジョニーはジョンに聞いた。
「なぜ、そんな面倒な事をしたんだ? 最初からキヨを若返らせればいいんじゃないか? そうすれば、大希は寿命を支払う必要なんてなかったのに」
返事をしないジョンに代わって、レオは言った。
「生命にまつわる願いは、我々には禁忌です。キヨの延命なんて、ジョンも我々の反対があればできない。そこで大希に『寿命を支払わせる』事にして、我々を納得させた…と言うより、騙したんですよ。もう一つの意味としては、歓雫大希の『覚悟』を確認したかった。軽い気持ちで生命のやりとりをするなんて、ジョン自身も許しません」
「しかし、あの古時計の故障に気付いたキヨや大希が、修理するかもしれない。再び時計が動き出した瞬間、大希は…?」
「それはありません。あくまでも自然な寿命として能力を込めています。後から修理したとしても、それは人工的な延命。もはや別物です。それでは能力は再発動しません」
少し沈黙した後、ジョニーは言った。
「レオ、お前はどうしたいんだ? この件を他の連中に告発するのか? それとも大希やキヨから、能力を取り上げる気か? そんな事をしたら---」
レオは言った。
「あれ? さっきまでジョンを詰問していたのはジョニー、貴方じゃなかったですか?」
「え? いや---」
「もういいですよ。あなた達二人の話を聞いていたら、バカらしくなってきました。我々は人間達の統治能力を勉強して参考にしようと、みんな頑張って働いているのに、あなた達二人は老婆とその孫に夢中なんだから。もう付き合いきれません」
レオはそう言うと、二人の元から去って行った。
ジョンはレオの背中に向かって言った。
「レオ、ありがとう」
レオは返事をする事無く、その場から消えた。
ジョニーは不思議そうに言った。
「レオの奴、いったい何をしに来たんだ? 問い詰めておいて、なにもしないで帰っていったぞ」
ジョンが答えた。
「警告だよ」
「警告?」
「『他の連中が、大希の死について不審に思うかもしれない。しっかり秘密にしておけよ。バレた時の対策も考えておけよ』って言いたかったのさ」
「あいつがお前の心配を? 俺達の中で、一番仲間意識が薄い奴だよな?」
「言ってたじゃないか。『人間達の言葉を覚えた』とか『人間の統治能力を勉強してる』とかさ。そうこうしている間に、人間の影響を受けたんだろうな」
「レオは氷のような精神の持ち主なのに、まさか『心配』をするとはな。アイツに影響を与える人間ってヤツは、凄いんだな」
「いやジョニー。私もお前もレオの事は言えないぞ。人間に影響されっぱなしだ」
「フフッ、そうかもな。しかしジョン。そもそもだが、なぜお前はそこまでキヨや大希の世話を焼いたんだ? 七年間、自分の銅像を磨いてくれたからか?」
「まあ、それもある。でも一番は、『家族同然に扱われた』からだ。自然とそうなるよ」
「家族同然の扱いとは?」
「ジョンのぬいぐるみは七年間、歓雫家に置かれていた。あの二人は、ぬいぐるみを大切にしてくれたよ。特に歓雫キヨは、たくさん話し掛けてくれた。七年間ずっとだ。この世界で言う『情が移る』という現象が起きてしまった。歓雫キヨが愛している歓雫大希に対しても、それは起きたんだ」
「今回の一連の騒動で、一番腑に落ちないのはお前自身だ。ジョン」
「私?」
「お前は『友達を作る』とか『恋の駆け引き』なんて事を、心子を通して大希や茉に尽力していた。この手の悩みは、我々の最も苦手とするトコロだ。人間より遥かに劣る。なのにどうやって、そんな手助けができるようになったんだ?」
「簡単な話だよ。歓雫キヨだ。歓雫キヨから習った。人間の話というのは、どんな話でも根底には感情が必ず関係している。それを七年間聴き続けたから、かなり学習できた」
「なるほどね、九十年分の経験と知恵を教わったのか。それなら作戦も思いつく訳だ」
「特に『恋愛関係』は作戦が色々と思いついた」
「どうしてだ?」
「キヨは『恋バナ』が好きでな。自身の恋愛からタレントの噂話まで、それはもう沢山聞いた。それに何より、歓雫キヨは大希に出会った十年前の八十歳から今日まで、ずっと恋をしているんだ。歓雫キヨは現役の『恋する乙女』なんだよ。だから話に説得力があった」
「キヨが恋? 誰に?」
「歓雫大希だ。キヨの大希に対する愛情は、孫へであり・息子へであり・恋人へでもある。分かるかな?」
「ぜ~んぜん、分からない。もぅ知らねぇよ、勝手にしてくれ。さて、俺達も本当に行こうか。どうだったジョン? この『人間の世界』は?」
「楽しかったよ」
「楽しい?」
「学習をそっちのけで、歓雫キヨ達の世話を焼くのに必死になってしまった。でも、楽しいんだ。『誰かの為に頑張る』っていうのは、楽しいんだよ。それも歓雫キヨ達から学んだ」
「フフッ、そいつは大収穫だ。ところでジョン、最後に一つだけ聞きたい。茉を付け回していた甲斐広人を痛めつけたのは誰なんだ? 何処かの屈強な男に憑依したお前か?」
「う~ん、まぁ、私ではない…とだけ言っておこう」
「なんだぁ? この期に及んでトボけるのか?」
「違う。本当にハッキリと言えないんだ。私には推測があるんだが、確信ではないから。それよりもジョニー、甲斐広人の件ならお前も人の事を言えないだろう?」
「は?」
「なにが『は?』だ。例の証拠が入ったUSBメモリだよ。お前はタイムスリップは出来ないが、タイムリープならできる。言い換えれば、時間移動はできないが、覗き見だけならできる。撮影を頑張ったんだな。おつー!」
「ちっ、違う! 俺じゃないぞ! それより、『おつー!』ってなんだ?」
「フフッ、分かったよ。問い詰めたりはしない。キヨも問い詰めるのは嫌いだった」
「だから、俺じゃないって…」
「でも、デジカメは心子に返しておけよ。『失くした』と言って困っていたぞ」
「あ…」
「ジョニー、人間界にこんな言葉がある。『バチが当たる』。知っているか?」
「知らない。『バチ』ってなんだよ?」
「私も詳しくは知らないが、『悪い事ばかりしていると、自分がひどい目に遭う』という意味らしい。甲斐広人は花梨茉を殺そうと思っていた。まぁ、仕方ないだろう」
「そうか。しかし、人間界は難しいなぁ、分からない事ばかりだったぞ」
「だが、たくさん学ぶ事ができた。今度は我々の世界に戻って、これを活かすとしよう。できたら、もう少しだけ居たかったのだがな」
「どうした? まだやり残した事でもあるのか?」
「『愛の告白』だよ」
「は?」
「一度で良いから、見たかった。キヨがテレビの恋愛ドラマを見ながら『きゅんきゅんするのぉ~』とよく言っていたからな。歓雫大希と花梨茉の『愛の告白』を見たかった」
「『きゅんきゅん』ってなんだ?」
「分からない。だから見たかったんだよ」
「フフッ、だったらお前だけ残ればいいさ」
「いいや、止めておくよ。もう帰ろう」
「まぁ、少し名残惜しいかな。もうこの星に来る事もないだろうし」
「いや、また私は来たいな」
「なぜ? これ以上、何を学ぶんだ?」
「学習じゃない。会いたいんだ。人間は、気持ちが通じ合う仲を『友達』と言うらしい。また友達に会いたい。楽しみだよ」




