伊豆守がやってきた。やぁやぁやぁ! 第四話
常磐林蔵様が連載されている「宗盛記」の二次創SSです。
楽しむには「宗盛記」の知識が必須となります。
「読んでおいてほしい本編の話数」は下記となります。チェックいただければ幸いです。
宗盛記0069 永暦元年二月 伊豆へ から
宗盛記0076 永暦元年七月 帰省 まで
この連載は、プロットを作成の後、AIで文書化したものを推敲して仕上げています。
永暦元年六月 宴
昼前から、匂いが濃かった。
魚の脂。
煮炊きの湯気。
酒の甘さ。
檜皮葺の屋根の陰。
正殿がよく見える梁の上で、俺は腹ばいになっている。
……腹、減った。
さっきから、ずっと減っている。
干し飯を齧る。
硬い。
音が出ないように、奥歯でゆっくり噛む。
竹筒の水を一口。
喉を通る音だけが、やけに大きく感じた。
正殿の中では、もう人が集まっている。
伊豆守様は、上座。
動かない。
立たない。
歩かない。
杯は手に取るが、減りは遅い。
色も、薄い。
「……あれ、ずっと耐える役だな」
客の酒は違う。
二巡目。
三巡目。
色が濃くなる。
匂いも変わる。
「うまい!」
「これは、いい酒だ!」
そう言って、呑む。
食う。
笑う。
骨が積もり、
皿が空き、
声が大きくなる。
誰かが立ち上がり、
誰かが転び、
誰かがそのまま動かなくなる。
「……死屍累々だ」
その中で、
伊豆守様だけが、崩れない。
姿勢も、顔色も、大きくは変えない。
ただ、少しだけ――
目の奥が疲れている。
酔ってはいない。
我慢している。
夜が深くなる。
倒れる人間が増える。
正殿の床に、人が並ぶ。
最後まで座っていたのは、伊豆守様だった。
誰かに支えられることもなく、
自分の足で立ち、
そのまま奥へ下がっていった。
その先は、俺の位置からは見えない。
「……大変な役だ」
そう思った。
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翌朝
朝の空気は、静かだった。
俺は屋根の影で、残りの干し飯を齧っている。
腹は、まだ足りない。
正殿では、帰り支度が始まっている。
一人ずつ呼ばれ、
土産が渡される。
陶器と、漆器。
一組。
「これは……」
「都でも、なかなか見ぬ出来だ」
みんな、顔が明るい。
大事そうに包み、馬に括りつける。
伊豆守様は、上座。
少し眠そうだが、静かに座っている。
自分がどう見られているか、
あまり気にしていない顔だ。
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客の帰り道を待ち伏せる。
街道を離れたところで隠れていると、声が聞こえた。
「噂ほど、派手じゃないな」
「だが……軽くもない」
笑い声が混じる。
「平治の乱で見た時も、あんな感じだった」
「……斎藤殿?」
「ああ。一本御書所でな。あれは肝が据わってた」
別の声。
「義平を討ったって話、坂東じゃもう皆知ってる」
「為朝も、結局あそこへ引きずり出された」
少し間があって、
「宴で誇らないのが、逆に厄介だな」
「武名を出せば、もっと楽だろうに」
笑う声。
「でも、ああいうのが一番残る」
「見に来た甲斐はあったな」
別れ際、
「……次は、あっちだな」
「お互い、生きていればな」
そんな声が、風に流れていく。
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正殿に戻ると、
伊豆守様は、まだ上座にいた。
場はもう、片付いている。
人の縁も、きれいに結ばれている。
伊豆守様は、それを見ていない。
見ているのは、もっと先だ。
俺は屋根の影から、それを眺めていた。
「……やっぱり、変な人だな」
腹は減っているし、
干し飯は硬い。
それでも――
みんなが、
あの人を“見に来た”理由だけは、
少し分かった気がした。
梟は、今日も飛ばない。
ただ、見ている。
伊豆守様、という呼び方に、
いつの間に変わっていた。
この時は、まだ気が付かなかった。




