シアン闘劇にて
帰り道、どんどんと表情からテンションが落ちているのが見えて、ここにつく頃にはずっとため息をついていた。
何か声をかけようかと思ったが、傍にいるネルは静かに首を横に振って止められた。
『シアン闘劇』の待合室、先についていたコハクが一人、座って何かをしていたようだが、こちら気づいて振り向いた。
「すごかったすね、盛り上がってたっすよ」
「ああ、うん」
ローズは生返事で通り過ぎる。
「ローズちゃん、大丈夫っすか?」
「今は疲れているだけだから」
「そこの奥、どれでも使って良いので、今日は好きな部屋でお休みください。医療用ですが一通りの設備がありますので。私はこの子の面倒を見ますから」
扉を開けると左右に広がる通路。数個の扉が見えた。
「俺はここにするっす」
「じゃあ隣にしとく」
「明日は、頑張るっすよ。自分も頑張るからみててくださいっす」
「ああ、頼むよ」
扉の中はベッドにシャワー、クローゼットと最低限という感じの部屋。
落ち着かせるように深呼吸、実のところ自分もローズのように何もしたくない気持ちだ。まださっきのショーの感覚が残っていて、もう終わったんだという焦燥感。
あれだけ煽りあって、明日は途中で抜け出す。そう思うとチクリと胸を刺すような痛み。罪悪感、高揚感、もったいない、まだ続けたい。目的を忘れてしまいそうな、そういうとことも自分が不安定に感じて何もしたくない。
本当に、どうかしてる。揺らいでいる場合じゃないんだ。
寝よう、起きていると無限に嫌な思考が続きそうだ。起きたら試合、そして脱出して。アルクに。
寝巻が置かれていたから服を着替えたが、衣装の背中が派手に破けていた。持ち上げると火薬があった所と、斜めに切り傷。
「えっ? ……あれ?」
気になり背中を触れると、痛みも何もない。器用に服だけを斬られたのか。
あれが彼女の強さ、力も技術も演技だからどうにかなってけど、前にA以上が化け物と言われる理由の片鱗を感じた。
それでも、自分の優柔不断な思考は治まる気はしなかった。
〇 〇 〇
夢を見ていた。すごく都合のいい夢。『ABCオーケストラ』に勝って、歓声に囲まれる。でも終わらなくて、徐々に夢だということが分かってきてしまった。
目を覚ます。
コハク、ローズ、ネルが面白い物を見たかのように自分を見下ろしていた。
「えっと、おはよう」
口をそろえて「おはよう」と返してくれる。
寝坊したかと思い時計を見るがまだ大丈夫。
「どんな楽しい夢をみてたんすか」
「ずっと笑ってたよね」
「ええ、起こすのが忍びないくらいでした」
「出てくれ! 着替えるから!」
「はいはーい、待合室にいるらね」
ローズの声を皮切りに楽しそうに出ていく。衣装を置いていた所に違う服に変わっていた。
白いコート、『虹の箱舟』の頃に来ていたのと似た雰囲気の服装。着替えたが違和感なくサイズもぴったりだった。
待合室へ入るとテーブルを囲んで食事をしていた。
「お、初めてあった時になんか似てるっすね」
「どうです? サイズは」
「問題ないです」
空いてる席に座ると静かににやにやしながら見ているローズの視線が気になる。
「な、なんだよ」
「良いんじゃない」
「今回は銃弾だらけですからね、少しでもダメージを抑えるために良いコートを用意したんですよ」
「ありがとう」
「食べ終わったら、作戦会議しますのでどうぞお食べください」
食べ終え、テーブル上を空にするとネルが口を開く。
「試合が始まり約90秒後、脱出を開始します。脱出ルートに関してコハクくんがわかってるから彼についていくこと。ローズちゃん、クロ……ランドくんは彼の合図で一緒に走ってください。私は最後尾、誰がどう動くかちゃんと見ておかないといけないので」
「わかりました」
他の二人も頷いて答えた。
理解はしたけど、いけないとわかってても喉に引っかかる言葉があった。それが「あの」と口に出てしまう。
「どうしました、ランドくん」
「90秒以内に勝つことってできますか」
言ってしまった。空気がぴりついた、ネルしか今は見えない、その瞳は細く鋭く、大きくため息を着いた。
「無理だよ。ローズ、2挺でクラッシュの動き。覚えてる?」
「えっ、はい」
テーブルをネルとコハクが動かして、少しできた空間。自分とローズは対面した。そばでは足を組んで眺めるネルが「クラッシュの弾、自由に撃って」手には大量の銃弾。ローズは静かに詰め変えている。
「5秒、何でもいいから全部避けろ、出来たら考えてやる」
「わかりました」
ローズも準備が終わったのか頷いている。腰を落として、リズムを取るように大きく呼吸している。
「それじゃ、はじめ」
掛け声と共に足音と銃声が連打。
咄嗟に自分の武器で防ぐ、その時点で彼女を見失っていた。
すでに真上に、頭の上からに降り注ぐ銃弾、痛みは無く衝撃だけが来た。着地しても走り去りながらも撃ち続けられ、当たる銃弾っでひたすら吹き飛ばされ壁に激突するが銃弾は当たりつづける。
「というわけで、ランドくんはもう敗北が確定ってわけだ」
「……はい」
何もできなかった。
当たった個所は粘り気のある何かがへばりついている。
「ごめんね、大丈夫?」
