8、開かれた愁眉(しゅうび)
翌日のお昼。大希・茉・心子は、大学の裏庭にいた。茉と心子が横並びに立っており、その向かいに大希が立っている。茉は心子の首を右手でつかむと、深く押し下げた。
そして自分も頭を下げて、大声で言った。
「すいませんでした!」
心子は嫌そうにボソリと言った。
「すん…ませ…んした…ぁ」
大希は驚いて言った。
「なんだ? どうしたんだ?」
二人は頭を上げ、茉は言った。
「聞いたよ。心子が昨日、歓雫君と女の人が話しているトコロに割って入ったんでしょ? すごい失礼な事を言ったって」
「まあ、そうだけど。でも、なぜ花梨が謝るんだ?」
「心子は『私の為にやった』って言うんだよ。責任を感じるというか、私のせいだよ。本当にごめんなさい」
心子は悪びれず、右上に視線をやりながら言った。
「まあ親友としてはさ、茉の恋路を応援したいというか---」
茉は怒鳴った。
「あんた! 本当に反省してんの? っていうか恋路じゃないし!」
心子は黙り込み、悲しそうにうなだれた。
見かねた大希は言った。
「花梨、もういい。謝られて、俺の気は済んだ。確かに楮乃は、俺と同席していた女性に失礼な事を言った。でも、それは本心じゃないと思っている。嫌々ながらにも、謝りに来てるぐらいだし。だからもういい」
「うん、この子は根は悪い子じゃないんだよ。枝や葉っぱがアホなだけ。許してあげて」
「茉! ひどいよぉ!」
大希は二人の様子を見てため息をつき、心子に言った。
「お前なぁ、俺には喧嘩上等でつっかかってくるクセに、花梨だと全然だな。…あれ?」
大希は不思議そうに心子を見た。
「昨日の事を、なぜ花梨が知っているんだ? まさかお前、喋ったのか? 自分が暴言を言った事まで、全部?」
「うん。茉に隠し事するのイヤだなぁと思ってさ。だから」
「お前バカだろ? 野球を熱烈に好きな人の事を『野球バカ』なんて言ったりするけど、お前は『花梨バカ』だ。呆れるを通り越して、感心するよ」
「そう? いやぁ、参ったなぁ~」
茉は心子に怒鳴った。
「褒められてないからっ!」
「あっ、そうなの?」
大希は言った。
「仲が良いんだな。羨ましいよ、お前達二人が」
茉は言った。
「羨ましい?」
大希は視線を落とし、寂しそうに言った。
「俺は友達ができた事がない。だから友達を大切にしようとした経験が無いし、大切にされた経験も無い。俺は心の何処かで、お前達に嫉妬していたのかもな。だから必要以上に一線を引いていたのかもしれない。我ながら情けないぜ」
「歓雫君…」
心子が大希と茉を見た後に言った。
「歓雫! 今からでも遅くないよ。私達と友達になればいいよ。ねぇ、茉?」
「うん、そうだよ歓雫君!」
大希は戸惑いながら言った。
「俺と友達に? お前達…いや、君達二人が、友達になってくれるって言うのか?」
茉と心子は同時に言った。
「うん」
「そうか、分かったよ。ありがとう、花梨・楮乃」
大希が笑顔で言うと、茉は恥ずかしそうに答えた。
「歓雫君の笑顔、初めて見たよ」
「あっ、そうかな」
「フフッ、これからは仲良くしようね、歓雫君」
茉は笑顔で、大希に向かって右手を差し出した。
大希は不思議そうな顔をして、茉の右手を見た。
「なに?」
「握手だよ。嬉しかったり、悲しかったりした時にするんだよ。相手と気持ちを共有できるの。私は今、自然と手が歓雫君に伸びたの」
「握手か…。俺、もしかしたら経験が無いかもしれない」
大希は茉の手をそっとつかんだ。すると茉は、大希の手をギュッとつかみ返した。
大希は茉を見て言った。
「うん、いいもんだ。安心する気がするよ」
茉は大希にそう言われ、微笑んだ。
「そう? 良かった」
