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「その救済、同意してますか?」 ——契約社会の幸福証明——  作者: 久遠 蓮見


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記録No.19『謀の時間』

 暗い夜の闇の中、街灯の光と相反するように青く光る端末を見たまま、ユウトはしばらくの間立ち止まっていた。


 『俺だ、タツヤだ。今日時間がある時に連絡をくれ、頼みたいことがある』


 今すぐ向かう、と打とうとして、指を止めたからだ。


 理由は二つある。まず、要件を明確に記載せず、来てくれという行動だけを求める文面。頼み事をするというのに文面上で表さないということは、十中八九機構に関することだろう。こちらとしても、中身について文面上で掘り下げようとは思わない。


 もう一つはレナの事だ。レナが白か黒かははっきり言ってわからない。レナが白であるならば、今日レナとやり取りをしたにも関わらずフリーゾーンにまで足を運ぶのは忍びない。レナが黒なら当然、また見られる可能性がある。恐らくレナはカイの事は把握しているとは思う。一方でタツヤの事は別だろう。それにレナでない場合でも、このままユウトが自宅に戻るのかどうかを観ている者がいたとすれば。


 ――今日は、避けた方がいい。


『分かりました。ただ明日でもいいですか? 明朝向かいます』


 文面は短く端的に。こちらも理由を書かない。向こうが理由を書がないという事は、文面上で記録になる事は極力避けたいということと見て問題ないだろう。


 送信後、返信は数分で来た。


『わかった、いつでも来い』


 それだけで、タツヤから理由を聞かれることはなかった。つまりタツヤも察したのだろう。端末を閉じ一息つく。

 明日は休日。下手を踏まない限りは大丈夫だろう。


 ――――――――――――――――――――


『本日は休業日です。良い一日をお過ごしください』


 良い一日。本当にそうなるだろうか。端末のそれを眺め、ユウトは小さな溜息をつきながら身支度を整えることにした。


 陽の光の下で見るフリーゾーンは、また別の顔をしていた。雑然とした店先に、子供が数人走り回っている。休日ということでユウトも私服だ。フリーゾーンに住んでいる人たちとは服装の『系統』が違うのは身に感じつつも、スーツ姿で訪問する時と比べれば幾分か気が楽だ。


 扉を二回叩けば、返事より先に鍵が開いた。


「来たか」

「はい。すみません、昨日は。機構の話かと思い、休日である今日訪問させていただきました」

「いや、構わねぇよ。むしろお前さんの考えの方が合ってるわ。こっちの配慮が足らんかった。とりあえず入れ」


 促されて中に入る。インスタントコーヒーと機械油の匂いが混ざった空気。まだ嗅ぎ慣れないその匂いに小さく顔を顰める。


 タツヤとユウトは向かい合わせに腰を下ろした。


「今日は機構の仕事は?」

「お休みです。明日も休みなホワイトですよ」

「そんなホワイトをこんなおっさんと調べようとしてるんだからままならない世の中だよな。ちなみに、酒は」

「遠慮しときます」


 だろうなと、つまらない半分、苦笑半分でタツヤは自分の酒を注ぎ、ユウトの分のコーヒーを用意した。


「カイさんは?」

「この後来る。今は自分の仕事中だ、まぁ十分ほどで来るだろうから、その時まとめて話す」

「あぁ、タツヤさんは仕事は」

「カイのところから来た依頼をこなしたり三割ギャンブルが占めていたり。こんな大人にはなるなよ」


 差し出されたコーヒーを受け取り、一口飲む。元々機構にも出向いていた人だというのに、タツヤ本人から出る話はどれもだらしないとしか言いようがない。なるほどと愛想笑いをし、せっかくだからと世間話の体でタツヤ本人のことを伺う。


「仕事……仕事場はここなんですか?お家じゃないといった意味で」

「あ? 俺に興味でも沸いたか。まぁそうだな。ここは仕事場っつーか昔の名残で使ったのがそのまんまになってるだけだな」


 タツヤは酒を一口飲んでから、肩をすくめた。


「名残ってだけで、別にロマンチックな話でもねぇぞ。機構出てすぐの頃、寝床代わりに使ってたのがそのままだ」

「そうなんですね……じゃあここは普段何をするために?」

「カイの店の方が立地はいいんだが、あっちは表向きの商売がある。こっちはまぁ、人に見られたくない作業をする時用だ」


 軽い言い方だったが、その「人に見られたくない作業」という言葉の中に、これからユウトが頼まれることも含まれているのだろうと察した。以前取り出された配線等の手際の良さを鑑みても、グレーなことをしているのは明らかで、それでも咎めるだとか、告発するだとかという気が起きないのは、ここ数ヶ月前のユウトでは考えられないことだった。


