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陽に咲く氷華  作者: 無名の記録者
第3章 心の連鎖
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第9話 拳ひとつの距離

 相変わらず、すごい。

 何が起こったのか、もはや全く理解できなかった。


 だが、アイリスはすぐ我に返り、眉間の皺を深める。


「リオさん!」


 怒り混じりに呼ぶと、リオが振り返った。


「トロッコ!今回は結果としてよかったですが、今度やったら氷漬けにしますからね!」


 脅したつもりだった。

 それなのに、リオは嬉しそうに笑う。


「いつでもやってくれていい。興味がある」


 開いた口が塞がらなかった。

 唇を噛み、ゆっくり俯く。拳がわなわなと震える。


 一発……いや、三発くらい殴っても許されるのではないだろうか。


 怒りをぶつけようと顔を上げたアイリスは、思いのほか近くにリオが居て、息をのむ。


 リオが柔らかく目を細め、片方の掌をこちらに向けて持ち上げる。

 その手を見つめ、ため息が漏れた。


 でも、楽しかったのも事実だ。

 少し眉を寄せたまま、アイリスも手を持ち上げ、リオの掌をぺしりと叩いた。


 *


 瘴気魔獣が巣食っていたここが、どうやら最奥らしい。

 アイリスはリオと相談しつつ、壁や天井の弱そうな地盤に氷の柱を埋め込む。

 支柱の破壊も忘れない。


「この調子で戻ろう。魔力は……大丈夫だな」


 アイリスは頷いた。


「帰りは俺が道案内する」

「お願いします」


 新しい氷柱を打ち込みながら答える。


 歩き出したリオが、ふいに足を止めてしゃがむ。

 何かを拾ったようだ。


「これ、綺麗だな」


 カルヴォナイトのようだった。

 リオの瞳に似た、翠色の輝きが小さく瞬く。


「自画自賛ですか?」


 からかうように声をかけると、リオは視線を横に流す。


「君、俺のこと嫌いなのか?」


 その顔を見て、少しだけ冗談を言いたくなった。


「どちらかというと好きですよ。尊敬もしてます。Sランクなので」


 地面に転がる石を蹴りながら答えた。

 リオが立ち上がり、歩き出す。


「……まだトロッコの件を怒ってるのか」


 アイリスは後ろからついていく。


「怒ってませんよ。リオさんで遊んでるだけです」

「なお質(たち)が悪いな。ああ、そこにも頼む」


 指で示された位置に氷柱を埋め込む。


 そうして縦穴のところまで戻ってきた二人は、上を見上げる。


「どうやって上りましょうね……」


 氷で階段を作ることも、氷柱で押し上げることもできる。


「駆け上がればいいじゃないか」

「また冗談を……」


 リオがひょいと、黒ローブの男三人を魔法で持ち上げた。

 二つの魔法陣に挟まれ、宙に浮かぶ男たちが足をバタつかせる。


 ほぼ同時に、体が浮く。

 これで二度目だ。

 目の前の地面を見て、反射的に腰を抱える腕を叩く。


「人をすぐ、荷物みたいに……!」


 リオが地を蹴った。

 縦穴の壁に足をつけ、螺旋状に駆け上がる。


 手足が後ろに引かれる感覚と共に、地面が遠ざかる。

 残された光魔法の光源が小さくなる。


 力強い腕に支えられ、揺れる体をリオが受け止めてくれるたび、不思議と怖さよりも安心が勝っていく。

 次第に息が整い、心も軽くなる。


 ──わあ、すごい。


 あっという間に縦穴の上に着いた。

 リオにゆっくり下ろされ、足が地面につく。


「……ありがとうございます」


 礼は伝える。

 だが一言、言わせてほしい。

 アイリスはリオをじっとりと見上げた。


「……確認してからだと反対されるから、確認しないでやってしまおうとか。思ってませんよね」

「まさか」


 リオがにっこりと笑った。


 その肩を拳で軽く殴る。


「ここも地盤が弱そうですね」

「ん、頼む」


 埋め込まれた氷柱が天井に亀裂を走らせ、小さな石片がパラパラと落ちる。

 坑道の出口はすぐそこだった。


 *


 外から坑道を見つめ直す。

 リオが片手を軽く振ると、坑道の奥で緑が光った。


 空気がうねり、一番近い氷柱が断裂した。

 亀裂は次々に連鎖し、岩と氷の軋む音が坑道に響き渡る。


 振動が地面を伝い、小石が散り、粉塵が舞い上がる。

 視界がかすみ、息が一瞬詰まった。


 遅れて崩落の轟音。

 地面がかすかに揺れ、体が宙に浮くような感覚がする。

 口元に無意識に力がこもる。


「依頼完了、ですね」


 アイリスは坑道を見つめ、深く息を吐く。


「ああ。帰ろうか」


 傍らで宙に浮かぶ黒ローブたちの顔色は悪い。

 リオの動きに呼応する魔法陣に振り回され、ひとりはすでに胃の中身を吐いていた。

 親切なリオが洗浄魔法をかけていたので、汚れは残らない。


「村で馬車が拾えるといいんですが」

「だめだったら、また走るか」

「いいですね」


 視界の端で黒ローブたちが必死に首を振るが、二人は揃って無視して歩く。


 ふと気づけば、並んで歩く距離がいつの間にか縮まっていた。

 最初は人ひとり分はあったはずの間隔が、拳ひとつほどしかない。

 特に意識したわけでもない。ただ、それが自然に感じられるようになっていた。


 ──この距離が、絆と呼べる日は来るのだろうか。


 風が静かに、二人の間を抜けていく。


 その解は、すぐには得られそうになかった。

 でも、今はただ心地よかった。

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