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陽に咲く氷華  作者: 無名の記録者
第3章 心の連鎖
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第7話 狂騒のレール

 奥へと進んでいたアイリスたちは、予想外の物を見つけて足を止めた。


 それは古びたトロッコだった。

 規則正しく並ぶ枕木とレールには、黒い苔がびっしり張りついている。


「移動に使えそうだ」


 リオが人差し指を軽く折り、トロッコを何度か叩く。


 アイリスは片眉をわずかに上げた。

 トロッコもだが、レールの劣化も激しい。


「……壊れかけのトロッコに乗るなんて、正気ですか?」

「楽しそうだろ?」


 リオが笑顔で言った。


 自然と眉が寄る。


「あなたの“楽しそう”は信用できません」

「ひどいな」

「依頼が最優先です」


 そもそも、魔獣の気配を追いながら移動しないといけない。

 トロッコでは決まった方向にしか進めないではないか。


「歩きますよ。このままだと今日中に終われないかもしれな──」


 足を踏み出した瞬間、体が浮いた。

 リオがひょいとアイリスの胴を抱え、トロッコに乗り込む。


「なっ、やめ……!」


 ガチャリとブレーキが外れ、トロッコがゆっくりと走り出す。


 ポイと投げ出されたアイリスは、縁を掴んで体を起こし、真顔でリオを見返す。

 しかし、リオは悪戯っぽい笑みを浮かべるだけだった。


 ──この、好奇心バカ男……!


 アイリスの心の叫びだけが響く。


 下り坂のせいで、トロッコは加速し続ける。

 頭上を吹き抜ける風に、アイリスは膝を抱えて身を小さくする。


 進行方向を確認するリオは膝をつき、楽しそうに笑いながら言った。


「やってみると案外楽しくて、他のことなんてどうでもよくなるだろ?」


 アイリスは思わず目を丸くした。

 怒り半分、呆れ半分。でも……なんだか少し、温かい気持ちになった。


 時折、リオが魔法で分岐を切り替える。

 ガチャン、と切り替わる音と、レールと車輪が擦れる音が響いた。


 アイリスも縁から顔を覗かせる。


 風圧で目はしっかり開けられないが、すごい迫力だった。

 耳元で風がヒューと鳴る。

 少しだけ、心が跳ねる。


「あ」


 リオの小さな呟き。


 アイリスは振り返った。

 面白い物でも見つけたのかと思った──だがリオが無造作に持つ金属の棒を見て、さっと血の気が引く。


「それ……」


 見覚えがあった。

 最初に外したブレーキ。

 それは、まさにリオの手の中にある物と同じ形状をしていなかったか。


「ごめん、壊れた」

「あなたが壊したんでしょうが!」


 トロッコの暴走は止まらない。

 突然の浮遊感に、アイリスはリオの背後を見て小さく悲鳴を上げた。


 レールが途切れている──つまり今、空を飛んでいるのだ。

 下を見て青ざめる。

 そこには奈落が広がっていた。


「いやーーー!!」


 思わず叫び、身を屈めた。

 トロッコが着地する衝撃と、激しい金属音が響く。


「戻ったな」


 リオの妙に落ち着いた声が、今はただ憎らしい。


 トロッコが何かを砕いた。

 ──バキリ!

 背後に飛んでいく木片には“封鎖区画”という文字が刻まれていた。


 気が遠くなりそうだった。

 だが、アイリスの正気を保たせたのは、突然の錆びた鉄の匂いだった。


 再びトロッコが宙に浮く。

 そこは、これまでで一番広い空間だった。


 リオがすぐに光魔法で空間を照らし出す。

 見覚えのある瘴気魔獣が、闇の中で蠢いていた。

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