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陽に咲く氷華  作者: 無名の記録者
第3章 心の連鎖
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第4話 地下の暴威

「常じゃなくても、たまに情報を更新すればよくないですか?」


 少しばかり情けない声が出た。


「うん、いいって言ってあげたいんだけど──」


 突然、足元の感覚が消えた。

 腰に強い腕が回り、視界が一気に流れる。

 何が起きたのかわからないまま、アイリスの体は風を切って後方へ引かれていた。


 気づけば、先ほどまで立っていた場所の地面が割れていた。

 巨大な爪が宙を薙ぐ。


 それは、土竜(もぐら)のように見えた。

 だがその皮膚は爛れ、あちこちから骨が突き出し、濁った赤黒い瞳がギョロリとアイリスを射抜く。


 ──瘴気魔獣だ。


 強烈な錆びた鉄の匂い。

 アイリスは咄嗟に口元を押さえた。そうしないと、胃の中身が込み上げてきそうだった。


 眩い白銀の光が坑道を照らす。

 大きく緻密な魔法陣が宙に浮かび、辺りを清浄な光で満たす。

 瘴気魔獣はもがくように絶叫し、匂いがすぐに薄れた。


「大丈夫か?」


 落ち着いたリオの声。


 アイリスは細かく頷く。

 腕が震えていた。


 瘴気魔獣は、遠目にしか見たことがなかった。

 こんなに、おぞましい見た目をしているのか。


 轟音を響かせ、魔獣がまた地面に潜る。

 上下左右から音が聞こえて、アイリスは目を見張った。

 速すぎる。


 リオの視線が走る。

 そしてまた、アイリスを抱えたまま跳んだ。


 壁から瘴気魔獣が飛び出し、開いた顎を閉じた。

 空を噛んで、忌々しそうにこちらに目を向けてくる。


 アイリスは思いっきり息を吸った。

 素早く詠唱し、自分の頭の上に拳ほどの氷の塊を作る。

 そしてそれを、少し勢いをつけて己の頭に叩き落とした。


 氷が割れて、冷たい水と、ほんの少しの赤が流れる。


「何をして……!」


 驚くリオの腕を掴み、アイリスは足に力を込めた。

 立ち上がると、スラリと細剣を抜く。


「頭を冷やしました。すみません、もう大丈夫です」


 返事がない。

 剣を構えたまま振り向くと、リオがぽかんと口を開けていた。


 ──何、その顔。……ちょっと可愛い。

 心の中で、そんなことを呟いてしまう。


「ああ、いや、うん。そうか」


 謎の返事も付いてくる。


「地面や壁に潜られると厄介ですね」


 アイリスは前方へ視線を戻す。

 そこには既に、魔獣の姿はない。


 空間把握を捨て、瘴気魔獣の気配だけに集中する。

 詠唱──壁に氷の槍を突き立てるが、手応えはない。


「俺が誘うから、その隙に攻撃できるか?」


 できなくはない。でも、また逃げられるかもしれない。


「次に頭を出したら、氷で足止めしてみます」

「任せた」


 アイリスは頷き、詠唱を始める。

 同時に気配も探る。頭が鈍く痛む。


 リオがアイリスから距離をとり、挑発するように地面を踵で蹴った。

 破壊音と共に、ビシリと亀裂が走る。


 ──リオの頭上が割れ、土砂と共に瘴気魔獣が落ちてきた。


 アイリスは即座に魔法を発動した。

 天井ごと魔獣を凍らせ、落ちかけていた魔獣の体が止まる。


「さすがだ!」


 リオが柄へ手を掛けた。

 その時だった。


 ──バキン。


 魔獣が氷を砕いた。

 大きな体を限界まで捻り、捕縛から抜け出す。

 そしてまた、地面に潜る。


「くっ……」


 リオは腕を顔の前へ上げ、降り注ぐ石や氷から顔をかばった。


 ──逃した!


 瘴気魔獣は土の中をところ構わず暴れ回り、天井からぱらりと砂礫が落ちる。

 まずい、このままだと崩れる。


 崩落はすぐに始まった。

 アイリスは慌ててリオに叫ぶ。


「リオさん、一度引きましょう!」

「ああ──」


 こちらに駆けてくるリオの後ろに、赤い光が見えた。

 考える間も無く、体が動いていた。


 剣を手に、地面を強く蹴った。

 リオと瘴気魔獣の間に体を滑り込ませ、その爪を受け、流す。

 肩に強烈な痛みが走った。

 だが、負けじと剣を突き刺す。


 ──轟音。

 崩れた岩が坑道を埋める。


 剣先に伝わったのは、魔獣を貫いた感触ではなかった。

 目の前の岩に突き刺さった剣を見て、アイリスは眉を寄せた。


 逃げられてしまった。

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