第6話 黒衣の影
歩き出してすぐ、アイリスは足を止めた。
前方に、気配が三つ。
「これは……人?」
アイリスはリオを振り返る。
リオも訝しげに眉を寄せた。
「俺たち以外に調査に来るという話は?」
「聞いてないです」
つまり、狩人の関係者ではない。
二人は慎重に距離を詰める。
ひゅう、と耳元で風が鳴った。
──風?
閉ざされた空間で、空気が動く。
嫌な予感がした。
アイリスはリオに告げる。
「風魔法で、この先の空気を外へ吹き飛ばせますか?」
「どのくらい?」
「前方の人影までと、そこから同じくらい先まで」
「了解」
リオが掌を掲げ、空気を巻き上げる。
かすかなざわめきが耳を打ち、砂埃が舞ったその瞬間。
アイリスは息を止めて駆け出した。
少し先に、開けた空間。
跳ねるようにその場へ躍り出ると、敵の姿が目に飛び込んできた。
黒いローブをまとった男たち。
覆面で顔を隠している。
アイリスはギリ、と奥歯を噛んだ。
まさか、こんな場所にまで。
剣を半ば抜くや否や、柄でみぞおちを突く。
一人が沈み、空気を切る音が耳に残る。
返す動作で二人目の首筋を叩き、身体を捻る。
振り返る間もなく、最後の一人の後頭部へ踵を叩き込んだ。
風がひと鳴り、三人の身体が同時に崩れ落ちた。
鞘にカチリと剣を戻す。
アイリスは柄に手を添えて、息を吐いた。
壁際に、腹を上に向けて転がる鼠がいた。
そっと足先でつつく。
眠っているようだ。
黒ローブの男たちが眠らせる魔法か何かを仕掛けたのだろうか。
だが、リオが吹き飛ばしてくれたおかげで、こちらに影響はなかった。
他に問題がないことを確認していると、リオが走ってくる。
アイリスの足元で昏倒している黒ローブたちを見て、眉を寄せた。
「手慣れているようだったけど、知ってる相手か?」
「彼らの依頼主とは腐れ縁ですね。魔法収集家らしいのですが、私が氷魔法の最後の使い手だからと、定期的にこうやって」
アイリスは淡々と答え、黒ローブのポケットに入っていた手紙を取り出す。
少し迷ってから、中身を見ずにリオに差し出した。
「……俺が読んでいいのか?」
「いいですよ。どうせ、ろくなことが書いてないので」
リオは手紙を受け取ると、封を切り、文面を追う。
最初は眉をひそめ、やがて表情が硬くなる。
眉間の皺が深く刻まれていく。
「随分熱烈な求婚……いや、これはそんな綺麗なものじゃない」
リオの声は低く、押し殺されていた。
言葉の端が、わずかに震えている。
「……通報すべきだ」
「していますよ、衛兵に」
ただし、衛兵では戦力的に対処できない。
「狩人に依頼を出した方がいい」
「毎回誘拐未遂で終わっているので、処理してもらえませんでした」
リオが言うように、あくまで熱烈な求婚とみなされてしまう。
サラにはどうしようもないと泣きながら謝られた。
フィオナが裏で調査を進めてくれているが、いまだに足掛かりすら掴めていない。
「……人の価値を、才能を生むための材料みたいに扱うのか」
ざわりと、空気が張り詰める。
アイリスはそっと目を閉じた。
「もう慣れました」
結局、自分の身は自分で守るしかないのだ。
リオはわずかに拳を緩め、親指と人差し指で手紙をつまむ。
そのまま、視線の高さまで掲げた。
「これは、俺が預かっていても?」
アイリスは頷いた。
正直、視界にも入れたくなかった。
リオは封を閉じ、収納袋にしまう。
どこか遠くを見据えるその目が、静かに揺れていた。
三人は捕縛しておき、帰りに回収して衛兵に届けることにした。
リオは黙ったまま、黒ローブたちを柱に縛り付ける。
縄がギチギチと、無言の怒りのような音を立てていた。




