次の日の朝
朝の時間、でも、ここは建物の中で朝とか夜とかの雰囲気を感じない。
帰り道に通りがかった人に聞くと一日24時の6時間ごとに四分割、夜朝昼夕だそうだ。
こうして朝の時間である6時、約束通りローズの家に着くと違和感があった。
何もない、臭いも、ゴミも。
入る前からすでに前と違っていた。
昨日いろんな臭いが混じって不思議な香りが漂っていたし、窓からゴミが漏れて見えていた。それが無くなっている。
入り口は鍵はかかっておらず、扉を開けると前に匂った柑橘系の香りがうっすら漂う。
「結構広かったんだな」
以前はソファーまでの道しか見えず。歩くだけならコハクの部屋より狭く感じるほど、今はゴミがきれいさっぱりなくなり、3倍くらい広くきれいに整った部屋が広がっていた。
よく見まわすとそのソファーで毛布をかぶって横になっているローズが居た。近づいくが一向に起きる気配はなく、そばにあるテーブルにはメモ書きとお菓子が置かれていた。
紙には矢印が書かれていて『寝てたらこれを突っ込もう』と明らかに一つだけなぜか赤色のクリームが入ったお菓子。
それを持ち、彼女へ近づく。ちょうど仰向け、しかし口が開いていなかったため、顎に触れ、少し開け突っ込んだ。
入ったそれを彼女は租借、そして一気に吐き出した。
「ああー!!」
叫びながらこっちを見つけると指さし「あー!」お前のせいかと言わんばかりに威嚇。奥へと走り出し、水音、そして吐き出して息絶え絶えの呼吸が向こうからはっきり聞こえた。
その直後ガタガタと床を叩くような音、やばそうだと向かうと床で横になっていた。目は明いているが小さな声で「ネルマジ許さん」と囁き続けていた。
「大丈夫か?」
口周りは服も含めてびしょびしょ、気だるげな瞳がゆっくりとこちらを向き、こちらを確認すると「へっ」と諦めたような笑いを漏らしていた。
「着替えたほうが、いいんじゃないか」
「うん、そうだよね」
よろよろと立ち上がる。少し歩いたところで立ち止まった。
「着替えるから、下で待っててよ」
昨日の地下への階段を指さして、着替えるために部屋へと戻っていく。
彼女に言われた通り下で待つ。
それからが長かった。
特にやることもなく横になっていると眠気が眠っていた。
口に何かが当たる感触、同時にあの匂いが鼻をくすぐった。
「ちぇっ、失敗か。えい!」
そういいながら無理やりお菓子を突っ込んでいく。
やばい、仕返しか?
「ん!? ん?」
「大丈夫、普通の方だから」
いたずらに笑みを浮かべながら彼女はそばで座っている。いつものあの衣装でしっかり決めている。
「ごめん、何時間くらい経った」
「1時間とちょっと、朝っていったけど早すぎだよ」
「うっ、そういうもんか」
「そうだよ、とりあえず練習しとこうか。この前みたいな速度ではやらないからね、本番でも」
「え、そうなのか」
「そうそう、そこまでやる気出さなくていいよ、宣伝なんだから」
「うーん、そっか」
勢いがトーンダウンした感じ。そういわれると正しく感じるけど、なんだろうこのもったいない思える気持ちは。
「じゃあ、いくよ」
一つ一つの動作をか確認していくような動きをしていく、確かにゆっくり。前回は早かったから動きに必死で余裕なんてなかったが、今は彼女の動作を間近で確認しながら動ける。
挙動一つに無駄でありながらも魅せるという面では効果的な動作。息を思わず飲んでしまう迫力がそこにはあった。
「さすがね、問題なし。無理に練習することもなかったわね」
お互い軽くストレッチしたような感覚で何も手ごたえもない。
「ローズ、少し聞いていいか」
「何? 急に。本番の速度でやりたいってならダメだからね」
「『ローズキャメロット』ってさ、4つパターンがあったよな」
「何言ってるの『ローズキャメロット』にパターンとか――」
彼女の言葉は止まった。目つきが変わった、演技モードの彼女に。
太ももあたりにある小さなバッグから銃弾を取り出して弾を込め始めた。
「時間、まだあるわね。せっかくだからもう少し遊びましょう。さすがに空砲だけど付き合ってくれるかしら」
「分かりました」
いつものポーズで直進、始まりの銃弾に合わせてのナイフの横一閃を受け止める、ここまでは一緒。次は自分が動く番、大剣を彼女のナイフごと振り上げ吹き飛ばす。ナイフは彼女の後ろへ落ちる。
「ふふっ、そっか」
何かを理解した声。
彼女は後ろへ倒れるように一回転し、ナイフの所へ。倒れたような体勢でこちらをにらみ、銃撃を一発。
それに合わせて振り上げた大剣のふりおろしで切り裂く。彼女は起き上がりながら牽制するため撃ち続ける銃弾は大剣を振り回しながら叩き落としていきながらが前進していく。
立ち上がった彼女だが、すでに自分は彼女の攻撃できる範囲、横に薙ぐ、その勢いをすでに拾っていたナイフと銃で受け止めた。がちがちと音が鳴り、均衡した力で押し合う、そして大剣を押しのけるが彼女を蹴飛ばす。その拍子に彼女のナイフが自分に向けて投げ飛ばす。銃声が3発。自分は大剣でそれを防ぐように平を向け、ナイフは金属音を響かせて地面に落ちた。
