第3話 落ちていく距離
翌日。
リオを除いた三人で、一階の食堂で朝食をとっていた。
パンを裂く音だけが、静かに響く。
ミレーユが肘をついたまま唇を突き出す。
「もう。リオはどこに行ったのよ」
アイリスは一瞬だけ視線を向け、すぐに手元のスープを見た。
あの人は隠密と索敵が得意なのだ。本気で隠れられれば、見つけられるはずがない。
「昨夜は帰ってきませんでしたが、大丈夫ですかね」
セイルも心配そうに言う。
居心地の悪い場所に、帰りたくなんてないだろう。
「どうせ、どこかの屋根の上で寝て……」
つい、そう言いかけたアイリスは、視線を感じて口を閉ざした。
ミレーユが悔しそうに睨んでくる。
──要らないことを言ってしまった。
せっかくの朝食が、味気なく感じられた。
*
ミレーユの案内で、アイリスたちは目的の遺跡の入り口にやって来た。
偶然見つかったと言われるだけあって、うっかりぶち抜いてしまった天井から、地下の遺跡に入る。
ミレーユとセイルに続き、着地したアイリスが辺りを確認していた、その時だった。
「アイリス。昨日は大丈夫だったか?」
「ひっ!」
突然、耳元で声が聞こえて、アイリスは悲鳴を上げた。
すぐに手で口を押さえて振り返る。
リオが少し目を見開き、体を起こす。
「ごめん、近すぎたか?」
「いえ、私も油断してました」
前方へ目を向けると、ミレーユとセイルが会話しているのが見えた。
まだリオには気づいていないようだ。
「かくれんぼは成功ですか?」
「ああ。部屋にまでやってきて……おかげで、屋根の上で一晩過ごすことになった」
リオがどこか疲れたように息をつく。
予想通り過ぎて、アイリスは小さく笑った。
「どうするんですか?」
小声で問いかけると、リオは少しだけ口元を引き締め、視線を逸らした。
「……適当にやる。君はセイルを守ってあげてほしい」
「……わかりました」
ミレーユがリオに気づき、すぐにその距離がゼロになる。
アイリスはそっと目を逸らした。
セイルの元へ歩み寄ると、彼も困ったように眉を寄せている。
「……僕たちで、依頼を完遂しましょう」
「そうだね」
セイルがゆっくり詠唱し、杖の先に光の球を浮かべる。
照らし出された石造りの遺跡を、二人で先に歩き出した。
*
魔獣の気配は、地下深くにあった。
だが、今回の依頼は調査と討伐だ。まずは調査をと、今いる階層を隅々まで調べていく。
最近、人が雑に踏み入った形跡があった。
アレンが言っていた“上層階は荒らされた”という言葉を思い出す。
ついでに罠にもかかってくれれば良かったのに、奥までは踏み込んでいないのか多くが残っていた。
罠はアイリスが即座に無効化し、セイルは広げた手帳にメモを取っていく。
「古代語……読めたらいいのですが」
壁には古代文字が刻まれている。
わからない文字を写すのも、それはそれで大変だ。
アイリスはメモを覗き込む。
十分綺麗に写せているように見えた。
「戻ったら、魔法局で解読してもらおう」
「そうですね」
時折出てくる魔獣は、ミレーユが蹴散らしていた。
アイリスたちは引き続き調査に専念する。
「さっさと終わらせて、帰るわよ」
ミレーユがつかつかと先へ進む。
そして魔獣を倒すたびに、自慢げにリオを振り返る。
「ミレーユさん。この遺跡は古い。足元を確認しながら……」
「あら!今名前を呼んでくれたわね!」
リオが口元に微笑を浮かべたまま、頬をヒクリと引きつらせた。
アイリスはもはや、色々な感情を通り越して、ミレーユに尊敬の念すら感じ始めていた。
「あたしに任せて!遠くの敵だって、全部射抜いてやるわよ」
そのままリオの心臓まで射抜く勢いだ。
ミレーユが踵で勇ましく床を蹴った。
石畳が軋み、石の一片が抜け落ちた。
衝撃の波が周囲に広がる。
「嘘でしょ!?」
叫び声もろとも、地下に吸い込まれる。
近くにいたリオの足元も崩れる。
リオがちらりと肩越しに振り向いた。無事を確かめるように、ほんの一瞬だけ。
次の瞬間、彼は抵抗もせず、崩れる床の方へと身を委ねていった。
砕ける石の音とともに、暗い空間の底へと姿が消える。
アイリスとセイルは、ぽかんとその様子を眺めるしかなかった。




