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陽に咲く氷華  作者: 無名の記録者
第6章 相棒という距離
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第5話 静かな潜行

 アレンに用意されたマントを被り、アイリスは屋根の上を移動していた。

 風が布をはためかせ、屋根の瓦は冷たく、歩くたびにかすかに軋む。

 任務のためとはいえ、街をこうして見下ろすのは初めてだった。胸の奥が妙に高鳴る。


 斜め後ろでリオがため息をつく。


「怪しい人間って、なんで黒いマントなんだろう」


 そんなの、決まっている。


「目立たないからじゃ……」


 アイリスはリオに視線を向ける。


 口元も頭もすっぽりと覆われ、ほとんど目と鼻しか出ていない。

 日中ということも相まって、どう見ても怪しさ満点だった。


「悪目立ちしているとしか思えないだろ?」

「……そうだね」


 話しているうちに、資料に記されていた本拠地の近くまで来た。

 屋根の縁に身をかがめ、地上を見下ろす。


 門番らしき男が一人。

 リオが先に飛び降り、アイリスも続く。


「今日から働くことになりました」


 リオがいつもより軽い口調で言う。

 偽名を告げると、男が書類を見て確認した。


「よし。案内があるから、入って左手の建物で待て」

「はい」


 ゆったりと歩くリオに、少し遅れてついていく。

 いつもと違って隙だらけだ。見習って、疑われないように体の力を抜く。


 建物に入ると、すでに他にも数名いた。

 少しして、担当者らしき者が入ってくる。


 全員、黒いマントに身を包んでいた。

 この状態で、どうやって人を識別しているのだろう。


「お前らには、倉庫の整理をやってもらう」


 話を聞く限り、全員一ヶ所の倉庫で作業するようだ。

 ひとまずは真面目に働きつつ、様子見というところか。


 *


 ひたすら搬入された荷物を棚に片付け、指示された木箱を取り出して集める。

 木箱を動かすたびに、埃がふわりと舞った。


 箱は整然と並んでおり、怪しいところは一つもない。

 疑念を抱えつつ、黙々と作業を続ける。


 名前を呼ばれるが反応が遅れ、リオに肩を軽く叩かれる。

 驚きで一瞬体が固まった。

 そうだ。今、別人として潜入しているのだった。


 一瞬肝を冷やしたものの、それ以外は拍子抜けするほど何事もなかった。


 休憩時間になり、アイリスは倉庫裏で壁を軽く叩いた。


「ただの配送屋じゃない……!」


 抑えた声で、思わず不満が口をつく。


 隣で水を飲みながら、リオもどこか遠い目をしている。


「到底、狩人に目をつけられている組織とは思えないな」


 怪しいのは黒いマントだけ。

 みんな、熱心に働いている。

 リオの言うとおり、今のところは真っ当な組織にしか見えなかった。


「早めに終われば帰ってもいいとのことだし、少し動いてみるか」

「そうだね」


 おそらく、今いる倉庫は表向き。

 もっと人には見せられない物が収められた倉庫があるはずだ。


 *


 夕方ごろ。

 無事に仕事を終え、アイリスはリオとともに別の建物へ入り、通路を歩いていた。


 時折人とすれ違うが、黙って頭を下げれば何も言われない。

 静かすぎる通路に、靴音だけが響いた。


「他人事ながら、心配になってきた……」


 アイリスが呟くと、リオはすっと目を細める。


「俺は別の意味で心配になってきたな。……普通すぎる」

「え?」


 リオは足を止めず、前を見たまま小声で続ける。


「盗みが事実だとすれば、あまりに巧妙に隠されている。そう思わないか?」


 たしかに──目に見える範囲は、整いすぎている。


「どこかに、高警戒区域があるとか?」


 アイリスが可能性を口にすると同時に、リオが足を止めた。


「例えば、あれとか」


 その視線の先を追う。

 窓の外に、明らかに入り口の警備が手厚い倉庫が一つ見えた。


「行ってみよう」


 リオが足を踏み出しかけた、その時。

 前方から人が来る。

 フードを被っていない。これまでと違う雰囲気の人物だった。

 二人はさっと頭を下げる。


 足音が近づき、目の前で止まる。

 息が詰まる。鼓動が、耳の奥でうるさく響いた。


「ん?知らない気配だな」


 その言葉が落ちた瞬間、背中を冷たい針でなぞられたような感覚が走る。

 体が震え、顔が上げられない。


「こちらで働き始めて、間もないんです。先輩からの用事を終わらせたところまでは良かったのですが、道に迷ってしまいまして」


 視線を上げたリオが、途方に暮れたような声で言った。


「……ここは複雑だからな。新人ということは二番倉庫だろう」


 アイリスはそっと顔を上げる。

 男が二人の背後を指で示した。


「来た道を戻って、右に行くと階段がある。一階まで下りて外に出れば、壁沿いに歩いて辿り着ける」

「ありがとうございます!」


 リオが元気に返事した。

 男は笑みを浮かべると、そのまま去っていった。


 息をつく。

 笑顔は確かに親切だった。だが、立ち去る背中はどこか余裕を感じさせた。


「びっくりした……」

「おそらく、相当地位の高い人だな」


 リオも静かに息をつく。


 アイリスはリオに視線を向けた。


「ありがとう。助かったよ」

「任せてくれ。言い訳は、色々考えてある」


 リオが口元の布を軽く指で引っ張った。

 隠れていた笑みが見える。


 その仕草に、緊張がようやく解けていくのを感じる。


 ──頼もしい。

 アイリスも、ふっと笑みをこぼした。

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