「あはは、マジかー。これを実銃でやったんだー! バカだー!」
横になって足をじたばたさせながら腹を抱えて笑ってる。
「最後のでさすがに大剣は砕けないけどね」
「銃弾三連重ねは?」
「60回くらいやって一回。あっさり床に落ちて不満げだったよ」
「そりゃそうだ! あーすっごい会いたくなった。アルクちゃんにアッシュくん。彼も当然やったんだよね君が思っている4パターン目かな」
「もちろん、10日くらいやった記憶ある」
「そうだよね、そうなるって!」
上体を起こして彼女はこちらを見た。前のように顔が紅潮している。でも、彼女の瞳は真剣さを感じた。力強い視線、目を奪われてしまう。
「クロウくん、私も友達だよね」
「はい」
笑みを浮かべた。少し胸に痛みが走る。何が起きたのか、整理する前に彼女の言葉は続く。
「じゃあ他の友達と同じようにやろうか、『ローズキャメロット』を実弾で!」
「本当! 大丈夫なのか?」
「もちろん! ちょっと準備がいるけどね」
「分かった、俺も頑張るよ! 観客が楽しめるように」
「本当に……もう――」
何かを言いかけて急に考え込むようにうつむき言葉が詰まる。
静かな数秒、彼女は顔を上げた。満面の笑みでこちらへ向く。
「ありがとう、大好きだよ……友達としてね」
最後の言葉に鋭さを覚えた。刃を突き付けられたような近づいてはいけない境界線。ネルの言っていた距離感が可視化されたように言葉が警告する。
俺も答えないといけない。
「俺も好きだよ」
言葉が続けれなかった。彼女のようにはっきりと言葉として、怯えてしまった。
「もぉ、バカ」
彼女の身体から赤い色が漏れるように赤い光が。それに引き寄せられるようにネルが彼女の傍に現れた。
「あー、手遅れですね」
諦めた声、同時に赤い光が爆発するようにはじけ飛ぶ。身体が力なく倒れてる彼女をネルは受け止めた」
「こんなになるまで頑張っちゃって、全くこの子は」
ネルの視線がこっちに移る。
「手伝ってください、部屋まで連れていきますよ」
力が抜けたローズを自分は肩を持ち、ネルは足をもって運ぶ。何とかソファーまでつれてきているがうつろな目で天井を眺めてゆらゆらしている。
「ふう、助かりました」
「俺のせいですよね」
「あぁ、責任とかはやめたほうがいいと思いますよ」
「でも」
「でもじゃない、結果はこれです。この子も君も初めてだったのだからしょうがない」
「初めて?」
「君ら二人とも愛し、愛されること。だからすれ違った。君はそのまま続けるのかしら?」
「ごめんなさい、分からないだと思う」
「そうでしょう、意地を張ったら殴るところでした。原因は一つです、アルクという女の子は、君にとってただの友達?」
「友達……です、今は」
「時間はまだあります。じっくり考えてください。さあ、切り替えましょう!
手を合わせてパンという音をきっかけに力ないローズへ視線を向ける。
「ともかく今は開演まで二時間、この子をどうにかしないといけませんね。はーいごはんですよー」
ローズの口元に野菜スティックが放り込まれるが噛む気がなく、含んだまま動かない。
「うーんこまりましたね」
ぐいぐい押し込むが口は開かない。自分が口を開けようと口を開けて見ようと顎を振れると全身がピクリと動いた。一瞬こっちを見ると手をはねのけられて自分でかじり始めた。
「うふふっ、本当に、かわいいかわいい」
嬉しそうに、子供をあやすように頭をなでている。一方ローズは無心に野菜を食べ続ける。
「この調子ならすぐに戻りそうですね。少し用事があるので。キッチンのところに他にも食べ物ありますので適当に取ってください」
そう言い残してネルは消える。一方ローズは上体を起こして座る姿勢に変わっていた。
「なにか、食べます?」
「野菜追加で」
奥のキッチンに向かうと数個の瓶詰ストックがあり、三個ほど持ってくると隣に座れと言わんばかりに自分の隣を主張するローズがこちらを見ていたため隣へ座る。
カリカリと野菜をかじる音と香水の匂い、そばにローズの体温だけが感じる空間。静か、落ち着くともいえるし、どうすればいいかも思いつかず自分も野菜スティックを食べる。
「友達ってさ、どんな感じ?」
急な質問が飛んでくる。
「一緒にいて、楽しいとか」
「へえ、他には」
「うーん、ちょっと待って」
色々やったけど、やっちゃいけないこととかってあったかな。楽しむこともやったし、怒らせたこともあったし。
「一緒に分かり合えるとか、楽しいことだって、意地悪なことだって、嫌だったことだって色々したけど、最後には分かり合えること」
「難しいね」
「うん」
再び静かな時間が始まる静かな時間。カリカリ、ポリポリ。無限に聞こえる音が心地よくも感じてくる。瞼が重い。
〇 〇 〇
「起きろー」
肩に振動と声を感じて意識が徐々にさえてくる。目を開けるとすぐ目の前にローズが立っていて焦った。
「そろそろ準備、いつもよりギャラリーが多いから早くいくよ」
「お、おう!」
いつもの調子に戻っている彼女に内心ほっとした。




