13、天国へ行く方法
キヨと大希。部屋に二人きりで、静かに時間を過ごしていた。
時刻は二十三時になった。聞こえるのは、小さなキヨの呼吸の音だけだ。
大希はその音を聞きながら、何かできないかと考えていた。
この家の玄関には、キヨが色々と花を植木鉢に植えている。特にお気に入りが赤いゼラニウムだ。大希は小さなコップに一輪のゼラニウムを移し替え、大希の枕元に置いた。
「婆ちゃん、ゼラニウムだよ。置いておくね」
次にタンスからピンクの古びたワンピースを取り出し、そっとキヨの布団の上に広げた。
「想像できるよ。婆ちゃんは、このワンピースが似合っていたんだよね。婆ちゃんはこのピンクのワンピースが、世界で一番似合う人だよ」
横たわっているキヨの横に座って語り掛け始めた。
「さっきさ、花梨が心配して来てくれたよ。抱きしめて・抱きしめられて、嬉しかった。ホッとしたんだ。それで思ったんだよ。俺、婆ちゃんを一度も抱きしめていないんだ。
色々な心残りや後悔があるけど、抱きしめなかったのが一番の後悔かな。『大好きだよ婆ちゃん』と言って抱きしめる。そんな簡単な事をしなかったんだよね。本当にごめんね」
大希は涙目でうつむいた。
そんな時、大希はふと気付いた。なぜか視線を感じる。部屋を見渡すと、ジョンのぬいぐるみがあった。そう、ぬいぐるみの目というのは、視線の様に感じるものだ。
キヨはジョンを可愛がっていた。
いつも一緒に寝ていたので、ジョンをつかむとキヨの横に寝かせた。
「ジョン。お前は婆ちゃんと、ずーっと仲良くしてくれていたな。ありがとうよ」
大希がそう言った瞬間、自分の体が宙に浮いたような感覚になった。
「えっ?」
大希が気が付くと、ジョンの銅像の前に立っていた。
すると間を空ける事無く、何処からか声が聞こえてきた。
《歓雫大希。今日が約束の日だ。こちらへ来てもらおう》
●
大希は真っ白い世界へ飛ばされていた。大晦日に招かれた、何も無い空間だ。
覇気のない声でボソリと言った。
「ここは? あっ、そうか。今日が約束の日だったな…」
すると、『ジョン』の声が聞こえてきた。姿は見えない。
《『トロそうな見た目』で悪かったな》
「その声は…、ジョンか?」
《三ヶ月振りだな、歓雫大希》
「ああ」
《ほぉ…》
「何が『ほぉ』なんだよ?」
《お前、三ヶ月前とは随分雰囲気が違うな。大晦日に会ったお前は、破滅的な感じだった。そうだな…例えるなら『黒いモノが憑いている』と言ったトコロだ。今日はそれが消えている。なにかあったのか?》
「色々あったけど、それをお前に説明する気はねぇよ」
《知ってるけど…》
「なんだって? しかし、あんたの言う通りだった」
《どうした?》
「あんたは言ったじゃないか。『三月三十一日は、人生最大の試練になる』って。まさにその通りだったよ」
《…》
ジョンは大希に返事をせずに言った。
《本題に入ろうか。『天国へ行く方法』。答えは見つかったか?》
「いや、見つからなかったよ」
ジョンは拍子抜けした声で言った。
《なんだと? 歓雫キヨは、泣いているお前の頭を膝に置いて『天にも昇る気持ち』だと言っていたぞ。あれを回答として言うと思っていたのだが…。違うのか?》
「『人の気持ちを温める行いをする』って事だよな。それも天国へ行く方法の一つだと思う。ただ、それだけじゃあ足りない気もする。さっき婆ちゃんの寝顔を見ていて、そう思った」
《どういう意味だ?》
「さっきから後悔が尽きないんだ。『ああしてあげれば・こうしてあげれば良かった』っていう後悔があふれて止まらないんだ。もっと婆ちゃんの心を、温めてあげたかったよ」
《例えばなんだ?》
「そう…、あえて一つを言うなら、『大好きだよお婆ちゃん』と言って抱きしめたかった。意識のある間に抱きしめたかった。それだけは、悔やんでも悔やみきれない」
《そうか…》
少し間を空けて、ジョンは冷静に淡々と言った。
《歓雫大希、その回答では不十分だ。残念だったな》
大希も淡々と言った。
「ああ、そうだよな。俺ももう、考える気力は無いよ。婆ちゃんの傍へ戻してくれ」
《…分かった。では、最後に一つだけ聞かせてくれ》
「なに?」
《もし、この『追試』に合格していたら、何を願っていた?》
「願いか…。命にまつわる事はできないんだろ?
