第7話 狂騒のレール
奥へと進んでいたアイリスたちは、予想外の物を見つけて足を止めた。
それは古びたトロッコだった。
規則正しく並ぶ枕木とレールには、黒い苔がびっしり張りついている。
「移動に使えそうだ」
リオが人差し指を軽く折り、トロッコを何度か叩く。
アイリスは片眉をわずかに上げた。
トロッコもだが、レールの劣化も激しい。
「……壊れかけのトロッコに乗るなんて、正気ですか?」
「楽しそうだろ?」
リオが笑顔で言った。
自然と眉が寄る。
「あなたの“楽しそう”は信用できません」
「ひどいな」
「依頼が最優先です」
そもそも、魔獣の気配を追いながら移動しないといけない。
トロッコでは決まった方向にしか進めないではないか。
「歩きますよ。このままだと今日中に終われないかもしれな──」
足を踏み出した瞬間、体が浮いた。
リオがひょいとアイリスの胴を抱え、トロッコに乗り込む。
「なっ、やめ……!」
ガチャリとブレーキが外れ、トロッコがゆっくりと走り出す。
ポイと投げ出されたアイリスは、縁を掴んで体を起こし、真顔でリオを見返す。
しかし、リオは悪戯っぽい笑みを浮かべるだけだった。
──この、好奇心バカ男……!
アイリスの心の叫びだけが響く。
下り坂のせいで、トロッコは加速し続ける。
頭上を吹き抜ける風に、アイリスは膝を抱えて身を小さくする。
進行方向を確認するリオは膝をつき、楽しそうに笑いながら言った。
「やってみると案外楽しくて、他のことなんてどうでもよくなるだろ?」
アイリスは思わず目を丸くした。
怒り半分、呆れ半分。でも……なんだか少し、温かい気持ちになった。
時折、リオが魔法で分岐を切り替える。
ガチャン、と切り替わる音と、レールと車輪が擦れる音が響いた。
アイリスも縁から顔を覗かせる。
風圧で目はしっかり開けられないが、すごい迫力だった。
耳元で風がヒューと鳴る。
少しだけ、心が跳ねる。
「あ」
リオの小さな呟き。
アイリスは振り返った。
面白い物でも見つけたのかと思った──だがリオが無造作に持つ金属の棒を見て、さっと血の気が引く。
「それ……」
見覚えがあった。
最初に外したブレーキ。
それは、まさにリオの手の中にある物と同じ形状をしていなかったか。
「ごめん、壊れた」
「あなたが壊したんでしょうが!」
トロッコの暴走は止まらない。
突然の浮遊感に、アイリスはリオの背後を見て小さく悲鳴を上げた。
レールが途切れている──つまり今、空を飛んでいるのだ。
下を見て青ざめる。
そこには奈落が広がっていた。
「いやーーー!!」
思わず叫び、身を屈めた。
トロッコが着地する衝撃と、激しい金属音が響く。
「戻ったな」
リオの妙に落ち着いた声が、今はただ憎らしい。
トロッコが何かを砕いた。
──バキリ!
背後に飛んでいく木片には“封鎖区画”という文字が刻まれていた。
気が遠くなりそうだった。
だが、アイリスの正気を保たせたのは、突然の錆びた鉄の匂いだった。
再びトロッコが宙に浮く。
そこは、これまでで一番広い空間だった。
リオがすぐに光魔法で空間を照らし出す。
見覚えのある瘴気魔獣が、闇の中で蠢いていた。




