第5話 初めての距離
依頼主の村までの移動は馬車だった。
リオが素早く手配し、すぐに準備は整った。
馬車に乗ろうとすると、先に乗っていたリオが手を差し出してくる。
アイリスはその手を見て、戸惑いながらもリオの顔を見上げた。
「段差。君には少し高いだろ?」
リオが小さく首を傾げる。
アイリスは、その言葉を頭の中で噛み砕く。
「……ありがとう、ございます」
躊躇いがちに伸ばした手が、リオの手の上に重なる。
その瞬間、リオの指が優しくアイリスの手を包み、そっと引き寄せた。
指先に伝わる温もりと、思っていたよりも確かな力。
ほんのわずかな力なのに、そのまま荷台へと引き上げられる。
気づけば、すぐ目の前にリオがいた。
風に揺れた髪が、アイリスの頬をかすめる。
背中をそっと支えられ、ふわりと体が押し上げられる。
ストン、と荷台に腰を下ろす。
腰の剣が荷台に当たって、軽く音を立てた。
リオはすぐに体を離し、何事もなかったように手を下ろした。
「じゃあ出発するよ」
御者が振り向いて声をかけてくる。
「はい、お願いします」
リオは丁寧に返すと、腰の鞘を引き抜き、アイリスの斜め向かいに座った。
馬車が動き出すと、遠ざかる街をじっと見つめていたリオが、ふいに口を開いた。
「少し休ませてもらう。気にしないでくれ」
そう言って目を閉じる。
それきり、微動だにしなかった。
アイリスは、そっと胸を押さえる。
心臓が早鐘を打つ。
こういうこと自体は今までにもあった。
でも、こんなふうに胸が高鳴るのは初めてで、戸惑った。
嫌じゃなかった自分に、少し驚く。
膝を抱えて遠くを見つめる。
警戒心を抱くのが馬鹿らしく思えるほど、リオは完璧な距離感を保っている。
こんな人もいるんだと、ぼんやりと思った。
*
村に着くと、アイリスはさっさと馬車を降りた。
もうあんな、くすぐったい思いをするのはごめんだった。
御者に礼を伝え、先に歩き出すと、後ろから足音がついてくる。
早速、依頼主の家に向かった。
ただの兎の魔獣であれば、本来はCランク相当。
だが、今回はBランク以上の指定依頼だった。
詳しく話を聞きたい。
扉を叩きかけて、後ろを振り返る。
「私が、話すんですよね」
リオは頷いた。
「難しそうなら、言ってほしい」
「いえ、大丈夫です」
食い気味に返事して、今度こそ扉を叩いた。
*
依頼主は初老の男性だった。
実際に見てもらいたいと向かった先の畑を見て、アイリスは言葉を失う。
滅茶苦茶だった。
倒れて土に埋もれた葉。齧られ、踏み潰された実。荒らされた土。
きれいに整えられていたであろう畑は見る影もない。
しゃがんで、実の欠片に触れる。
カボチャのようだ。皮は艶々で、大切に育てられたことがすぐにわかった。
「一晩でこの有様なんです。何度育て直してもこれでは、もう……」
男性が、疲れ切ったように地面に視線を落とす。
「対策も、されたようですね」
リオが畑に設置された罠を見て言う。
だが、それも嘲笑うように壊されている。
「はい。どうやら、相当数が多いらしく」
「結界は使わなかったんですか?」
あまりに自然に尋ねるので、アイリスはギョッとしてリオを見る。
「結界なんて、高くて手が出せるわけないでしょ!」
「え?」
リオが、わずかに目を見開く。
「すみません」
アイリスが慌てて謝罪すると、男性は苦笑する。
まったく、なんてことを言うんだ。
キッとリオを睨む。だが彼は畑へと視線を向け、顎に手を当てて何か考え込んでいるようだった。