大希と茉が握手をほどいた後、心子が元気に言った。
「これからもよろしくな、歓雫! 私も握手してやろうか?」
大希は即答した。
「いや、やめておく」
「なんだとぉ!」
三人で大笑いした。心子は笑いつつ、茉の様子をチラリと見た。
頬を赤くして、嬉しそうにしている。そして心中で思った。
「(良かったね、茉)」
大希は茉に恥ずかしそうに言った。
「あっ、あのさ、花梨。君に早く言っておきたい事があるんだ」
「えっ?」
大希の少し赤らんだ顔を見た茉と心子は、期待が膨らんだ。
大希はか細い声で言った。
「あ、ありがとう」
茉は不思議そうな表情で聞いた。
「なんの事かな?」
「この間は、サンドイッチの開け方を教えてくれて、ありがとう」
「へっ?」
心子はがっかりして言った。
「なっ、なにそれぇ? もっとラブラブなセリフを期待したのにぃ!」
心子とは対照的に、茉は嬉しそうに笑っていた。
「アハハ! いいのいいの! またサンドイッチ買ったら試してみてね」
「うん、そうするよ」
心子は納得いかない表情で、二人を見ていた。
「なんの話か分からないけど…。まぁあんた達が楽しいんならイイけどね」
大希は、笑顔の茉と心子の様子を眺めていた。そして嬉しそうに言った。
「良い景色だ」
茉は言った。
「景色って?」
「君達二人が笑っている様子だよ。良い景色だ。『答え』に近づいたかどうかは分からない。ただ、こんなに良い景色を見れてよかったと思う。努力して良かったよ」
心子はからかうように言った。
「それは、『可愛い女の子二人の笑顔が見れて幸せ~』って意味なのかなぁ?」
「アハハ、それもあるって事で良いよ」
茉は大希に聞いた。
「歓雫君、『答え』ってなんの事?」
「あ、なんでもないよ。気にしないで」
《これが歓雫キヨの言う『がーるふれんど』か。良かったな、歓雫大希》
大希は空を見上げた。
「ん? 何か聞こえたような…?」
心子も見上げていた。
「うん、そうだよね。かすかに何か聞こえた気がする」
茉は大希と心子の様子を、不思議そうに見た。
「どうしたの? 二人とも」
大希は答えた。
「いや、なんでもないよ。気のせいだ」
心子はわざとらしく声を張り上げて言った。
「さぁ~て、私は今からバイトだから、先に帰ろうかな」
茉は不思議そうに言った。
「あれ? 『今日はシフト入れてない』って--」
心子は茉のお尻を右手でつねった。
「痛いっ! 何するのよ!」
「じゃあね! 茉! 歓雫!」
心子はあっという間に去って行った。
大希と茉は、小さくなっていく心子の後姿を見ていた。
大希は言った。
「忙しい奴だね、楮乃って」
「そうでしょ? 退屈しないよ」
二人は心子から視線を離し、向かい合った。
「花梨、奨学生認定試験の事で話がしたいんだ」
「あ…、それ心子から少し聞いたよ。今のままじゃあダメだって、なぜ分かるの?」
大希は質問に答えず言った。
「協力させてくれ。君を甲に合格させたい。今のままだと、乙になるかもしれないんだ」
「…分かったよ。色々と聞きたいけど、何か意味があるんだよね? お願いするよ」
●
二人は図書室に移動し、横長の机に並んで座った。大希は茉の学力をじっくりと聞き出し、不得意な部分を助言した。自分なりに考えている、奨学生認定試験の傾向と対策も懇切丁寧に説明した。
あっという間に二時間が過ぎ、時刻は十六時になっていた。
大希は言った。
「疲れただろう? 食堂へ行って休憩しようか?」
「うん」
●
場所は食堂。二人用のテーブルに大希が先に座っていると、茉が近づいてきた。
手に持っている紙コップに入ったホットコーヒーを、大希の前に置いた。
「はい、授業料だよ」
「ありがとう。まさか図書室でアルバイトをするとは思わなかったな」
