第7話 氷上の閃光
洞窟がよく見える位置に戻ったアイリスたちは、魔獣が寝静まっていることを確認した。
「私が魔法で捕縛して、片付けます。安全な場所で待機していてもらえますか」
アイリスがそう告げると、リオはわずかに眉を寄せた。
「いつもそんな感じなのか?」
問われた意味がわからず、アイリスも眉を寄せる。
「聖導士は戦えない者が多いけど、自分の身くらいは守れる。君のやり方だと、君ひとりに全てを押し付けることになる」
「え……」
ガン、と頭を殴られたような衝撃が走った。
みんな、そうだった。
あなたひとりでどうにかなるから、自分たちは邪魔にならないように後ろにいる──みんな、そう言うのだ。
「今日は試しに、背中は俺に任せてくれるか?」
そう提案され、ぎこちなく頷く。
「では……詠唱するので少し待っていてください」
「ん」
アイリスは洞窟に両手を向けた。
範囲が広いため、詠唱はいつもより長くなる。
「──フロスト・フィールド」
瞬間、魔力が地を走り、白銀の世界が広がった。
霜が地面を覆い、凍てついた風が足もとを這う。
異常に気づいた魔獣が目を覚ますが、脚は氷に囚われ、動けない。
「……氷?」
リオが、かすれた声で呟く。
アイリスは駆け出していた。
ブーツの裏に仕込まれたスパイクが氷面を噛み、滑るように走る。
残光のようにきらめく軌跡の中、細剣が閃く。
一突き。
すれ違った魔獣が崩れる。
二突き。
隣の一体も声を上げる間もなく沈んだ。
氷上には黒い影だけが次々と残されていく。
最後の一体を抜けざま、アイリスは氷面を蹴って身を翻した。
刃先についた霜が散り、白い花弁のように舞う。
静寂。
凍りついた大地の上、風だけが再び流れ始めた。
「あとは、特殊個体だけですね。洞窟の奥に向かいましょう」
細剣を鞘へ納め、顔を上げると、リオが目を見開き立ち尽くしていた。
思わず眉間にしわが寄る。
「背中を任せろって、言いませんでしたか?」
「……言った」
だったらなぜ、呆然と立っているのか。
息をついたアイリスは、パキリと氷の割れる音に反応し、はっと振り返った。
氷を砕きながら、何かが一直線に迫ってくる。
遠くから一気に跳躍し、眼前まで距離を詰められていた。
特殊個体だ。気づくのが遅れた。
剣を抜く。
突き出された爪を首を捻って避ける。頬が浅く裂けた。
気にせず突きを放とうとする。
──その時。
アイリスの目の前に緑色の光が浮かんだ。
息をのんで、咄嗟に動きを止める。
それは魔法陣だった。円の中に緻密な模様が走る。
次の瞬間、魔法陣から風が奔った。
魔獣の巨体が宙へ弾かれる。
そのまま崖へ叩きつけられた。
岩が激しく割れ、魔獣はずるりと地面に落ちた。
骨まで砕けたのだろう。魔獣はぴくりとも動かなかった。
呆気に取られたアイリスが振り返ると、リオは片手を突き出したまま小さく口を開いた。
「……ごめん、やりすぎた」
堪忍袋の緒が切れる。
「素材!あれじゃあ、使い物にならないですよね!」
眉尻を下げるリオに、アイリスは深く息を吐いた。
せっかく他の魔獣は全て首を跳ねたのに、一番貴重な特殊個体が無残なことになっている。
だがまあ、きっと助けようとしてくれたのだろう。
……余計なお世話だったが。
怒ったまま素材の回収に移ろうとしたアイリスの手首を、リオが掴む。
「放してください……!」
振り払おうとするが、そっと頬に手が添えられた。
リオがわずかに眉を寄せ、アイリスを見つめる。
一瞬、顔の近くが白く光り、頬が温かくなる。
温もりが消えた時には、痛みも消えていた。
すぐにリオは手を離し、慎重に氷の上を歩きながら近くの魔獣の死骸に近づく。
「素材を回収しようか」
「……はい。収納袋に、詰めてください」
アイリスはゆっくりと自分の頬に触れる。
傷はもう、どこにも残っていなかった。