「タツヤさんは機構を出てから、ずっとこの辺りに?」

「あちこち行ったな。最初の半年は碌に金もなくて、フリーゾーンの外れで雑用やってた。まぁ、カイと会ったのもすぐじゃなかったからな。今の生活に落ち着いたのはここ二年くらいさ」


 タツヤはグラスを揺らし、その波紋を見つめている。氷のない酒が、表面で作り出す小さな波。ノスタルジックな気分になっているのか、表情が少し和らいでいる。


「そういうお前さんは、休日は何してるんだ。こっちも何も知らないんだからな」

「特に何もしてないですね。家で過ごすか、買い物に行くか。仕事に関わる書籍とかを読むのが好きですかね」

「真面目ちゃんすぎてサブイボが立ちそうだ」


 大根役者さながらのオーバージェスチャーでタツヤは天を仰ぐ。そうは言ってもユウトにとってはそれが普通だったのだから、反応に困ってしまうと狼狽える。


「女にも酒にも溺れたことがないってのか? そういう失敗談とかを経て大人になってくんじゃないのかよ」

「そうは言われましても……俺酒に弱くて。女性というのも特に。求めることもなければ求められたこともなく」

「うえ、信じられねぇ」


 そのまま吐くパフォーマンスまで見せられているが、酒に溺れていたり女性に溺れている人間の方がよほどだらしないのではないかとツッコミを入れたい。


 そうして他愛もない雑談に花を咲かせている所で、引き戸が開く音がした。


「おう、来たぞ。今どこまで……なんだ? 始まってないのか」


 手に何かの袋を提げるカイだった。こちらの空気を察してか、呆れ混じりの声だ。


「世間話だな。ユウトに女を教えてるところだ」

「違います」

「相変わらずお前は無駄話が長いな。これ、あの婆さんからの差し入れだ。タツヤにも分けとけって」


 ユウトの訂正にも反応せず、カイはそう言いながら椅子を引いてタツヤの隣に座った。袋の中から出てきたのは、何かの食材らしきものだった。


「あー、あのおばちゃんか。律儀だな」

「で、本題はまだなんだろ。さっさと話せ」

「ああ、そうだな」


 タツヤはすぐに話さなかった。カイのグラスには水を、ユウトには追加のコーヒーを、そして自身には酒を注いで、一口飲んでから口を開いた。


「過去の情報を改めて調べる必要がある。昔の資料——そうだな、資料室はあるか?」

「資料室……今は電子上でのやり取りばかりなのですが、一昔前は紙面上でやり取りしていたそうで。そういったものは旧資料室内にあります」


 旧資料室は一般の契約設計士が日常的に使う場所ではない。書式の古い版を確認する時に、数年に一度足を向ける程度の区画だ。昔の書類を保持する場合だったり、フォーマットの確認時に使う程度なのだが。


「恐らくそれだな。俺がいた頃、まだ機構が今より小さかった時のことなんだが。記録の管理も今より粗く、紙の資料をどこにまとめて置くかってなったら資料室が適していた。ただそうか、今は新しく資料室ができたっぽいんだな」


 無精髭を指の側面で撫でながら、タツヤはひとり呟く。機構にいたとは聞いていたが、思いのほか重要なポジションにいたということだろうか。資料を読むことで何かわかるという自信があるからこそこの文言だ。とすれば、ある程度重要な情報が隠されているのだろうか。


「お前、それいつから考えてた」


 横でグラスを置き、尋ねるカイの方をタツヤが向く。カイにとっても想定外だったようで、珍しく狼狽えた表情だ。


「ついさっき決めた」

「初耳だな、おい。頼みたいことはあくまで最近の機構の事だったんじゃないのか」

「そう思ってたんだが、ユウトの記録やらいろんな記録やらにアクセスが頻発している。今の機構の情報を調べたとて、仮初のハリボテ情報しか得られない可能性が高いだろ?」


 カイは何か言いたげな顔をしたが、それ以上は続けなかった。否定する要素もなければ凡そタツヤの言い分が正しいと認めたのだろう。


「つーわけだ。お前さんにゃ、その旧資料室に入ってきてもらいたい」

「業務上の理由があれば可能だとは思いますが、具体的に何を探すんですか?」


 タツヤがグラスを置いた。


「機構が本格稼働する前の資料がある。初期の設計に関わる文書だ。電子には残っていない。紙で保管されているはずだ」

「あるかどうか、わからないんですか」

「それは行ってみないとわからない。俺の記憶ももう正確じゃないもんでな。ただまとまった形でどこかの棚にはあるはずだ。電子化するのは控えてたとて、機構の根幹となる資料だ。お前さん、旧資料室の中はどんな感じなんだ?」


