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11、あなたが落としたのは…どっち?

 まち大希たきと別れ、帰宅の途についていた。あと十分くらい歩けば自宅のアパートなのだが、道端に見慣れぬ小さな建物が立っていた。


「あれ? こんな建物あったっけ?」


不思議に思いながら、建物を見た。どうやら宝クジを売っているようだ。

お店の看板には『一等・一千万円』と書いてある。

「一千万円か…。何枚買わなきゃいけないの?」

看板の下の方を見た。『六等・二百六万円』と書いてある。それは茉にとって衝撃的な金額だった。乙の奨学金を受けた場合、あと二百六万円出せれば、授業料を全て賄えるのだ。

「二百六万円! 宝クジは一枚三百円か。財布には、あと千八百円しかないから、六枚しか買えないのか…」

看板を見ると、営業は本日六日まで。閉店時間もあと六分しかない。茉は迷いを捨てた。

「宝クジを六枚ください」

ガラス越しに、穏やかな中年の女性が対応した。

「はい、ありがとうございます。当たりますように」

女性は銀色の封筒に、丁寧に宝クジ六枚を入れた。そして茉に渡した。

茉は聞いた。

「あのー、六等が当たる可能性って、何枚に一枚くらいなんでしょうか?」

「え~と、あくまでも目安ですよ。まぁ、一万枚に一枚ってトコロでしょうか」

「いっ、一万枚…」

クジを買った時は気が高ぶっていた茉だったが、確率を聞いてすっかり落ち込んだ。


「無駄遣いしちゃったかな…」


宝クジの入った銀色の封筒を見ながらトボトボ歩いていると、突風が吹き、銀色の封筒が飛ばされた。

「しまった!」

茉は慌てて走り出した。銀色の封筒は道の曲がり角まで飛ばされた。封筒を追い、茉も角を曲がった。するとスーパーの帰りのような、年配のオバサンが立っていた。

オバサンは言った。

「おやおやお嬢さん、慌ててどうしたの?」

「宝クジの入った封筒を落としてしまって、探しているんです」

「おや、そうかい。アンタの宝クジの入った封筒は、これかい?」

オバサンが差し出した右手には、茉の落とした銀色の封筒が握られていた。

「あっ、はい。それ---」

茉が答え終える前に、オバサンは左手を差し出して言った。

「それとも、こっちの金色の封筒かい?」

左手には、太く膨らんだ金色の封筒が握られていた。オバサンは金色の封筒から中を取り出して見せた、宝クジの束だった。分厚く、枚数は百枚。

茉は思った。

「(分厚い! きっと百枚くらいあるよね? 百枚あれば、六等の確率は百分の一になる! と言う事は、その束の中に六等があるかもしれない! 二百六万円があるかも…?)」

オバサンは宝クジを金色の封筒に戻し、茉に言った。

「さあお嬢さん。アンタが落としたのは、どっちだい?」

「あの、聞いていいですか?」

「なんだい?」

「この宝クジはどうされたのですか?」

「歩いてたら、二つとも落ちていたよ。拾い上げたら、アンタが飛び込んできたんだよ」

「そうですか…。一つは私のなんです。もう一つはどうされるのですか?」

「警察に届けるよ。落とした人は、必死に探してるだろうから。今のアンタみたいにね」

「そうですよね、落とした人も探してますよね。でも、私も必死なんです! その宝クジに私の夢が…いや、二人の夢が…いや! 四人の夢と人生が掛かっているんです!」

「…もう一度聞くよ? 銀の宝クジと・金の宝クジ。アンタの落とした宝クジは、どっちだい?」

「私の宝クジは、私達の夢と人生は…こっちです!」

 三月十一日の昼。歓雫かんだ家にまち心子みこが遊びに来ていた。茉はもう外でキヨと会うのは無理になったので、心子を連れて歓雫家に来ていた。背中を丸めてコタツに入っているキヨ、その右側に大希、左側に茉、向かい側に心子が座っていた。

