熱狂と赤
エントランスに戻ってくると明らかにいろんな視線がこっちに向かれているのがひしひしと伝わった。緊張と静寂、それを最初に打ち破ってくれたのは受付の「ありがとう! 中継から見てたよ! すっごいね!」と一人歓声を上げてくれると呼応するように拍手が飛び交う。
反応するのが恥ずかしくて小さくうなずきながら「ありがとうございます」言いながらエンストランスから奴を探す。
楽しそうに、それはもう本当に楽しそうにしている奴が階段から降りてきていた。
「よう、コハク。景気がよさそうだな」
「あ、クロウさんやったすよ――あーえっと」
こちらを見ると一瞬喜びのテンションだったが、表情が気まずそうに固まった。
「それ、当たったのは交換したか」
「まだっす」
「じゃあ交換しとこうか、なくしたら危ないからな」
「そ、そうっすね」
断頭台に向かうような雰囲気で受付へと向かうコハク。周りからも彼がこれから行われるであろうことに笑みが漏れていた。
それはそうだろう、ここにいるほとんどが自分に賭けずに損をしたのがいっぱいいるんだろうから。
「高額のため、保護ケースをお付けしますね」
銀色のケースを手渡され振り向いた彼の表情は苦笑いだった。
周りの親切な人に殴っても騒動にならず、盛り上がる場所を教えてもらい人通りが少ない薄暗い路地裏。だけど今は祭りのように人だかりが囲まれていた。
「選ばせてやるよ、顔と腹」
「は、腹で」
ゆっくりと近寄り、小さく耳打ち「なるべくおおげさにしろ」コハクは目を覆って覚悟決めるように。
「いくぞー!」
大きく掛け声をし、左腕を大降りに腹めがけて拳を向け一瞬勢いを止めて、彼を持ち上げるように吹き飛ばした。
言われた通りのたうち回るコハク、ちょっと痛いとは思うがすぐに痛みは治まるだろう。
ギャラリーは満足しており少しずつ人が減っていき小声で「まだっすか?」と問いかけてくるが返事代わりに首を振る。
急に何か静かになった。
いなくなるというより何かを察して去っているような感じ。『虹の箱舟』でもあったなこんなこと。青の頂点が現れて挨拶に来た時だったような。
「クロウさん、やばいっすよ」
「確かに変だな、静かで」
「違うっす、色が強い人が来てるんっす。わからないんっすか!」
「ああ、悪い。その手合いは全くでな、大丈夫か?」
案内人の言っていた奴か。強い力だと怯えるというのはこういうことか。色の適性検査でこういう風になっている子をみたことある。あれは強い力をうけてたってことか。
コツッ、コツッと寂しく響く一つの靴音がこっちに近づいてくる。初めに見えたのは腰まで伸びた赤い髪、白い肌。赤いセーターで白衣を着てる大人の女性。
「こんばんわ。クロウさん、でしたよね」
目が合うと微笑みながら手を振られた。
すでに名前も、さっきの試合を見てたってことか。
「はい」
「うふふ、まだ近くにいて良かったです、え? コハクくん」
震えて動けない彼の姿をみて、彼女は手のひらを上へ向ける。赤い光が数十個と飛んでいく。見た目は人だった。でも力を生き物のように扱う器用な光景。すぐに彼女が何者なのかが結びついた。
「赤の頂点か」
「あらあら、今のでそれを導きだした感じですね。色の強さではなく」
「あれ? ネルさんじゃないですか。どうして、赤の頂点?」
「おめでとう、コハクくん」
「あ、はは。赤の頂点様だったんっすね。えっとその」
「いつも通りネルさんで良いですよ。クロウさんもね」
常に微笑んでいて、穏やかな印象を受ける女性、赤の頂点、ネル。
これは、結構やばいかもしれない。コハクの挙動不審な感じからもわかる。話してどうなるかはわからない、でも自分たちは逃げ場がもしかしたらないのかもしれない。
「赤の頂点は――」
「ネルさん」
「ネルさんはどうしてこんなところに」
「それは、君に会ってみたかったでしょうね」
「それはまた、どうしてですか?」
「うふふ、どうしてでしょう。会って困ることなんてあるのでしょうか」
くっ、わからない。目的も、そしてどれがダメで良いのかがわからないからこっちに選択肢を振られたら相手の言わせたいことを言うまで延々と問答を繰り返すことになりそうだ。
とりあえず自分が安全だと思う話題から切り出していくしか。
「試合で勝ったこと、まずかったりしましたか?」
「いいえ、逆ですね。感謝していますよ」
「てっきり番狂わせだから胴元が怒ってきたのかと」
「うふふ、なるほど、それで私が怒ってきたと」
座っている自分たちに目線を合わせるように座り込み、ポケットから札束を渡された。
「忘れものですよ、賞金」
「あっ、はい。ありがとうございます」
すっかり忘れていた、もらいに行かないといけなかったのか。
受け取った直後、コハクが「あっ、クロウさん! 違うっす」焦った声を張り上げた。
これは罠か、しまった。
一方彼女は口に手を当て笑っている。でも目が細く開き、どのようにしてやろうか値踏みするように見下ろしている。
「面白い、何も知らない旅行客みたいなのが『シアン闘劇』で番狂わせ。だが、お金には興味はない。教えてくれ、何しに来たんだ? 熱狂を連れてきてくれたことには非常に感謝するがな」
これが彼女の素なのだろうか、口調も激しく、声も抑揚が強く感情を煽ってくるような声色で話しかけてくる。
下手なことを言うと食われそうになるほどの雰囲気。言葉を返せないでいると彼女は言葉を続けた。
「熱狂でこの街は、君が次はどうするのか待ちわびることになる。もう一度言う、何しに来たんだ? 言ってみろ」
嘘は付けない、付く勇気もない。
「アルクという、女の子を探している」
「はぁ? 女の子?! 適当なこと――」
彼女の言葉を隔てて立ち上がる、目を合わせて決意を固めた。
「嘘じゃない、俺はアルクを助けるためにここを出る」
「その女の子の場所は」
「わからない、手がかりは、黒い何か、頂点かもしれない」
「へえ、黒の頂点……そうかお前か青白の『虹の箱舟』の。万象器、少女、金髪――」
自分の反応を確かめるように並べられた単語、ばんしょうき? は分からなかったが金髪はたったそれだけなのに彼女は知っていると確信してしまい表情が出ていたみたいで言葉が止まった。
「思い当たる特徴があるようだな」
「金髪の少女です、アルク」
「知ってるよ場所も」
「なら教えてください!」
「一つ実験に手伝ってくれたらな」
「それは、どんな実験っですか」
手のひらが赤い光に包まれ、こちらへ向けてくる。
「色が見えないのは何が原因か、これに体に当てて確かめさせろ」
「そうしたら教えてくれるんですよ」
「いいよ」
燃え上がるような赤い色が渦巻く細く白い手。
俺は迷わず右手でつかんだ。
目の前が黒く塗りつぶされた。




