【いい加減にしろ変態兄妹】
「私のせいでこのような姿になったのです。もとに戻るまで……戻らなくとも生涯お世wげふんげふん、面倒くらい見られますわ!」
私をギュッと抱きしめて取られまいと姫様は言う。
言い直しても対して変わらない事実に彼女は気づいているのだろうか。
【あの……】
「王太子の専属と姫の専属では違う。元が【色付き】であることを考えるならば、やはりここは私だろう」
そう言いながら、姫様から私を奪う王太子殿下。
ぐいんっと勢いがよかったので頭が揺れる。
「まぁー!? そう言いながら、いつだってお兄様はアリスを私から奪って!!」
姫様が人形を取られた子供のように王太子殿下から私を奪い返した。
「人聞きの悪い」
また王太子殿下の腕の中へ。
【その……】
「昔からそうですわ。この姿になったのだから【色付き】じゃなくてずっとそばにいられるではありませんかっ。見てくださいこの毛並み!! 質感!!」
姫様の腕の中に引き込まれて撫で回される。
「ふむ、たしかに極上の質感はそのままのようだが」
【は?】
いやいや、待って待って。
なんで王太子殿下がそんなこと知ってるんです?
毛並みって元々は多分髪の毛の質感のことだとは思う。
折角【色付き】になったのだからせめて毎日入浴して清潔を保つようにと王太子殿下と姫様、あとはお師匠様にがみがみと言われて、毎日お師匠様の部屋で侍女に洗われていた。
私付きの侍女はいらないと断っているため苦肉の策だそうで。
だからかズボラな私だが髪だけはそこら辺の御令嬢のように手入れされていたのだ。
朝にも髪の毛を梳かしにきてくれたし。
「猫に! アリス!! 最高の組み合わせではありませんか」
「だからといってお前が抱え込むのは良くない」
「もう私なんてアリスの足の裏を嗅いだ仲なんですー」
「王女として気品をお前はもう少し持つように。ところで、どうだった?」
【いい加減にしろ変態兄妹】
おっと素が。
今はお師匠様もいるし、他の目もあるのでお淑やかに……お淑やかに。……うん、お淑やかにいこう。
決して本性を出して王太子殿下と姫様を名前呼びだなんて。
そんな不敬はいたしません。
タシタシと腕を叩いてベッドに降ろして頂くとぺこりと頭を下げた。
【私の意見もお聞きください】
本人の意見をそっちのけで進めるのはやめてほしい。
胸を張ればなんだなんだと兄妹は私を見下ろす。
いい加減この兄妹も幼馴染離れをするべきだ。
いくら幼馴染だとしても相手は王族、こちらは孤児出身。
そこには越えられない壁が存在し、必要な距離はあるはず。
【この姿ではこの後もなにかと不都合があるかと存じますので、暇を頂こうかと】
「「それはだめ(だ)」」
必要な……距離が……あるのにぃ。
ずいっと前に出て止める兄妹が私を脅迫してくる。
「まず、ここを出てどうする。衣食住は。たとえ【色付き】の年給をもらったとして、何かあった時その姿ではまともに人と話せまい」
まあ普通に考えて化け猫扱いですね。
「そうよ。お金もどうするの? 受け取るのは役所としてもその姿では狙われること請け合い。人を頼るとしてもその人が安全とは限らないわ。最も、私の幼馴染にそんな不埒な輩を近寄らせるつもりもないからどこか行くというのなら徹底的に住む場所の調査、領主と世話係の身辺を素行から性癖、弱みまで握るけど」
【愛が重い】
昔からそうだったけど姫様の愛は重い。
姫様と王太子殿下って、とても美形なの。
ご両親のいいところをごっそり持っていったような感じなの。
加えて自分どころか私みたいに周りまで綺麗にしようとする綺麗好き。
だからか知らないけど、人形のような怖さがあるのよね。
私が王宮に来た頃なんて、同世代を集めたお茶会で無言の圧力みたいなものがあったみたいだし。私はその頃まだ立場が不安定だったから参加してないし、伝え聞いた話だ。
今ではここまで表情の柔らかい2人だが、初めての頃はそれはもう表情の動かない子供たちだった。
きっと内に入れた人には甘いんでしょう。
「私ならそんな苦労はさせないわ。毎日かわいいリボンをつけてあげるし、ふかふかのベッドで寝かせてあげる。それにご飯だって猫用の特別仕様だし、運動だって……!」
【姫様の私に対する扱いが飼い猫のそれな件】
但し常日頃から姫様の愛が重い。
幼馴染だもの。
むしろこれだけ言葉ではっきり言われて姫様の内に入れてなかったらそれはそれでこわい。
正直ドン引きレベルである。
「私が上げる条件は基本私が執務を行っているときに執務室にいること」
勝手に話しだしたのは王太子殿下だ。
え、なに。この条件を提示されてどっちかを選ぶような流れ。
「その間執務室にいるなら魔法研究してようが構わない。ただしっかり3食は食べること。あと昼食の後は昼寝もいいだろう。執務室には専用の席を用意してもいい」
【人のときよりも待遇が良すぎる】
元々3食きっちり食べないとお師匠様に呼び出されたり、この2人に呼び出されたり。
時には護衛と称して両陛下に呼ばれてお菓子を頂くこともあるくらい可愛がられてはいたが。
流石にお昼寝までは無理だし、そもそも【色付き】としての仕事が忙しくてまともに自分の研究にさける時間がなかった。それが改善される。
それはとても魅力的だ。
でも、それなら隠居しても同じことが出来ると思う。
【あの、ちなみにこの年ではありますが隠居という選択肢は……】
ぽそりと2人にお伺いをたててみる。
「アリス、私達が」
「お前を私達の側から離すとでも?」
【ひぇ……】
先程まで兄妹喧嘩をしていたとは思えないほどに息のあった圧力をかけてきた。
幼馴染に対する家族愛が深すぎるとは思いませんか。
「諦めなさい。馬鹿弟子」
近くでその様子を見ていたお師匠様はやれやれと首を振ったのだった。