茉は自分のコーヒーをテーブルに置き、座ると言った。
「歓雫君って、冗談言うんだ」
大希は恥ずかしそうに言った。
「え…? まあ、うん」
「アハハ、ごめんごめん。あの、さっきの勉強なんだけどさ、歓雫君って本当に勉強できるんだね。ちょっとビックリしちゃったよ。さすが首席」
「別に君と俺の差なんて、あまり無いよ。点数にしたら十点くらいかもしれない。一学年に千人いる中で、君はベスト十の中に入っているんだから、凄いんだよ」
「うん、ありがとう。でも、主席の君と、六位になれるかどうかの私じゃあ、かなり差があると思う。私達って、かなり生活環境が似ていると思うんだけど、差がつくね」
「家が経済的に苦しくて、奨学生になりたい。その為に中学生くらいから勉強漬け。おかげで友達も少なくて…って感じかな。俺達は」
「キヨさんに聞いたけど、歓雫君が本気で勉強を始めたのって、中学三年からでしょう? 私は小学校四年位からだけど、勝てない。どうやったら、そんなに成長できるのかな」
「それは勉強ができるどうこうじゃないよ。俺は失敗できない大きな理由があるから」
「理由って?」
「俺には時間が無い。猶予はないんだ。大学を極力、経済的な負担の少ない形で、最短で卒業したい。そして就職する。自分の成長していく姿を婆ちゃんに見せたいんだ」
「そっか、キヨさんも楽しみにしているだろうしね」
「うん。元気に見えるけど九十歳なんだ。いつ何があってもおかしくないから」
「私にも時間に猶予は無いよ。早く大学を卒業して、就職して、お母さんを楽させてあげたい。年々、体の疲れが目に見えるようになってきたから、胸が痛いの。でも、キヨさんの場合は命そのものだものね。確かに私とは切迫感が違うかもしれない」
「うん、もちろん君のお母さんも大変だと思っているけど、ウチは寿命の問題だから」
「歓雫君って、キヨさんの事が大好きで、凄い信頼しているじゃない? 正直羨ましいよ。私も親は好きだけど、歓雫君とキヨさんほどの関係を築けている人は少ないと思う」
「うん。本当に大好きで、尊敬しているよ」
「この前『血のつながりは無い』って言ってたよね。歓雫君がキヨさんを大好きな理由、聞いたらダメかな? こうして友達になれたし、キヨさんと歓雫君の事を知りたいの」
「いいよ。君は俺の友達だし、婆ちゃんとは『親友』だもんな」
「フフッ、そうだよ」
「じゃあ、俺が生まれた家の事から話すよ。俺の祖父に当たる男は、大手の会社の社長だった。俺はほとんど面識がないんだけどね。仕事の才能は素晴らしかったけど、人間的には最低だったと聞いている。家庭内暴力、今で言う『DV』が酷かったらしいよ。女性関係も派手で、結婚・離婚を繰り返した。六番目の妻が、キヨ婆ちゃんってわけ。そして、二人の間に子供はできなかった」
「だから歓雫君とは、血のつながりのない義理の孫っていう関係なんだね。でも、なぜそんな酷い人と結婚を?」
「婆ちゃんの実家は、かなり貧乏らしくてね。ある時、祖父が婆ちゃんを見初めた。結婚すれば実家の面倒をみてやると言われたらしいんだ。本当に嫌で仕方なかったそうだけど、結婚せざるをえなかった。結婚と言っても、環境は最低だったらしいよ。夫の暴力はあるし、義理の子供達も辛く当たってきた。四面楚歌で、奴隷同然の生活を強いられていたんだ」
「酷い…」
「婆ちゃんは、実家の家族の為を思って耐えていた。俺の方は、六人兄弟の末っ子でさ。父親も祖父同様、何度も結婚・離婚を繰り返していたから、母親はバラバラ。そのせいかどうか分からないけど、全員仲が悪かった。特に俺は年の離れた末っ子だから、よく虐められた。まぁ、あれは虐めなんてレベルじゃないけどね」
「どういう事?」