『婆ちゃんの寿命を延ばしてくれ』と願いたいが…」
《それはできない。それ以外なら、なんでも望み通りにできたのだがな。金か? 品物か? 名誉ある地位か?》
「じゃあ一つだけだ。『婆ちゃんの膝の痛みを取ってやってほしい』。叶えたかったな」
ジョンは驚いて言った。
《いっ、いや! ちょっと待て! 歓雫大希、お前、何を言っているんだ?》
「ん?」
《歓雫キヨはもう、意識は無いんだぞ? だから、痛みも感じてないんだぞ?》
「だろうね」
《そんな無駄な事はしないで、自分の事を願おうとは思わないのか?》
「無駄じゃないよ。婆ちゃんの右膝の持病は、六十代後半から始まったそうだ。二十年以上も苦しんできたんだよ。歳を取るごとにひどくなって、最近では痛みで眠るのも辛いぐらいになっていてさ。誰でも『膝に痛みなんて無いのが普通』と思っているだろう? でも俺と婆ちゃんにとっては、『膝の痛みの無い生活』は念願であり、憧れだったんだ」
《…》
「だからせめて、『天国へ行く』前に、『痛みの無い膝』にしてあげたかったな。残念だ」
《……》
「もういいか? 俺を婆ちゃんの元へ帰してくれ」
《………》
「ジョン?」
《合格だ》
「は?」
《お前を合格にすると言ったんだ。歓雫大希》
「俺が合格? なぜ?」
《それは私にも分からない。お前達に出会う前の私なら、お前の言葉を『くだらない』と言って切り捨てただろう。でも今は違う。お前の言葉に気持ちが温かくなってくるんだ》
「でも、『天国へ行く方法』の答えは出せていないと思うけど?」
《そんなものはどうでもいいんだ。私が聞きたかったのは、そんな事ではない》
「どうでもいいって、人を散々悩ませておいて…」
《歓雫大希。お前とは大晦日に出会った。
しかしその前に、歓雫キヨとも私は接触しているんだ》
「ジョンが婆ちゃんと?」
《よく考えてみろ。お前は確かに、一年前から銅像の掃除を続けてくれている。だが、歓雫キヨは六年間も続けたんだ。願いを叶えるべきは歓雫キヨだとは思わないか?》
「あ…、確かに…」
《一年前、キヨが銅像の掃除を引退しようとしているのは、察しがついていた。そこで私は礼がしたいと思った。この空間に呼び出して聞いたんだ。『どんな願いも叶える。なんでも言ってくれ』とな。その記憶は、歓雫キヨからは消しているが》
「婆ちゃんにも聞いたのか…。それで、婆ちゃんはなんと言ったんだ?」
《歓雫キヨは迷わずに言ったよ。『その願い、大希の為に使いたい。大希に使わせてやってくれ』と》
「おっ、俺?」
《そこで我々は、お前がどんな人間かを知る必要があった。銅像の掃除を一年間続けてくれていた事は評価できるが、素行はひどかったからな。だから大晦日、お前をここに呼び寄せて質問をし、試したんだ》
「それがあの『地獄に一本の糸』ってやつか?」
《そうだ。今回の『追試』も含めてな。私達は『正解』を求めていたんじゃない。歓雫大希。お前が『なんと答えるか』・『どんな行動をするか』を知りたかったんだ。そしてお前は私の期待に…いや、歓雫キヨの期待に応えたんだ。だから合格だ》
ジョンは大希が喜ぶと思ったが、表情は暗いままだった。
「婆ちゃんの期待に応えれたのは良かったけど、婆ちゃんが逝こうとしている今、何をもらっても意味がねぇよ」
ジョンは冷たく言った。
《そんなお前の都合は、私の知った事ではない》
「えっ?」
《歓雫キヨは、『願い』をお前に譲った。そしてお前は『合格』をした。私には、お前に『願い』を使わせる義務がある。お前も歓雫キヨの厚意に応える義務がある。
さあ、言うんだ。自分が幸せになる為の願い事を言うんだ》
「俺が幸せになる為の願い…」
《金なら欲しいだけ用意しよう。今住んでいるボロ家を豪邸にもできる。さあ言うんだ》
大希は迷わずに答えを言った。
「婆ちゃんの膝の痛みを取ってほしい。これで頼む」
冷たい口調だったジョンだったが、呆れた口調に変わった。
《いやだから! どうしてそうなるんだよ!》
「『俺が幸せになる為の願い』なんだろ?」
《そうだが?》
「だったら、これで良いよ。布団で寝ている婆ちゃんに『婆ちゃん、痛みが取れてよかったね』と言いながら、右膝をさすりたい。それが今の俺にとって、一番の幸せだから」
《歓雫大希。お前は…お前という奴は…!》
しばらく沈黙した後、ジョンは重い口調で言った。
《歓雫大希。お前に謝らなければいけない事がある》
