第2話 月灯りの杯
石造りで重厚な城塞都市、グランゼリア。
都市そのものがひとつの国のような存在で、商業・学術・信仰のすべてが集まる。
上空から見ると、四つの扇を抱いた大円のような街並みが広がっている。
アイリスは西の市場区の一角にある“月灯りの樽”という店に来ていた。
端の席でぼうっとしながらグラスを握っていると、店に入ってきたサラがすぐに気づいて駆け寄ってくる。
「アイリス……大丈夫?」
首を傾げるサラの髪が流れる。
「……うん、お疲れさま」
笑顔を浮かべたが、うまく笑えている自信はなかった。
サラが手早く食事を注文してくれる。
グラスを合わせて乾杯するが、アイリスはすぐにそのグラスをテーブルに置く。
「せめて……手際が悪いとか、実力が無いとか。そういう理由だったら頑張れるのに……」
ずっと頭の中に浮かんでいた言葉が、ぽろりとこぼれる。
改善する余地のない理由を挙げられれば、どうすればいいかわからない。
「アイリスはAランク。その実力に文句を言われる筋合いはないよ」
サラが真剣な顔でそう言ってくれた。
それだけでも、少し心が救われる。
「私の方こそ、ごめん。狩人のことはともかく、聖導教会の人となると、どうしても情報が少なくて」
アイリスは首を横に振る。
「ううん。本当に、いつも……ありがとう」
視界が滲んで、アイリスは俯く。
サラのせいじゃない。全部、自分のせいなのだ。
向かいに座るサラが、アイリスの頬を両手で包む。
そのまま顔を持ち上げられた。
真っすぐな瞳と目が合う。
「全部、向こうが悪いんだよ」
穏やかな声は、そこまで。
次の瞬間──声を張り上げた。
「付き合わなきゃパートナーにならないとか言うカス、アイリスを飾り扱いする見栄クズ、あげく色ボケで話ひっくり返す女!──ほんっとうに、ろくな奴がいない!」
サラがテーブルを掌で強く叩く。
……そんな人もいたな。と遠い目をしてしまう。
「どうして、誰もアイリスのことをわかってくれないの……!」
ぐっと唇を噛むサラの目元に涙が滲む。
アイリスは、ふっと表情を緩めた。
「……私、もうサラがいてくれたら、それでいいや」
「何言ってるの!きっといい人がいるよ!ほら、例えば……」
誰のことを思い浮かべたのか、サラの表情がすんと真顔になる。
思わず、アイリスは尋ねる。
「どうしたの?」
サラの口元が一瞬ひきつった。
「意外といいコンビ……?でも、アイリスまで被害に遭ったら……」
その言葉に、背筋がぞくりとする。
アイリスはぶるりと震える。
「ちょっと。変な人、紹介しないでよ」
被害……って何?
胡乱げな目を向けるが、サラは明るく笑う。
「大丈夫、無い無い。さ、今日は嫌なこと忘れて飲むよ!」
その笑顔に、アイリスも頬を緩める。
二人はグラスをぶつけ合い、静かな夜に小さな笑いを響かせた。