「俺の体中、消えない傷跡がいっぱいあるよ。真夏でも半袖は着れないんだ、俺」
「そんな…」
「小さな頃はやられっぱなしだったけど、十歳を超えたあたりから体もしっかりしてきたからさ、やり返すようになった。暴力は受けまくっていたから、どうすれば反撃できるかを学習できていたからね。やられたら泣き寝入りせず、絶対にやり返した。相手は五人だけど、気持ちは負けなかったよ。殴り合いの無い日なんて、無かったと思う。でも、上の五人は親の受けが良くてさ、俺一人がいつも悪者にされていたよ」
茉は真剣に聞き入っていた。
「婆ちゃんが八十歳になった頃、体力も一段と落ちて、体も不自由になってきた。特に足の右膝の痛みが増してきて、杖がないと外を歩けなくなるぐらい悪化したんだ。すると、義理の息子達が婆ちゃんを追い出しにかかったんだ。婆ちゃんは、争う事もなくそれに応じた。応じる代わりに出した、たった一つの条件。それが『俺を引き取る事』だった。まあ向こうにしてみれば、厄介な孫の末っ子も一緒にいなくなるから一石二鳥だったろうね」
「キヨさんはなぜ、歓雫君を引き取ったの?」
「後から婆ちゃんから聞いたんだけど。六人兄弟で唯一、迫害されていたからね、俺は。婆ちゃんもあの家では酷い暮らしを強いられていたから、自分と重なったのかも。それに『大希を庇ってやれなかった事を、ずっと後悔していたから』とも言ってた。『お婆さんが暴力を庇えなくて当たり前なんだから、気に病まないで』と言ってあるけどね」
「それから、キヨさんと生活を始めたの?」
「うん、俺が十歳くらい、婆ちゃんが八十くらいかな? 仲は悪かったよ」
「えっ、そうなの?」
「正確には、俺が誰も受けつけなかったんだ。毎日毎日、誰かに因縁を吹っ掛けてはケンカをしていた。いや、ケンカというよりは、暴力を振るっていた。絶対に負けない為に、背後から狙うのが俺のやり方だった。『卑怯の歓雫』って、あだ名が付いたぐらい。でも、女や子供・何の咎もない人に手を出した事は無いよ。信じてもらえないかもしれないけど」
「ううん、信じるよ」
「その頃の俺は、婆ちゃんを苦しめていた。引き取ってくれた婆ちゃんに感謝すらしていなかった。幼少から虐待されて育ったから、性根がねじ曲がってしまっていて。全ての大人が敵に映ってね。俺にとって唯一の味方のはずなのに、辛く当たっていたよ。婆ちゃんは毎日のように学校や警察に呼び出されて、痛めている右膝を引きずるようにして歩いて行って、頭を下げて…。本当に申し訳なかったと思っている」
「そう…。あれ? それがどうやって、今みたいな関係になったの?」
「俺が中三の夏だった。交通事故に遭ったんだ。かなり重体…というより危篤だった。三日間、集中治療室で生死をさ迷ったんだ。婆ちゃんは病院に泊まり込んだらしいんだ。八十過ぎのお婆さんが、病院のベンチで寝泊まりしたんだよ? しかも三日間。本当にすごい人だと思った」
「本当だね、キヨさんはすごいよ」
「俺は三日後に目を覚ました。ふとベッドの横を見ると、キヨ婆ちゃんがパイプ椅子に座っていてさ。目を開けた俺を見て、ワンワン泣いているんだ。そして言った。『大希、良かったのぅ。目を覚まして良かったのぅ』ってね」
「うん。キヨさんのそういう姿、目に浮かぶよ」
「誰も来なかったんだ」
「えっ?」
「俺の家族にも連絡はいった。『大希が死にかけている』ってね。でも、誰も来なかった。来たのは婆ちゃんだけだったんだ。その時、俺は誓った。これからの人生は、この『歓雫キヨ』の為に生きよう。この人を喜ばせよう。この人は、俺の実の祖母なんだってね」
「そうだったんだ。じゃあ、勉強を頑張りだしたのも、それから?」
