第6話 森に潜む影
「とにかく、魔獣が原因ということなら討伐するまでです。兎型で数が多い以外に、何か特徴はありますか?」
男性が思い出すように空を見上げた。
「そういえば、特に大きいのが一体、いました」
眉を寄せ、唇を引き結ぶ。
特殊個体──その可能性が、アイリスの頭をよぎる。
草食であることは幸いだが、だからといって油断はできない。
特殊個体は突然変異だ。元が草食でも、肉食化する可能性は否定できない。
「情報ありがとうございます。すぐに対処します」
男性がほっとしたように頭を下げる。
「よろしくお願いします」
アイリスは、しっかりと頷き返した。
*
魔獣の足跡は、近くの森の中へと続いていた。
確かにひとつ、大きな足跡が混ざっている。
アイリスは足を止めて背後を振り返る。
ゆったりとした足取りで、リオが付いて来ている。
いつもなら、守らねばと辺りの気配に敏感になるのに、今日は何だか気が抜けてしまう。
リオが口元に微笑を浮かべ、首を傾げる。
自分だけあれこれ考えているのも馬鹿らしく思い、アイリスは素直に伝えることにした。
「……私は、あなたをどう扱ったらいいのか、わかりかねています」
リオはゆっくり瞬きして、ふっと笑った。
「いつも通りでいい。俺は、普段通りの君を見てみたい」
──普段通りの君を……?
ぞわっと鳥肌が立ち、思わず両腕をさする。
「あの、言い方ってものがありませんか?」
「ん?」
無意識らしい。ため息をついて、また歩き出す。
やがて複数の魔獣の気配を感じ、アイリスは気配を消す。
すぐに背後の気配も消え、思わず後ろを振り返った。
リオが無言のまま小首を傾げる。
一瞬、本当に居なくなったのかと思った。
草陰に潜み様子を伺う。
兎型の魔獣が複数、崖下の洞窟に集まっている。
──巣だ。
奥から重い足音が響き、大きな魔獣が現れる。
通常の兎型の魔獣の五倍ほどもある巨大な姿に、アイリスはごくりと唾を飲み込んだ。
こうして特殊個体を目にするのは、初めてだった。
通常個体が数匹、木の実を咥えて戻ってくる。
だが、すぐにまた森へと消えていく。
今出ていったとしても、討ち漏らしが出てしまう。
「夜を待ちます。出払っている魔獣たちが戻り次第、一気に討伐します」
前を向いたまま、小声で方針を伝える。
「了解した」
静かな同意が返ってきた。
*
日が落ち、夜がやって来た。
洞窟から少し離れた木の幹に、アイリスは剣を抱えてもたれていた。
夕食代わりの簡易携帯食を齧る。
目線の先で、リオが薬草を力任せに引き抜いた。
「……もったいないですよ」
思わず、声をかける。
リオが薬草を握ったまま振り向く。
「何が?」
「その薬草です。丁寧に採取しないと、価値が下がります」
リオは手元に視線を落とす。
アイリスの言葉が理解できたのか、笑顔を浮かべた。
「丁寧に採取するには、どうすればいい?」
アイリスは半眼でリオを見つめる。
なぜ、駆け出しのDランクですら知っていることを知らないのか。
「根元を掴んで、そっと引き抜くんです」
立ち上がり、アイリスはリオの隣にしゃがむ。
薬草の一本を指でつまみ、そっと持ち上げる──根ごと抜けた。
「品質を保つために、濡れた布で根を巻くといいですよ」
腰の収納袋から布を取り出し、詠唱して水魔法で濡らすと、根を包む。
興味深そうにアイリスの手元を見つめる翠の瞳を、呆れて見返す。
「薬草は知ってるんですか?」
「いや。雑草かと思った」
雑草か……もう何も言うまい。
アイリスは立ち上がる。
「そろそろ、行きましょうか」
「あ」
リオがしゃがんだままアイリスを見上げる。
「一回だけ、薬草採取をさせてほしい」
「……どうぞ」
丁寧に薬草を引き抜き、伝えた通りに処理するリオ。
その様子を見て、少しだけ──可愛いと思った。




