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陽に咲く氷華  作者: 無名の記録者
第3章 心の連鎖
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第6話 黒衣の影

 歩き出してすぐ、アイリスは足を止めた。

 前方に、気配が三つ。


「これは……人?」


 アイリスはリオを振り返る。


 リオも訝しげに眉を寄せた。


「俺たち以外に調査に来るという話は?」

「聞いてないです」


 つまり、狩人の関係者ではない。


 二人は慎重に距離を詰める。

 ひゅう、と耳元で風が鳴った。


 ──風?

 閉ざされた空間で、空気が動く。


 嫌な予感がした。

 アイリスはリオに告げる。


「風魔法で、この先の空気を外へ吹き飛ばせますか?」

「どのくらい?」

「前方の人影までと、そこから同じくらい先まで」

「了解」


 リオが掌を掲げ、空気を巻き上げる。


 かすかなざわめきが耳を打ち、砂埃が舞ったその瞬間。

 アイリスは息を止めて駆け出した。


 少し先に、開けた空間。

 跳ねるようにその場へ躍り出ると、敵の姿が目に飛び込んできた。


 黒いローブをまとった男たち。

 覆面で顔を隠している。


 アイリスはギリ、と奥歯を噛んだ。

 まさか、こんな場所にまで。


 剣を半ば抜くや否や、柄でみぞおちを突く。

 一人が沈み、空気を切る音が耳に残る。

 返す動作で二人目の首筋を叩き、身体を捻る。

 振り返る間もなく、最後の一人の後頭部へ踵を叩き込んだ。


 風がひと鳴り、三人の身体が同時に崩れ落ちた。


 鞘にカチリと剣を戻す。

 アイリスは柄に手を添えて、息を吐いた。


 壁際に、腹を上に向けて転がる鼠がいた。

 そっと足先でつつく。

 眠っているようだ。


 黒ローブの男たちが眠らせる魔法か何かを仕掛けたのだろうか。

 だが、リオが吹き飛ばしてくれたおかげで、こちらに影響はなかった。


 他に問題がないことを確認していると、リオが走ってくる。

 アイリスの足元で昏倒している黒ローブたちを見て、眉を寄せた。


「手慣れているようだったけど、知ってる相手か?」

「彼らの依頼主とは腐れ縁ですね。魔法収集家らしいのですが、私が氷魔法の最後の使い手だからと、定期的にこうやって」


 アイリスは淡々と答え、黒ローブのポケットに入っていた手紙を取り出す。

 少し迷ってから、中身を見ずにリオに差し出した。


「……俺が読んでいいのか?」

「いいですよ。どうせ、ろくなことが書いてないので」


 リオは手紙を受け取ると、封を切り、文面を追う。

 最初は眉をひそめ、やがて表情が硬くなる。

 眉間の皺が深く刻まれていく。


「随分熱烈な求婚……いや、これはそんな綺麗なものじゃない」


 リオの声は低く、押し殺されていた。

 言葉の端が、わずかに震えている。


「……通報すべきだ」

「していますよ、衛兵に」


 ただし、衛兵では戦力的に対処できない。


「狩人に依頼を出した方がいい」

「毎回誘拐未遂で終わっているので、処理してもらえませんでした」


 リオが言うように、あくまで熱烈な求婚とみなされてしまう。

 サラにはどうしようもないと泣きながら謝られた。

 フィオナが裏で調査を進めてくれているが、いまだに足掛かりすら掴めていない。


「……人の価値を、才能を生むための材料みたいに扱うのか」


 ざわりと、空気が張り詰める。


 アイリスはそっと目を閉じた。


「もう慣れました」


 結局、自分の身は自分で守るしかないのだ。


 リオはわずかに拳を緩め、親指と人差し指で手紙をつまむ。

 そのまま、視線の高さまで掲げた。


「これは、俺が預かっていても?」


 アイリスは頷いた。

 正直、視界にも入れたくなかった。


 リオは封を閉じ、収納袋にしまう。

 どこか遠くを見据えるその目が、静かに揺れていた。


 三人は捕縛しておき、帰りに回収して衛兵に届けることにした。


 リオは黙ったまま、黒ローブたちを柱に縛り付ける。

 縄がギチギチと、無言の怒りのような音を立てていた。

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