「うん。とにかくやったよ。俺は中学を卒業したら働くつもりだったけど、婆ちゃんが猛反対してね。大学を目指す事になったんだ。家計は苦しかったから、高校・大学は絶対に奨学金が欲しかったから頑張った。三時間以上寝た日ってあったかな? 当時は九九も漢字もおぼつかない感じだったから、中学を卒業してもすぐには高校へ行かないで、一年間は勉強した。それから高校へ入学して、今に至る…って感じかな」
茉は深くため息をついた。
「歓雫君が何故そこまで勉強ができるかと思っていたけど、キヨさんへの『絶対的な信頼と感謝』が原動力なんだね。なんだか、自分がダメに感じてくる…」
「どういう事?」
「ウチも経済的に苦しいんだ。お母さんが一人で頑張ってくれてさ。奨学金を多くもらって、お母さんの苦労を減らしたい。これは本当。でもそれだけじゃないんだよね」
「他になにかあるの?」
「私、見栄っ張りで、素直じゃないの。母親が極度に世間体や見栄を気にする人だから、影響されたのかな。『母親の為に、勉強を頑張る私』みたいな感じで、自己陶酔してるのかもしれない。友達ができないのも、自分から声を掛けられないんだ。『勉強で忙しい』を言い訳にしてる。そりゃあ孤独になるよね。バレンタインチョコも渡したいなら渡せばいいのに、『友達に言われたから、渋々渡すんだ』みたいな自分への言い訳がないと、それができない。素直さがまるでない女なの。あっ、バレンタインの話はどうでもいいか…」
茉が気まずそうに視線を逸らすと、大希も同様に気まずそうに視線を逸らした。
大希は視線を戻して言った。
「でも、それはマイナスばかりじゃないよ。良い面もあるんじゃないかな」
「良い面って?」
「君は孤独の辛さを知っているから、楮乃に声を掛けたんだろう? その辛さを知らなかったら、楮乃に声を掛けなかったかもしれないよ。『都会育ちを鼻にかける人とは、話さないでおこう』って、思ったかもしれない。君が情に厚い人になったのは、それが原点なのかもしれないね。楮乃は、とても喜んでいたよ」
「心子か…。私も大好きだよ」
「それと、婆ちゃんの事もね」
「キヨさん?」
「誰にも見向きもされない汚れたゴリラの銅像。それを磨いているお婆さん。誰も気にかけなかった。でも君は、そんなジョンとキヨ婆ちゃんを、放っておけなかったんだろ? 君は情に厚くて優しい子だよ」
真っすぐに褒められて、茉は照れた。
「アハハ…それ褒め過ぎだって。歓雫君、私は君に褒めれられるより、お礼が言いたいんだよ。でも言わせてくれないんだもん」
「ん? なんの話をしているの?」
「君、私の事を遠くから見守ってくれてたよね? ストーカーの甲斐をやっつけたり、成績を心配したり、風邪で休んだらゼラニウムに水をやったり。なぜ認めてくれないの?」
「『お礼を言わない』と約束してくれたら、認めるけど」
「なっ、なにその条件? それじゃ意味無いんだけど。まあいいわ、約束する。…で?」
「認めるよ。俺は君に気付かれないよう、遠くから世話を焼いていた」
「やっぱり! でも理由が分からないの。私に惚れているっていうなら、話は別だけど」
大希はあっさりと言った。
「うん、そうじゃない」
「あっ、そっ、そうだよね。じゃあ前にも言ってたけど、キヨさんの話相手になっているから?」
「そうだ」
「本当に? それだけで甲斐をやっつけるなんてリスクの高い事するかな?」
「…」
「言いたくないんだね。分かったよ。色々と良くしてくれてありがとう、歓雫君」
「いや、お礼を言わないって約束だったじゃないか」
「ごめんごめん! でもね、女を相手にお喋り関係で約束しても、無駄になる事が多いよ。覚えておいてね」
「うん、知ってるよ。楮乃を見ていると、そう思うから」
