第1話 古代遺跡の影
依頼を終えて戻ったアイリスとリオは、休む間もなく新たな呼び出しを受けていた。
向かった先は、狩人本部の奥にある──狩人の長、アレンの執務室。
扉を開けた瞬間、空気が張りつめる。
アイリスは自然と背筋を伸ばし、唇を引き結んだ。
机の縁に軽く腰を掛けたアレンが、静かに二人を迎える。
今年で四十歳になるらしいが、そうとは思えぬ若々しさ。
隣で肩の力を抜いて立つリオが息子だと知っていても、いまひとつ実感が湧かなかった。
淡い金髪に、鋭い蒼の光。
瞳の色を除けば、まるでリオがそのまま歳を重ねたようだった。
ただ、その眼差しは、リオのものよりもずっと鋭く厳しい。
「新しく遺跡が見つかった。Aランク狩人の報告によれば、地下に強力な瘴気魔獣の姿も確認されている。二人には、遺跡の調査と魔獣の討伐を依頼したい」
リオが手を上げる。
「古代遺跡、ですか?なぜ今になって?」
「街の下に隠れていたそうだ。先日、建設中に、偶然発見された」
アレンが眉間を押さえる。
「クラウン家の横入りがあって、上層階は荒らされたらしい」
「クラウン家?」
聞いたことのない名前に、アイリスはつい口を挟んでしまう。
アレンが深くため息をつく。
「グランゼリアにおける古くからの系譜で、一目置かれている存在だ。権威は“理由なく”認められ、伝統と格式が重んじられている」
「唯一、家名がある家系なんだ」
リオが補足してくれる。
王冠区と同じ名前だと思った。
アレンの視線がアイリスへと移る。
「古代遺跡のことは知っているか?」
「はい。三百年前──竜の時代に栄え、滅んだ文明の遺跡ですよね」
“竜とリュミナの物語”。
子どもの頃、何度も読み返した絵本の情景が脳裏に浮かぶ。
アレンは人差し指と中指を立てる。
「古代遺跡は二種類に分かれる。碑文のある無害なもの、そして罠に満ちた危険なもの。今回見つかったのは後者だ」
危険な遺跡──それなら、リオが呼ばれるのも当然だ。
胸の奥に、かすかな不安が灯る。
「しかも瘴気魔獣は推定Sランク。お前たちだけでは些か危険と判断したため、四人で向かってもらう」
空気がひやりとした。
──四人。
アイリスの指先がわずかに震える。
リオが半歩、前へ出た。
「残りの二人は?」
「一人は遺跡の調査を担当したAランク、ミレーユ。もうひとりは聖導士のセイルだ」
二人とも、聞いたことのない名前だった。
「どちらも腕は確かだ。すぐに連携も取れるだろう」
そこまで言って、アレンは一度口を閉じた。
小さく息をつき、こちらを見て、目元を緩める。
「お前たちの実力なら心配はいらないだろうが──油断するな。気を付けて行ってこい」
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
──期待されている。
絶対にやり遂げよう。
そう心に刻み、アイリスは深く頷いた。
*
狩人本部の受付前で、アイリスたちは新しい仲間と合流した。
灰銀の髪に水色の瞳──清潔感のある青年が一歩前へ出る。
白と金のローブをきっちり着こなしており、几帳面な印象を受けた。
「セイルです。光魔法と炎魔法が使えます。よろしくお願いします」
穏やかな笑みと礼儀正しさに、緊張が少しほどけた。
一方、ミレーユはまるで対照的だった。
黒髪に紅の瞳。自信に満ちた笑みを浮かべる。
黒地に赤をあしらった戦闘服。
深いスリットから覗く脚線が、アイリスにはひどく大人びて見えた。
「Aランク、ミレーユ。武器は弓よ、よろしく」
その視線が、リオに向かう。
「リオだ。ランクはS。剣と、魔法を少々」
リオが柔らかい微笑を浮かべて答える。
どこが“少々”だ、とアイリスは心の中で突っ込んだ。
「アイリスです。Aランク。剣と、氷魔法を使います」
「知っていますよ。霜華の剣姫さん」
セイルに笑顔で言われ、アイリスは思わず声を詰まらせて咳き込みそうになる。
「何、それ……」
「二つ名、知らなかったんですか?」
セイルがくすりと笑う。
本人も知らない二つ名があってたまるか。
アイリスは唇を震わせる。
「黎閃のリオさんとも一緒に組めるなんて、光栄です」
「うわ、俺もあるのか」
リオが苦笑する。
「二つ名って、勝手に決まるものなんですか?」
納得がいかなくて。そっとリオに尋ねると、リオは小さく肩をすくめる。
「……かもしれない。それより、いいな。アイリスの方はそれっぽくて」
「何言ってるんですか。リオさんの方がシンプルで羨ましいです……」
顔が熱い。
──霜華の剣姫なんて、恥ずかしくて悶えそうだ。
「オルフェリアは遠いわ。早く向かいましょ」
ミレーユがリオの腕を取り、こちらを一瞥する。
その鋭い視線に、アイリスは思わず目を丸くした。
「そんなに急ぐ必要は……」
眉を寄せたまま引っ張られていくリオ。
その瞬間、アイリスの胸がちくりと痛んだ。
なぜだろう──少しだけ、心がざわつく。
二人の背中を見送り、アイリスはそっと額を押さえた。
自分でも知らなかった感情が、静かに息をし始めていた。