「謝るって?」
《私は嘘をついていた》
「嘘?」
《『命にまつわる願いは叶えられない』と、私は言ったな?》
「ああ。…って、まさか?」
《本当は出来るんだ。命にまつわる願いも、叶えることが出来る》
大希は声を高ぶらせて言った。
「そっ、それじゃあ! 婆ちゃんの寿命を延ばして---」
ジョンは大希の話をさえぎって言った。
《ただし、条件がある。生命にまつわる事だけは、タダではできない。お前に相応の代償を払ってもらう事になる。だから隠していたんだ》
「代償? 払うよ! なんでもするから言ってくれ!」
《お前の寿命だ。私の見立てだと、お前は八十三歳まで生きる。残りの寿命は六十二年。それを全て、私に支払うんだ。そうすれば、キヨの寿命を延ばしてやる》
「じゅっ、寿命を全部?」
《そうだ。『五年間だけ』などという事はできない。全部だ。これはお前への嫌がらせではない。この『生命にまつわる能力』を使うには、依頼者の決意が必要なんだ。お前の寿命をキヨへ移植する訳じゃない。『自分の寿命を無くしてもいい』という、決意の程度を我々『六神体』に示すんだ。生命の理に手を加えるのは、我々にとっても最大の禁忌なのだからな。それでもやるのか?》
「『人生最大の試練』は『婆ちゃんが逝く事』だと思ってた。でも違うんだな。
『婆ちゃんの為に命を亡くす事ができるか』だったのか…」
大希は数分、考えに考え、悩みに悩んだ。そして結論が出た。
大希は清々しい表情と雰囲気で言った。
「…分かった。それでいい。婆ちゃんの寿命を延ばしてくれ」
《おっ、おい! 軽く考えるなよ! お前は死ぬって事なんだぞ! 良いのか?》
「いいよ。俺は婆ちゃんに出会うまで、本当に酷い人生だった。婆ちゃんに出会わなかったら、誰かを殺してしまうような極悪人になっていただろう。あるいは、俺が悪党に殺されていたかもな。それを、キヨ婆ちゃんが救ってくれた。地獄から救ってくれたんだ。ジョン、あんたが言う『地獄にたらされた、天からの糸』を、婆ちゃんがくれたんだよ。だから、恩を返したい。婆ちゃんが救ってくれたこの命を返せるんだ。嬉しいぐらいだよ」
《お前はバカだ。何かに異常に愛着を持つ事を、人間達は『●●バカ』と言うらしいな。お前は『婆ちゃんバカ』だ》
「へぇ~、ジョン。お前も人間の事が分かってきたんだな。そんな言葉を覚えるとはね。その言葉は最近、俺も友達に言ってさ。まさか俺が言われるとは思わなかったよ」
《そうだったね、歓雫》
「えっ? 今、なんて言った?」
《なんでもない。それよりお前、自分が死んだ後の事を考えているのか? お前亡き後、キヨはどうなるんだ?》
「それは---」
《ゼラニウム》
「えっ?」
《キヨの好きな赤い花。ゼラニウムだよ。花言葉は『信頼』・『尊敬』。あと一つは?》
「それは、『君がいて幸せ』…だ」
《花好きなキヨの事だ。それを分かっていて愛でていたんだろう》
「…」
《それでもいいのか?》
「…いいよ。婆ちゃんには不思議な力がある。なぜか人が集まってくるんだよ、あの人にはな。夕空さん・夕威君・花梨(。あっ、楮乃もそうかもな」
《歓雫大希、お前もだろう?》
「そうだな。俺も婆ちゃんの元へ引き寄せられた一人だ。色々な人が、婆ちゃんの元へ集まって支えてくれると思う。だから、もういいんだ」
《そうか、分かったよ。勢いや思い付きで言っているのではないな。その願いを叶えよう》
「うん、ありがとう、ジョン」
《変な期待をさせたくないから、ハッキリ言っておくぞ。『寿命を支払うと言っても、結局は助けてくれるんだろう』などという、甘い考えは持たないでくれ》
大希は少し鼻で笑った。
「フフッ、分かっているよ。あんた達にそんなの期待してないっての!」
《こんな時に、よくそんな軽口叩けるなぁ。キヨの幸せの為なら、なにも怖く無くなるのか? お前は凄いよ、歓雫大希》
「なぁ、ジョン。最後に教えてほしい。お前達は何者なんだ?」
《そうだな…。まぁお前なら話してもいいだろう。お前達に分かりやすい表現で言うと、我々は『宇宙人』というやつだ。この星以外に存在する、知的生物…というトコロだな。この世界にはお前達人間と同じ、あるいはそれ以上の知的生物がいるんだ。
我々はその一つだ。文明は、お前達より遥かに上をいくがな》
「『宇宙人』ね…。それが、この笠地蔵市で何をしているんだ?」