「アハハッ! そりゃそうだね」
「花梨。前にも言ったけど、俺は甲斐を痛めつけてはいない。『これ以上、花梨に近づくな』と言った。『もし続けるようなら暴力をふるう』と警告もした。だが、実際に殴ってはいないんだ。君が切りつけられた後日、俺はあいつを許せないと思って、実行しようとしていた。その矢先に、甲斐は大けがを負わされて入院したんだ。本当だよ」
「そうなんだ…。うん、信じるよ。じゃあ、他に誰かいるんだね」
「うん。それが善意の第三者ならいいけど、君に害する可能性が無い訳じゃない。気を付けてくれよ。俺も警戒しておくからさ」
「うん、気を付けるよ。ありがとう、歓雫君。でも不思議なんだ。歓雫君がいくつも暴力沙汰を起こしたって聞いているけど、『感情任せにキレた』って感じはしないの。どんな時にケンカになるの?」
「う~ん、やっぱり『見下された時』が、一番ムッとくるね。いわゆる『●●のクセに』というやつだね。それで悪いスイッチがはいるのかもしれない」
「具体的にはどういう感じ?」
「『兄』と言われている連中に、よく言われたからさ。『一番年下のクセに』・『血がつながっていないクセに』とかね。それが心の何処かに、染みついてしまっているのかな」
「それ、分かるんだよね。女はよくそう思われているし、実際に言われるからね。『女のクセに』ってさ。だから例のコンビニの一件、スーツ男をやっつけてくれてスッとしたよ。でも---」
「うん、いけないよね。以前、食堂で君が言っていたよね。自分もだけど、周囲の人の為にも良くない。もう、そうならないように努めるよ。心配してくれて、ありがとう」
「うん、それでいいと思うな」
「花梨、俺も君に聞いてみたい事が一つあるんだ。いいかな?」
「ん? もちろんだよ、どうぞ」
「君はさ、かなり最初の方から俺に興味を持ってくれていたよね? 俺には理由が分からないんだ。キヨ婆ちゃんの孫だから? それとも甲斐やゼラニウムの件があったから?」
「それも興味を持った理由だけど、最初ではないよ」
「違うんだ。じゃあ、最初ってなに?」
「大晦日のコンビニの事件があったじゃない? 私が殴られた後、歓雫君はクレーマーをやっつけてくれた」
「でも、それは結果であって---」
「うん、分かってるよ。私を助けようとしたんじゃない。結果として私が助かっただけ。でも違うの。私が君に興味を持ったのは、助けられたからだけじゃないの」
「じゃあ、なに?」
「君が最後に軍手を買おうとしていた時、レジの店員さんと話していたでしょう? その会話を聞いちゃったんだよね」
「え~っと、『クレーマーをやっつけてくれてありがとう』って話だっけ?」
「その後の会話。店員さんが、『あなた、すごい勇気あるね』って言ったら、歓雫君は言ったよ。『勇気があるのは俺じゃない、あの女の子だ。怖そうな男に「ちゃんとレジに並べ」と言えるんだから。すごいよ』ってね。覚えてる?」
「うん…言った」
「その時に思ったの。『この人は、物事の本質を分かっている人なんだ』って。その尊敬が強く心に残ったんだ。その人が歓雫君だって分かったのは、ずっと後だけどね」
「尊敬だなんて…、恥ずかしいな」
「フフッ。それにさ、歓雫君は後日に、私に面と向かって『可愛い』って言っているんだよ。分かってる? そりゃあ興味も持つでしょ?」
「えっ、言ったっけ?」
「アハハ。影丸を受け取った裏庭で言われたし、口論した食堂でも言ったじゃない。自覚が無くて、自然に言ったのなら嬉しいかな」
二人とも照れたのか、少しだけ沈黙した。
その後、大希は照れ隠しの様に言った。
「さて、もう遅いけどどうする? 勉強を再開する? それとも帰ろうか?」
「い~や、まだ続けたいな、先生」