キヨは部屋のスミに置かれている、ジョンのぬいぐるみを見て言った。

「はて? おかしいのぅ」

大希はキヨに聞いた。

「どうしたの? 婆ちゃん」

「ジョンの様子がおかしいんぢゃ。なんか元気がないように感じるのぅ。そうじゃな、例えるなら『魂が抜けてる』ような感じかのぅ」


《ほぅ…。鋭いな、歓雫キヨ》


茉は心子を叱った。

「ちょっと心子! 目上の人を呼び捨てにしたらダメじゃない! しかも声色まで変えて何やってんのよ! それは『性格が大らかだから』じゃあ済まないからね!」

大希も心子に言った。

「そういえば、以前に喫茶店でそんな事があったな。どうして声色を変えて言うんだ?」

心子は焦って言った。

「あっ、ちっ、違うの! ついうっかり…。アハハ、ごめんなさい、キヨさん」

キヨは心子に言った。

「よいよい、一向に構わんぞよ」

「ごめんなさい」

話題を変えるのも兼ねて、大希がキヨに心子を紹介した。

「婆ちゃん、この子は楮乃さん。友達なんだ」

心子にしては珍しく、殊勝にペコリと頭を下げた。

「初めまして! 友達の楮乃心子です。よろしくお願いします!」

「うむ、元気な子じゃのう。こちらこそよろしくぢゃ、ミルキー」

「へっ? ミルキーって私の事ですか? あっ、はい! よろしくお願いします」

二人の会話を聞いて、大希と茉はクスクス笑っていた。

心子は茉に聞いた。

「ねぇ、私ミルキーになったんだけど、茉はキヨさんになんて呼ばれてるの?」

「マミーだよ」

「アハハッ! なにそれ~!」

四人で笑った後に、茉がキヨに聞いた。

「キヨさん、お加減はいかがですか?」

「うむ、悪うないぞ。座ってのんびり話しているだけなら大丈夫じゃ」

「そうですか、良かった」

茉はそうは言ったが、キヨの声の張りが以前よりも格段に下がっているのが心配だった。しかしそれは表に出さずに、四人で談笑を続けた。

キヨは三人が笑って話しているのを見て、嬉しそうに言った。

「大希よ、友達ができて良かったのう。ワシは嬉しいぞ」

「うん、この二人は親友なんだ。良い子達だよ」

心子はキヨに言った。

「私は親友なんですけどね。でも私の希望としては、マミーは親友じゃなくて、恋---」

心子が言い終える前に、茉はコタツの中で心子の太ももをつねった。

「痛い!」

「あら~、心子。どうしたの?」

「イタタ…。なんでもないですぅ」

キヨは大希に言った。

「しかし大希よ。友達ができたのは素晴らしいが、なぜ女ばかりなのぢゃ?」

「いや、それは偶然だよ! 結果的に女性だったってだけだよ」

「ホントかのぅ? お前、大学で何をしていたんぢゃ? ちゃんと勉強しとったのか? ユアピーにフラれて、懲りておらんのか?」

「ばっ、婆ちゃん! ひどいなぁ、もう!」

大希とキヨの会話を聞いて、茉と心子は笑った。特に心子は大笑いしていた。

「アハハッ! 夕空さんの事をイジられるなんて、もう大丈夫なんだね、歓雫」

「うん、気持ちはすっかり切り替わっているよ。今じゃあ良い思い出だ」

「そっかー。という事は、新しい恋を---」

話の途中で茉の鋭い視線を感じたので、心子は違う話に切り替えた。

「あっ、えーっと…。でも面白いね。大学では怖い者なしって感じなのに、キヨさんの前では全然ダメじゃん」

「別にダメではないよ。ちょっぴり頭が上がらないだけでさ」

「同じだっての! (そっか。歓雫の『全てを担える偉大な人』はキヨさんなんだね)。そうだ、茉。あれどうなった? 結果は?」

「あれって?」

「宝クジだよ。当たってた?」

「あ、まだ見てない。だって、見たら終わっちゃうしさ。持ち歩いているんだけどね」

「いや、なに言ってんの! もう見ようよ! 怖がっている場合じゃないって!」

「怖がってはないけど…。今、ここで見るの?」

茉は渋々、カバンから銀色の封筒を取り出した。

そして封筒から宝クジを取り出して、コタツの上に置いた。

宝クジを見た大希は言った。

「それ何枚買ったの?」

「六枚だよ。…百枚くら買った方が良かったかな?」

「いいや、それ位がいいと思うよ。ねぇ? 婆ちゃん」

「うむ、宝クジは遊びぢゃからのう。あまり必死にならんほうがエエぞい」

心子も言った。

「そうそう。たくさん買って当たっても、自慢になんないしね。六枚位が丁度いいよ。一千万円当たったら、皆に影丸かげまるをおごってよね。そうですよねぇ、キヨさん?」

「うむ、それはエエのう。毎食後のデザートが影丸なんてエエのう」

心子が当選番号が表示されたスマートフォンを、コタツの中心に置いた。

茉 → 大希 → 心子 の順で、一枚づつ宝クジを、合計三回チェックしていった。

キヨはお茶をすすりながら、その様子を眺めていた。

三分もかからず、チェックは終わった。

コタツの上に散らばった宝クジを見て、心子が大きくため息をついた。

「くわ~、ダメか」

大希は笑顔で言った。

「そう言うなよ。でも、少しの時間だったけど、ドキドキできて面白かったな」

茉も同調した。

「そうだね。まさに『夢を買う』って感じだったよ」

キヨは言った。

「ワシは一喜一憂するお前達が面白かったぞ。カカカッ…」

宝クジを囲んで四人は笑った。キヨの笑い声を聞いた時、大希と茉は少し寂しい気持ちになった。以前なら『カッカッカッ!』と大きな声で高笑いをしていたのだが、今は笑い声に力が無い。茉はそれには触れず、クジの一枚を両手で手に取った。

クジを見ながら言った。

「良かった。六枚で良かった。こうしてみんなで楽しく番号を見れるんだから。嬉しいな」

大希は茉に言った。

「なんの事を言ってるの?」

茉はクジから目を離して、大希を見た。

「私ね、『間違い』を手に取ろうとしかけたの。でも、その瞬間に歓雫君の言葉を思い出したの。『婆ちゃんの夢を叶えてほしい』って言ってくれたよね? 夢は叶えたい。でも、夢は『叶え方』も大事だよね? 危うく、キヨさんの夢に泥を塗るところだった。一生苦しんでいたかもしれない…」