《我々は知力が高すぎるゆえに、争いごとが絶えないんだ。何度も全滅の危機に瀕した。
平和に共存できる方法は何かないかと模索したが、上手くいかなくてな。だから外の世界に学ぶ事にした。色々な知的生物に接触したよ。だが、見本になるべき世界は見当たらなかった。常に争ってばかりだったり、逆にずっと平和でなにも争いもないから、競争も無くて発展も見込めない世界だったり。そしてたどり着いたのが---》
「ここ、だと言う事か?」
《そう、この星だ。調べると、お前達人類の歴史は興味深かった。二百万年の歴史の中で、幾度も大きな争いが起きた。だが、全滅に至る事は一度もなかった。それどころか、全員一丸で協力する事もある。我々にはそれが驚きでな。お前達から学ぼうと決めたんだ。
この星全体に同胞が散らばって、学習を進めていたんだ。二つの方法でな》
「学習って、どうやるんだよ?」
《偶然にも、ここ笠地蔵市には、『六神体』と呼ばれる銅像があった。それに取り入ったんだよ。これが一つ目の方法だ。私の場合は、ゴリラのジョンの銅像に取り入った。そうすれば、銅像だけじゃない。ジョンを模した物から物へ、自由に精神を移動できる》
「ウチにあるジョンのぬいぐるみもそうか?」
《そうだ。キヨが家にいる間は、ぬいぐるみのジョンの中にいるようにした。そして、キヨの話を沢山聞いた。二つ目の方法は幽体のように宙を漂い、人間達を観察した。この方法は時間制限などがあって、かなり不自由なのだがな。ともかく、こういう事を繰り返したんだ。この世界の人間が、どういう考え方をして生きているかを知ろうとしたんだ》
「ジョン達が笠地蔵市を選んだ理由は?」
《ない。この地に降り立ったのは、まったくの偶然だ》
「それは違うよ。あんた達も、婆ちゃんの元へ引き寄せられたんだよ、きっとさ」
《フフッ、そういう事にしておこう。だが我々は、もう引き揚げる。この世界の人間…特に歓雫キヨとお前、いや創紫夕空・花梨茉・楮乃心子もそうかもな。お前達には色々と学ばせてもらった。今後はそれを活かして、自分達の世界を立て直すつもりだ》
「そうか。じゃあもう銅像の掃除はいいのか?」
《まぁ私としては、もう構わない。だが、できれば誰かが続けてほしいものだ》
「それは大丈夫。花梨や楮乃が、きっと引き継いでくれると思うよ。友達だから」
《その友達とも、もう会えなくなるぞ。寂しくないのか?》
「寂しいよ。でも、『寂しい』と思える事が嬉しいよ。あの二人は友達なんだと、改めて分かった気がする。夕空さんや夕威君もそうかな。特に夕威君の将来は見たかったよ。あと、ジョンも」
《ジョン? 私か?》
「ゴリラの方だよ。一年間掃除していた銅像と、家にあるぬいぐるみ。愛着があるから」
《あっ、そっちか…》
「いや、あんたもかな、ジョン。こんな機会をくれて、感謝している」
《私も? そうか…。歓雫大希、右手を差し出せ》
「ん? こうか?」
大希が右手を前に差し出すと、見えないがつかまれた感触があった。温かみも感じた。
「これは?」
《歓雫大希、これは『握手』という行為だ。嬉しかったり、悲しかったりした時にするそうだ。気持ちを共有したい時に、相手の手をつかむ習慣が人間達にはあるらしいな。今、私はしてみたいと思ったのだが…。どうだ?》
「うん、悪くない。いや、嬉しいかな」
《そうか…。最近、人間が『握手』をしているトコロを見た事があってな。私も一度してみたいと思っていたんだ。やっとできたね、歓雫》
「えっ、歓雫?」
《なんでもないよ》
ジョンはゆっくりと『握手』を離した後に言った。
《歓雫大希。私はそろそろ『能力』を発動させる。キヨの寿命は延びる。
そしてお前は、眠るようにこの世を去る。苦しみは一切無いから安心しろ》
ジョンの『この世を去る』という言葉を聞いた大希は、一気に表情が曇った。
「そうか、分かった」
《流石のお前も、死期が目の前に迫ると怖いようだな》
「あっ、違うよ。怖いけど、婆ちゃんの為なら構わないんだ。残念だなって思ってさ」
《なにが残念なんだ?》
「明日、四月一日は、婆ちゃんの誕生日なんだよ。最後に、一緒に過ごしたかったな」
《そうだったな。しかしお前達人間は、自分が生まれた日を記録して、祝ったりするよな? プレゼントをあげたりする。なぜなんだ?》
「教えても良いけど、習ってばかりじゃあダメなんじゃないか?