「いや、俺が悪いから気にしないで」
「え? ああ、うん」
ネルがしゃがみこんで「頭を冷やせ、目的を見失うぞ」急にいつもの表情にもどり「だから、気を付けてくださいね」と優しく言葉をかけてくれた。
テーブルを戻し、自分は謎の物体がついたまま話を始めていく。
「さて、クロウくんについているそれは火種のようなもの、黄の力に対抗するために使われる物ですが、私たちにも使ってくるでしょう。威力は弱いが、着弾した時に破裂した衝撃は強く、さっきのように動けなくなる。今の君のように身体中がそれに染まったところに彼らが持っている起爆用の銃弾が当たると爆発して大ダメージとなります」
身をもってそれは体験したから容易に想像できる。
「ですが、私たちはこの戦法の対策にインチキを行います」
そういうと彼女は自分のほうに手のひらを向けた。火種は彼女の手元に砂となって集まってくる。
「彼らはこれを知れば、君かローズちゃんを狙うことになります。残った時間、逃げきれれば私たちの勝利です!」
これ以上にない完璧だと言わんばかりに力強く言い放つ彼女に「それブーイングきません?」ローズが質問を飛ばす。
「元々無茶なマッチングですから、クレームは黄の頂点です。すぐに対応に追われるでしょうけど、そもそも試合が中断するのですから」
「それは、そうかもですね」
「あとは戦い方ですね。ローズちゃんは分かっているから大丈夫だろうけど、クロウ……くんは銃弾を剣で受け止める癖をやめましょう。さっきの二の舞になるので」
「はい」
「よろしい。彼らの戦い方は常に走り続け、一人を囲んで浮かしてとどめを刺します。対策は壁沿いを走るか、三人をつなぐ三角形を入らないってところですね」
「三角形?」
いきなりの説明で理解ができず問いかけると小さな赤い円柱を三つ作り出す。それをテーブルの上に適当に置いた。
「三つの物を線でつなげば三角形になります。ここに入ると」
三つの円柱近づけて狭くなっていくのがわかる。
「逃げ場を防がれて終わります。なので、壁沿いなら多少はましというわけです。ローズちゃんは他二人を牽制して攻撃の手を牽制してください。ランドくんはひたすら走って、隙を見つけたら一発をお見舞いできたらいいですね」
「わかりました」
「素直でよろしい、ふぅ」
大きくため息を漏らす。憂鬱げな表情に「さっきのこと、気にしてる?」とローズが茶々を入れた。
「むぅ、私もいっぱいっぱいなのですよ」
彼女の視線がコハクを向いた。
「コハクくん、君の出番はとても重要です。頼みましたよ」
「はい、分かってるっす」
彼の言葉に頷く、静かにみんなへ視線を送る。返事をするようにみんなが彼女を見た
「もうすぐ本番です。ここからもこの後も誰一人として欠けることの無い前提で計画は組んでいます。予想外の何か起きたときはクロウくんも、コハクくんも、ローズちゃんも、私もお互いを見てください。特にクロウくんはね」
「す、すみません。わがまま言って」
みんなの視線がこっちにむいた。正直怒ってると思っていたが、表情は笑っている、というより笑われている?
「ほんと焦ったよ、いきなりネル様に反抗するんだもん」
「そうっすよ、いつも冷静な感じっすのに急に熱くなってびっくりしたっす」
「ごめん、昨日の熱気が引きづってて」
「ローズちゃんから君の言葉がきっかけ実弾でやり、その盛り上がりで君がおかしくなってるのは予想外でした」
「ごめんなさい」
「熱気は落ち着きましたか、頭は冷えましたか」
再び視線が集まっていることを意識してしまう。今度は真剣なまなざし。
「今は大丈夫。でも、またおかしなことしてしまうことはあると思う。だから見ていてほしい」
返答はなく、じっとこっちを見ているだけ。5秒くらい経って何が起きているかを理解した。
「あの、本当に見ているだけなのは困るんだけど」
無反応、ひどい。
「言葉通りなのは、やめてください」
無言耐えきれず、下を向くとローズが噴き出していた。
せめてもの抵抗に不満げに目を皿にして顔を上げた。
「ごめんごめん、だってあんな言い方されたらしたくなるじゃん?」
「そうっすね、困っているのは申し訳なく感じたっすが」
「ふふっ。うろたえてるクロウくん面白かったですよ」
「なんだよもう、こっちは真剣に言ったのに」
悔しいような恥ずかしいような気持ち。モヤモヤした気持ちのまま席から立ち上がると声が。
「分かってるっすよ、ここにいるみんなはクロウさんために集まっているんすから」
「そうでもなきゃ『ゴールディ』を出るなんて普通しないよ?」
「クロウくん、分かりましたか?」
みんなが息を合わせて返答を。
自分の言葉が空回りしているのを感じてどんどん恥ずかしくなる。
視線をみんなの方へ戻す。楽しそうな表情で本当に悔しい。
「分かった、分かったよ。あいがとう! これからも……よろしく」
勢いが続かず、最後の方は声が小さくなってしまう。
コハクはあっさり「よろしくっす」と笑顔で返してくれたが他の2人は含み笑いをしているように見えた。
彼の言葉につられるように二人の言葉が続く。
「よろしく」
「よろしくお願いしますね。そろそろ準備をしましょうか」