 ユウトは腕を組み一度考え込む。旧資料室におとずれたのは2年も前のこと。それも先輩社員も共に訪れたものだから、曖昧な記憶となっている。ただ――


「旧資料室は想像以上に広くて……確か奥の方は、ほとんど利用がないはず……なのに残されてるんですよね」

「多分そこだな。設計部門が使ってる区画とかあるんじゃねぇか? つっても、かなり底の方に残されてるやつで、探すのには一苦労しそうだが」


 こめかみ付近を指で数度小突き、記憶を手繰り寄せるユウトにタツヤが指を鳴らす。


「なぜ、そんな場所に放置されているんでしょうか。機構の根幹に関わる資料というなら、もっと厳重に管理されていてもおかしくないと思うんですが」


 呟けば、カイとタツヤが目を見合せて軽く笑う。


「逆だな。アンタは厳重な管理っつーと金庫みたいなんを浮かべてるのかもしれねぇけど、そもそも厳重に管理するってのは、それだけ人の目に触れる可能性を作るってことだろ?」

「そうだな。で、カイの言うことに加えてだ。専用の保管庫を作れば、そこに誰が出入りしたかの記録が残る。アクセス権限を設定すれば、その権限を誰に与えたかの記録が残る」


 そこまで告げられて、ユウトは納得の返しとして答えを導き出す。


「……記録が、残ってしまう」

「そうだ。一番安全な隠し方は、隠さないことだ。誰も見に行かない場所に、誰も気づかない形で置いておく。旧資料室の、誰も使わない区画の奥の方。鍵をかけて厳重に管理するより、よっぽど見つかりにくいし、きっとそうやって隠すだろうな」


 理屈としてはわかる。気にも留めない場所に置かれたものは、誰の意識にも上らない。意識に上らなければ、確認されることもない。


「電子化しなかったのも同じ理由でしょうか」

「恐らくな。電子データはアクセスログが残る。誰がいつ何を見たかってのが紙なら反映されない。誰も見た記録が残らないし、流出する心配もないんだ。まぁもし電子化されて、紙がない。それに加えお前さんが電子データを参照できないのであれば、それはそれでやりようはあるしな」


 コーヒーで舌を濡らし、ユウトは再度腕を組むことにした。確かに旧資料室は紙媒体が大量に置かれている。手前は整理されているが、奥は区分程度で煩雑になっていた。それすらもミスリードを誘うためだとしたら辻褄はあう。


「木の葉を隠すなら森の中というやつだな」

「機構が一番隠したいものほど、一番原始的な方法で隠されてる。皮肉な話だ」

「機構について調べる方針っつーのは分かったが、いつ行くんだ。旧資料室が残されてるってことは清掃だとか、人と会う機会は消えないだろ。そこんとこどうなんだ?」


 当然と言えば当然の疑問を挟むカイを見て、ユウトは割って回答をする。


「――今から行きます。資料を持ち出すというよりは、確認だけ」

「今日……は、まぁ休みだからか。つっても、周りの目は大丈夫なのか?」

「恐らくは。休日の方が人も少ないですし、むしろ今後更に問題が起きて完全に監視体制に置かれるようなものなら、そっちの方が危険です」


 短い沈黙。それを割ったのは他ならぬタツヤだった。


「――分かった。確認だけだぞ、取ってくるとは言うな。元々頼む内容も、あくまでそれが出来れば上々ってモンだったんだからな」

「わかってます」

「わかってる人間がすぐ動くっつーのか」


 ユウトは立ち上がった。外套を手に取りながら扉に向かう。


「ユウト、気をつけろよ。今日は休日だからって、お前さんが顔を合わせてる人間に出くわす頻度は極端に減るだろうよ。ただな、誰がどこにいるかわからない」

「はい、無理はしません」


 引き戸に手をかけたところで、今度はカイが小さく口を開いた。


「……あー、いや」


 しかし、ユウトが振り返ると、カイは何でもないという顔で視線を逸らした。


「いや、何でもない。気をつけて行け」


 何かを言いかけて、止めたのだとは容易に想像がついた。それが、ユウトに頼み事をしたかったのだと言うのも。

 そもそも彼がユウトに近づいた理由の中に、何か別の目的があることは薄々感じとっていた。それでも、目的であるそれを告げないカイの考えを、ユウトが無理に引き出すものでは無い。彼の自由は、彼だけの権利だ。


 代わりに、


「何か、お二人にとっても成果に繋がるものを見つけてきます」


 そう言って、ユウトは歩を進めた。

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