少しは自分で考えた方が良いと思う」
《うぅ…! 悔しいが、それはお前の言う通りだな。勉強するよ》
「ところで一つ聞いていいか?」
《なんだ?》
「婆ちゃんは、あんた達の記憶は消されたんだろ?」
《そうだ》
「俺も、あんた…ジョン達の記憶を消されるのか?」
《いや、もういい。我々と接した人間は、その記憶を消すようにしている。口外されると面倒なんでな。だが、お前は口が堅いようだ。それに残り時間を考えても、口外など出来ないだろう。だから、もういい》
大希は、少しホッとしたような表情で言った。
「そっか、良かった」
《ん? どうした? 何が良かったんだ?》
「今にして思えば、あんたとのやり取りは面白かったから。婆ちゃんの寿命も伸ばしてもらったし。あんたの質問のお陰で、俺は色々な経験ができたからね。だからジョンの記憶が無くなるのは、寂しいなと思っていたんだ」
《歓雫大希…》
ジョンはそう言うと、しばらく黙り込んだ。
「ジョン…?」
大希がそう言うと、ジョンは答えた。
《気が変わった》
「えっ?」
《私は気が変わったぞ、歓雫大希》
「はぁ? なんの事を言っているんだ?」
《歓雫大希。お前達には学ばせてもらったし、良くもしてもらった。それに明日は、歓雫キヨの誕生日だったな。お礼にささやかだがプレゼントをやる事にした。最初はそんなつもりは無かったが、お前に説教されたままなのも悔しいからな。しかも六つやる》
「六つも? 気前がいいな」
《一つ目。十分間、時間をやる》
「えっ?」
《能力を発動させた後、死ぬまでに十分間だけ猶予の時間をやる。最後は歓雫キヨと過ごせ。短いが、これが精一杯だ。二人で良い時間を過ごすといい》
「そうか。婆ちゃんの近くで逝けるなんてありがたいよ」
《残りの五つも些細な事だ。あまり期待しないでくれ。
ちなみに『能力』は、もう発動した。あと十分間だ》
「えっ、そんな! ここから家まで十分間では帰れないぞっ!」
《心配するな。一瞬で家の前まで送り届けてやる。これが二つ目のプレゼントだ》
「そうか、良かった」
《お前の命はあと十分。分かり易いように、お前の家の柱時計に『十分間の猶予の能力』を込めた。あの古びた柱時計が夜中の十二時を指した瞬間、お前の命は終わる。いいな?》
「分かったよ! もういいから俺を家に飛ばしてくれ! 時間がもったいない!」
《いや、残り四つの説明がまだ---》
「いいから早く! どうせ『些細な事』なんだろ? もういいから!」
《分かった分かった! すぐやるよ! ほらっ!》
大希は自分の体が消えかかる瞬間、右手を真っすぐ前に伸ばした。
そして手のひらをグーにして、親指を立てた。いわゆる『サムズアップポーズ』をした。そして笑顔で言った。
「ジョン、ありがとう! お前達の『世界』、良くなるといいな! 頑張れよ!」
大希の体は消え、歓雫家の玄関へ飛ばされた。
《今から自分は死ぬという時に、私に向かって『頑張れ』か…。本当にお前は凄い奴だったよ、歓雫大希。いや、真に凄いのは、そうさせる歓雫キヨかもな…》




