第1話 錬環区の守り人
アイリスは、拾ったお宝たちの調査のため、リオとともにグランゼリア南の錬環区を訪れていた。
二人で歩いていると、リオがふと建物の影に視線を向けた。
一瞬だけ、空気が張り詰めた気がした。
アイリスは小さく首を傾げる。
「どうかしました?」
少しの沈黙。
次の瞬間、アイリスに向けられたのは穏やかな微笑だった。
「……いや、なんでも」
何か珍しいものでもあったのだろうか。
アイリスは息を吸い込む。
金属の匂いと、かすかに焦げたような香りが混じる。
路地の奥では、管が鳴るような音が響いていた。
初めての場所に、アイリスは小走りでリオの背を追う。
二人は建物に入った。
リオは迷いのない足取りで奥へ進み、ある部屋の前で止まった。
灯りが漏れている。
リオがノックをして扉を開けた。
中を覗き、ほんの一瞬、目元が和らぐ。
「アルヴェル、来てたのか」
アルヴェル──リオの友人。
アイリスは背筋を伸ばした。
「リオ……?珍しいね。狩人の仕事に専念してるって聞いたよ?」
澄んだ鈴のような声。まるで、子どもみたいだ。
そっと部屋を覗き込んだアイリスは、目を見開いて固まった。
床に座って何かを弄っていたのは、小さな少年だった。
白髪がさらりと流れ、澄んだ氷のような青い瞳が光を返す。
どこを見ても無駄がない完璧な造形で、同じ人間という枠に収まるとは思えない。
整いすぎていて、息が止まるほどだった。
「おや、久しぶりにこの反応を見たね」
少年がころころと笑う。
「アルヴェルは見た目が完璧だからな」
リオがアイリスの手を引く。
アイリスは引かれるがまま、部屋へと入った。
「それだと、我が見た目だけ完璧みたいだね」
拗ねたように眉を寄せる少年に、リオが「ごめんごめん」と謝る。
アイリスは少年の前で足を止めた。
青い瞳がじっと見上げてくる。
「我はアルヴェル。守り人……といった方が、理解が進むかな?」
「守り人……」
三権の、中立者。
……そうだ、思い出した。
アイリスは額を押さえた。
リオの紹介を受けた時に、サラが守り人の話をしていた。
なぜあの時、名前も聞いておかなかったんだ。
「ふふ、面白い子だね」
アルヴェルが穏やかに笑う。
アイリスは、はっと我に返る。
そうだ、挨拶をしていない。
慌ててアルヴェルの前にしゃがんだ。
「私は、アイリスです。リオさんと同じ狩人で、ランクはAです」
「ああ……そうなんだね。それで?」
ぱちりと、瞬きをした。
何か足りなかっただろうか。
「えっと……リオさんと、パーティーを組むことになりました」
「リオと?いいなあ。我も入れてほしいくらいだ」
アルヴェルが満面の笑みを浮かべる。
「駄目だろ、中立の立場なんだから」
リオがたしなめると、アルヴェルは唇を突き出す。
「こんなことなら、契約に条件を追加するべきだったよ」
「後の祭りだな」
リオがふっと笑う。
「それで?」
アルヴェルがまた、こちらを見た。
これ以上、説明できるものがない。
戸惑ってリオを見ると、リオも訝しげにアルヴェルを見ている。
「アルヴェル……アイリスをいじめないでくれるか?」
「え?あれ?違ったのかい?」
何がだろう。
戸惑うアイリスの前で、リオとアルヴェルは会話を続ける。
「リオが誰かを連れてくることなんてないから、我はてっきり……」
何が“てっきり”なのか、わからなかった。
「古代文明の遺跡が見つかったんだ。そこで色々拾ったから、今日はその調査に来た」
リオがそう説明すると、アルヴェルが顔をわずかに歪めた。
けれどすぐに、笑みが戻る。
「そう……それは、面白そうだね」
言葉と表情が、少しだけ噛み合っていない気がした。
「アイリス。例のもの、出してくれるか?」
「あ、はい」
リオに言われ、アイリスは床の近くで収納袋をひっくり返した。
中から、遺跡で手に入れたお宝が次々に出てくる。
「これはまた、懐かしいものがたくさん……」
アルヴェルが指先で突っついた。
「アルヴェルさんは、古代文明に詳しいんですか?」
アイリスが尋ねると、アルヴェルは胸をそらせる。
「そうだよ。我こそは古代文明の第一人者なんだ」
見た目からは想像もつかない。
尊敬の目を向けていると、隣でリオがぼそりと呟く。
「ただの300歳のおじいさんだ」
「ひどいなあ、それは後で明かすから面白いのに。それに、我は315歳だよ」
アイリスは言葉を失う。
315歳?聞き間違いだろうか。
アルヴェルが相好を崩した。
「ふふふ。我は最近、こういう顔を見るために生きてるんじゃないかと思ってるよ」
「趣味が悪いな」
リオがはっ、と笑う。




