第4話 信じる方へ
リオとミレーユが落ちた。
……いや、落ちたこと自体は問題じゃない。リオが、あのミレーユと二人で落ちたことが問題だ。
……いやいや、それも問題だけど、地下には──魔獣の気配がある。
「とにかく、調査を終わらせましょう」
セイルの声が、考えの渦に沈みかけたアイリスを現実へ引き戻す。
「……了解」
少し心配ではあったが、リオのことだ。魔獣が相手なら、きっと大丈夫。今は任せよう。
アイリスは穴から視線を引き剥がした。
セイルは周囲に気を配りながらも黙々と遺跡の調査を続け、アイリスも時折出てくる魔獣や罠に対処する。
快適だった。こんなに依頼を真面目にこなしてくれる人も珍しい。
手帳には、古代語の写しが次々と増えていく。
その几帳面な文字を見て、自然と頬が緩んだ。
セイルが、もっと早くパートナー候補になっていれば。
そうすれば、人間関係であんなに苦労せずに済んだのに。
「よし、終わりました。次で最後ですね」
「もう?」
思わず尋ねると、セイルはふふ、と笑った。
「アイリスさんのおかげで、集中して作業できるんですよ」
胸の奥が、じんと温かくなる。
「……セイルは、今までどういう人と仕事を?」
「そうですね……特定の誰かと長く組んだことはないんです」
視線を落としたセイルが、小さく笑う。
どこか、諦めてしまったような笑い方だった。
「僕は詠唱が遅くて。速さを求められる現場では、置いていかれることが多いんです」
アイリスは黙ってその横顔を見つめた。
この人もまた、ままならないことに苦しんできたんだ。
──パートナーは、セイルでもいいかもしれない。
真面目で、穏やかで、周りを振り回すこともない。
安全を重視し、安定して依頼をこなせる。
そんな未来が一瞬見えた。
「練習したら、きっと速く詠唱できるようになるよ」
気づけば、そう口にしていた。
「頑張ります」
セイルが柔らかく笑い返す。
その笑顔に、ふっと肩の力が抜けた。
*
突き当たりの部屋に、地下へ続く階段があった。
これで合流できる。
迷いなく足を向けたアイリスの腕を、セイルが掴む。
「彼らなら無事ですよ。むしろ、僕たちが不用意に動く方が危険です」
真剣な眼差し。
だが、アイリスは静かに首を振った。
「でも、放っておけない」
アレンは言っていた。地下の瘴気魔獣は、Sランク相当だと。
二人きりで対処するのは、リオでも難しいかもしれない。
「二人とも強いんですから、魔獣の方は任せましょう」
任せる。
その言葉にぴくりと反応してしまう。
「……そんなの、違う」
いつの日か、リオが言った言葉が脳裏をよぎる。
それは押し付けだ。
「仲間だから──助けたい。ただ、それだけなんだよ」
リオなら、きっとそうする。
セイルが再び止めようとした瞬間、アイリスはすでに階段へと足を踏み出していた。
一瞬、穏やかな未来を思い描いた。
けれど──心は、もう決まっていた。
離れてしまった手を、もう一度繋げるだろうか。
指先には、まだ温もりが残っている気がした。
確信がなくても、結論は変わらなかった。




