第2話 ぽかんと空いた場所
馬車での移動は、とても居心地が悪かった。
ミレーユはリオにべったりで、隙間がほとんどないほど体を寄せ、積極的に話しかける。
リオは無下にせず、微笑を浮かべて言葉を返していたが、その眉間はわずかに寄せられたままだった。
先輩の女性狩人なのだ。本当は色々と話を聞きたかったのに、話しかけようとすると睨まれて取り付く島もない。
アイリスは俯いた。
膝の上で拳をぎゅっと握り、震えを抑えた。
隣に座ったセイルが、外の港街の景色を指さして話しかけてくれる。
「見てください、あの帆船。風を受けて気持ちよさそうですね」
その瞬間だけ、胸のざわつきが少し和らいだ。
アイリスは小さく息をついた。
でも胸の奥には、まだぽかんと空いた場所が残っていた。
*
交易と芸術の香りが漂う港街、オルフェリア。
大陸東方に位置し、“風が詩を運ぶ街”とも呼ばれている。
大理石の尖塔と、色鮮やかな絹布が彩る街並みは、昼も夜も静かな調べを奏でていた。
曲線的な街路、風鈴や水路、花や絹の装飾──知らない文化に溢れ、目を奪われる。
だが、宿屋では、また一悶着あった。
ミレーユが二部屋でよいと言い出したのだ。
「ミレーユさん。さすがに僕も同意しかねます」
セイルが柔らかくたしなめる。
ミレーユがリオの腕に抱きつき、その胸を押し付けた。
「どうしてよ。あたしたちもいい歳よ、よくある話でしょ」
「それは、互いの同意があってのことです」
それはそうだ。
リオに視線を向けると、困ったように眉を寄せている。
アイリスは胸の奥で何かがざわつくのを感じた。
悔しいような、寂しいような──複雑な感情が胸をかすめる。
「悪いけど、俺はゆっくり休みたい」
リオがそっと腕を引き抜く。
「あら。私と一緒の方が、“ゆっくり”休めるわよ」
アイリスは思わず震えた。
──これが、大人の女性か。
セイルがため息をつく。
「僕とリオさんは同室として。お二人はどうしますか?」
「私も……」
「三部屋とってちょうだい」
アイリスは眉尻を下げてミレーユを見たが、目すら合わせてくれない。
唇を噛みしめる。
少し涙がこぼれそうになった。
*
リオとゆっくり話したかった。
でも、すぐにどこかへ行ってしまったらしい。
せっかく仲良くなれたと思っていたのに、少し距離を感じる。
小さな寂しさが芽生えた。
ミレーユはリオを探しに街へ繰り出していった。
宿屋に残されたアイリスとセイルは、一階の食堂で、沈痛な面持ちでテーブルを囲んでいた。
「これ……大丈夫なのかな」
アイリスは項垂れながら呟いた。
アレンもまさか、人間関係で問題が起こるとは思ってもいなかっただろう。
「ミレーユさんは……気持ちが先走るタイプなんでしょうね」
苦笑するセイルの言葉に、何も返せなかった。
理解していた──ミレーユはリオを“そういう”対象として見ている。
だから候補とはいえ、リオと組む自分が邪魔なのだと。
胸の奥がじんわりと痛み、心に小さな影を落とす。
「でも、僕としては光栄ですよ。アイリスさんに憧れていたので」
アイリスは顔を上げる。
セイルの無垢な笑みに、少し心が洗われた。
体の力も、自然と抜ける。
「あんな人たちは放っておいて、おいしいものでも食べようか」
「そうしましょう」
珍しく酒を注文し、少しだけ気を紛らわせた。




