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仕事を終えて家に帰ったときには、いつの間にか心の中はモヤモヤだけになっていた。
そんなモヤモヤを抱え込んで数日、休日を迎える。居ても立ってもいられなく、家を飛び出す。
とは言っても、唯一のあてだったトメばあちゃんのところでドブに落ちたのだ。あてもなくさまよう。
郵便屋だから、仕事で街中いたるところをまわっている。しかし、あてもなく歩くとなると、案外、知らなかったことがたくさん見つかった。
道端に咲いた花、ご飯処の新メニュー、空の青さ、季節のにおい……
ふと、いつもの世界から一歩引いてみる。そこには、例え一つ一つが小さくても、確かに変化がある。間違い探しのように、面白くなってくる。
小さな発見に心躍らせていると、気づいたら裏道に来ていた。
そこには、萎れた古本屋があった。
本は今まであまり読んでこなかった。
どうしても、勉強のイメージがこびり付いている。今の自分は昔のおかげであることは間違いない。でも、戻りたいかと聞かれれば、それは違う。
ただ、今日は気分がいい。
なぜだか、あの独特な世界に飛び込める気がした。いや、今日じゃないと一歩を踏み込めないと思った。
ズラッと並ぶ本。そして、背表紙には難しい言葉が並ぶ。
ほとんどは魔法言語の本だ。魔法言語なんて、まだほとんど未解読であることくらいしか知らない。
試しに開いてみると、目眩がしてきた。ダメだ。これは手をつけてはいけないものだ。
街ブラで貯めてきた幸福ゲージを、ほとんど使い果たしたとき、ふと店の奥に見つけた。
小説コーナー
最近、流行っているんだとか。
確かに、並ぶ本の数が少ない割には、新しい本が多い気がする。
演劇や絵を観るなら分かる。目の前で様々な出来事が、次々に起きる。それを一つ一つ受け取ればいいのだから、分かりやすい。
でも、文字だけで、すべてを理解しなければならない。それは少しハードルが高い気がした。
ただ、今のままでは古本屋に殴られ終わっただけだ。何かしらで勝利を得たい。
色々見回して、なんとなく目にとまった一冊を手に取る。「手紙」という言葉に目がとまっただけなのだが。
話は、中年の男が引越しの準備をするところから始まる。
身の回りの整理をしていたら、一通の手紙が引き出しから出てきた。ただ、この手紙のことを、ほとんど思い出せない。いつ、誰から、なぜもらったのか。
一見分からない不気味な手紙だが、なぜたか忘れてはいけない思い出な気もする。調べていくと、自分が知らない自分の過去が次々と明らかになり……
…小説、案外いいじゃない。
鮮明に登場人物の顔や声を、頭のなかで再現できるわけじゃない。でも、「なんとなく」想像できることが、話を面白くする。そんな気がするのだ。
確かにこれはハマるわけだ。どれどれ、作者はアラン・バンデ……
アラン、だと?
すぐに本を買って店を飛び出る。家に帰るのでなく、近くにあった噴水の脇に座って読み進める。
直感が、あのアランの物語だと訴えかけてくるのだ。
…話は続く。主人公は医者として働く傍ら、手紙の詳細を探っていく。しかし、転勤のために引越の準備をしていたときに見つかった手紙だ。
地元を離れるタイムリミットは近い。
最終的に、手紙の送り主は、主人公の幼なじみだった。
「またいつか会おう」
その言葉の裏には、大きな病にかかり、闘病のため隔離される悲しさが含まれていたのだ。
彼は多忙で忘れかけていた初心を思い出す。何故医者になったのか。彼女を救うためではないか。
そして、最終的には彼女と邂逅し、病気を治すため一緒に頑張っていくところで終わる。
いいお話だった………と終わらせるわけにはいかない。何かしらのヒントを探し出さないと。
…案外簡単に見つかった。
後書きに書かれていたのだ。
この作品は、自分への戒めだと。こんなふうになりたくないという。
彼にも、小説を書くきっかけとなった人がいるんだとか。
その人は別に病気なわけではない。ただ、書くことを後押ししてくれた。それが重要なのだ。初心は忘れたくない。
後書きの最後は、こう締めくくられている。
『もし君が呼んでいるなら、約束は覚えているから、またあの広場で。』
手紙の背景が、すべて分かった気がした。心の中にあったモヤモヤがすっと晴れてい
く。
しかし同時に、何かがチクチク心を刺してきた気がした。
心のモヤが晴れた時には、既に日はオレンジ色だった。
家に帰ろう。
その足は、少しだけ重かった。
夜、彼の本とあの手紙を照らし合わせていた。そうすると、なんとなく「約束」が見えてくる。
約束の場所は、港街区の広場。約束の日時は、「約束したちょうど10年後」。
時間は小説の描写から夕方だと思う。ただ、何年前の何日に約束をしたのか。
小説に出てくる年号、筆者紹介の生年月日、トメばあちゃんの証言……
色々合わせて考えていくと、一つの仮説がでてくる。
………明日?




