第4話 宿の灯りの下で
「帰った……?」
宿で、アイリスは思わず目を丸くした。
「はい。お連れ様お二人は、先に発たれましたよ。女性の方が、もう一人の方を引きずるようにして……」
ようやく、ミレーユと話せると思ったのに。
がっくりと項垂れるアイリスに、リオが背後で苦笑した。
「あの時のアイリス、騎士みたいで格好よかったな」
「……そんな感想いらないです」
何か、リオと気まずいことでもあったのか。
それにしても急すぎる。
「あの……それで、お二人も本日発たれるのかと思いまして」
アイリスは顔を上げた。
嫌な予感がした。
「あと、空いているのは二人部屋が一室だけなのですが……宿泊されますか?」
「けっこ、むぐ」
アイリスの口を、リオが塞ぐ。
「とりあえず、確保してもらってもいいですか?」
「はい!」
受付の女性が、妙に温かい目になる。
アイリスは泣きそうになった。
やめてほしい、リオとはそんな関係じゃない。
「ミレーユさんからはあんなに全力で逃げてたのに、どういうつもりですか!」
手続きをする女性に聞こえないよう、アイリスはリオに詰め寄る。
リオは小さく首を傾げた。
「君なら無害だろう?」
「私は無害ですよ!?あなたは、どうなんですか!」
男は皆、獣よ。
そう言っていた母の言葉が耳に蘇る。
「誓って、君には指一本触れない」
両手を小さく上げ、宣言されてしまう。
真っすぐな瞳に、嘘は全く感じられなかった。
「部屋の準備が整いました」
アイリスは深く息を吐き、部屋の鍵をぶんどった。
*
ああ、天井の木目が綺麗だ。
二つあるベッドの一つに寝そべり、現実逃避をしてしまう。
もう一つのベッドに座るリオの身じろぎに、肩を震わせた。
「……また、適当に外で寝てこようか?」
そう提案されるが、アイリスは背を向ける。
「もういいです……今日はゆっくり休んでください」
静かすぎる部屋。
息遣いすら聞こえそうだった。
「……なんで、部屋を確保したんですか」
我慢できず、不満が口をつく。
「君を外で寝させるわけにはいかないだろう」
「なんですか、その意味の分からない優しさ。私たちも馬車を見つけて帰ればよかったじゃないですか」
この時間になってしまえば、もうそれも無理だが。
「……たしかに」
リオが小さく呟いた。
「でも、もう少しこの街を見てみたくないか?依頼だけ遂行してとんぼ返りは、もったいない」
「……たしかに」
今度は、アイリスが呟く。
せっかくの初めて来た街なのに、仕事だけして帰るのはもったいなかった。
「明日、おいしいものをごちそうしてください」
「任せてくれ」
ほんの少し弾んだ、穏やかな声が返ってくる。
アイリスは口元に笑みを浮かべ、目を閉じた。
少しだけ明日が楽しみになった自分は、案外単純かもしれない。