《立派な決断だったぞ、花梨茉》


茉は不思議そうな表情で、心子を見て言った。

「いやだから、どうして声色を変えて言うの? ボソッと言ったから、ハッキリ聞き取れなかったよ。なんて言ったの?」

心子は焦って言った。

「いっ、いや、えーっと、アハハ、気にしないでね」

「ふーん…」

茉は心子から目を離し、大希を見て言った。

「ともかく歓雫君、ありがとう」

「いや、全然分からないんだけど…。婆ちゃん・楮乃、分かる?」

心子は首を振った。キヨは目を閉じて、深くうなずいた。

「婆ちゃんは分かるんだ?」

キヨはキッパリ言った。

「うんや、全然分からん」

「なっ、なにそれ? じゃあうなずかないでよ」

茉は笑いながら言った。

「アハハッ! つまり私はみんなに感謝しているって事だよ。三人が大好きだって事!」

心子は残念そうに言った。

「茉はテンション上がってるけど、私はしばらく上がんないよ。だってこの一枚が、ぬか喜びさせたんだから」

心子はコタツの上にあるクジを一枚取って見ていると、大希がクジを心子から取った。

「このクジだよ。一瞬、心が躍ったけどね。六等の当選番号と、下一桁だけ違ったんだよな。念の為に、もう一度だけ見てみるよ。…まあ、もちろんハズレだけどさ」

大希は茉にクジを渡した。

「そうだよね。このクジの下一桁が『六』だったら、六等の二百六万円だったのになぁ。私も念のために、もう一度だけ見てみるよ。…やっぱりハズレよね」

キヨが茉に向かって右手を伸ばした。

「あっ、キヨさんもご覧になります?」

「うむ」

キヨは老眼を付けて、クジの番号と当選番号を見比べた。

茉はキヨに聞いた。

「ねっ? 下一桁だけ違うでしょ?」

「う~む、老眼を付けても全然見えん。カカカッ…」

「アハハッ! キヨさんってば」

キヨはコタツにクジを置いた。心子はそのクジを手に取った。

「最後の最後の最後に、私がもう一度見ておくよ。…当然ハズレ---」

心子は話している途中で固まってしまった。クジを凝視している。

茉は心配して言った。

「心子、大丈夫? どうかした?」

「…このクジ、六等が当たってるよ」

「いやだから、当たってないよ。下一桁が『六』だったら良かったんだけど、違うから」

茉は心子から押し付けられる様にクジを渡された。仕方なく、もう一度番号を確認した。

「…このクジ、六等が当たってるよ」

呆れた大希が言った。

「あのなぁ、七回確認したんだぞ? 婆ちゃんを含めないと六回かな? ハズレだって」

大希は茉の手からクジを取り、番号を確認した。

「…下一桁が『六』だ! このクジ、六等が当たってる!」

茉・心子・大希は顔を合わせて大騒ぎした。

「やったぁ! 当たったぁ! 六等だぁ!」 「二百六万円だぁ!」

茉と心子は立ち上がり、抱き合って泣いた。大希はキヨを右横から抱きしめた。

「大希、どうしたのぢゃ?」

「宝クジが当たったんだよ!」

茉はキヨを左横から抱きしめて言った。

「キヨさん、やりましたよ! 夢に一歩近づいたんです!」

キヨはキョトンとしていた。

「はて? どういう事ぢゃ?」

心子は言った。

「キヨさん、つまりみんなハッピーになったんです。幸せになったんですよ!」

「うむ。よう分からんが、皆が『はっぴー』ならそれでよいぞ。カッカッカッ…」


イラスト:migmag

挿絵(By みてみん)

まち、良かったね! 本当に良かった…」

「うん…、うん…。ありがとう、心子みこ



大希は当たったクジを見て、首をひねりながら言った。

「しかし不思議だよな。最初に見た時は、下一桁は『六』じゃなかったハズなんだが。でもやっぱり『六』になってる。何度もチェックしたのに…なぜだろう?」

心子がケラケラ笑いながら言った。

「まあまあいいじゃないの! 細かい事は気にしないでいいじゃん!」

「楮乃は大らかだなぁ。決して細かい事じゃあないと思うけど…まっ、いいか」


《これが『喜びは分かち合う』か…。いいものだ。お前の言う通りだったよ、歓雫キヨ》


茉は宝クジのおかげで、『臨時収入・二百六万円』を得た。

茉は乙ランクの奨学生のままで、無事に二回生に進級できる事になった。

大希も甲ランクの奨学生辞退と休学を取り下げた。

授業は基本的にオンラインで参加させてもらうように大学に頼み込んだ。キヨの体調が良好な時は、大学に直接出席するという形で、二回生を過ごす事になった。

心子は二人が無事に進級する事を、自分の事のように喜んだ。


紆余曲折あったが、事態は最高の形で収束した。

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