第4話 地下の暴威
「常じゃなくても、たまに情報を更新すればよくないですか?」
少しばかり情けない声が出た。
「うん、いいって言ってあげたいんだけど──」
突然、足元の感覚が消えた。
腰に強い腕が回り、視界が一気に流れる。
何が起きたのかわからないまま、アイリスの体は風を切って後方へ引かれていた。
気づけば、先ほどまで立っていた場所の地面が割れていた。
巨大な爪が宙を薙ぐ。
それは、土竜のように見えた。
だがその皮膚は爛れ、あちこちから骨が突き出し、濁った赤黒い瞳がギョロリとアイリスを射抜く。
──瘴気魔獣だ。
強烈な錆びた鉄の匂い。
アイリスは咄嗟に口元を押さえた。そうしないと、胃の中身が込み上げてきそうだった。
眩い白銀の光が坑道を照らす。
大きく緻密な魔法陣が宙に浮かび、辺りを清浄な光で満たす。
瘴気魔獣はもがくように絶叫し、匂いがすぐに薄れた。
「大丈夫か?」
落ち着いたリオの声。
アイリスは細かく頷く。
腕が震えていた。
瘴気魔獣は、遠目にしか見たことがなかった。
こんなに、おぞましい見た目をしているのか。
轟音を響かせ、魔獣がまた地面に潜る。
上下左右から音が聞こえて、アイリスは目を見張った。
速すぎる。
リオの視線が走る。
そしてまた、アイリスを抱えたまま跳んだ。
壁から瘴気魔獣が飛び出し、開いた顎を閉じた。
空を噛んで、忌々しそうにこちらに目を向けてくる。
アイリスは思いっきり息を吸った。
素早く詠唱し、自分の頭の上に拳ほどの氷の塊を作る。
そしてそれを、少し勢いをつけて己の頭に叩き落とした。
氷が割れて、冷たい水と、ほんの少しの赤が流れる。
「何をして……!」
驚くリオの腕を掴み、アイリスは足に力を込めた。
立ち上がると、スラリと細剣を抜く。
「頭を冷やしました。すみません、もう大丈夫です」
返事がない。
剣を構えたまま振り向くと、リオがぽかんと口を開けていた。
──何、その顔。……ちょっと可愛い。
心の中で、そんなことを呟いてしまう。
「ああ、いや、うん。そうか」
謎の返事も付いてくる。
「地面や壁に潜られると厄介ですね」
アイリスは前方へ視線を戻す。
そこには既に、魔獣の姿はない。
空間把握を捨て、瘴気魔獣の気配だけに集中する。
詠唱──壁に氷の槍を突き立てるが、手応えはない。
「俺が誘うから、その隙に攻撃できるか?」
できなくはない。でも、また逃げられるかもしれない。
「次に頭を出したら、氷で足止めしてみます」
「任せた」
アイリスは頷き、詠唱を始める。
同時に気配も探る。頭が鈍く痛む。
リオがアイリスから距離をとり、挑発するように地面を踵で蹴った。
破壊音と共に、ビシリと亀裂が走る。
──リオの頭上が割れ、土砂と共に瘴気魔獣が落ちてきた。
アイリスは即座に魔法を発動した。
天井ごと魔獣を凍らせ、落ちかけていた魔獣の体が止まる。
「さすがだ!」
リオが柄へ手を掛けた。
その時だった。
──バキン。
魔獣が氷を砕いた。
大きな体を限界まで捻り、捕縛から抜け出す。
そしてまた、地面に潜る。
「くっ……」
リオは腕を顔の前へ上げ、降り注ぐ石や氷から顔をかばった。
──逃した!
瘴気魔獣は土の中をところ構わず暴れ回り、天井からぱらりと砂礫が落ちる。
まずい、このままだと崩れる。
崩落はすぐに始まった。
アイリスは慌ててリオに叫ぶ。
「リオさん、一度引きましょう!」
「ああ──」
こちらに駆けてくるリオの後ろに、赤い光が見えた。
考える間も無く、体が動いていた。
剣を手に、地面を強く蹴った。
リオと瘴気魔獣の間に体を滑り込ませ、その爪を受け、流す。
肩に強烈な痛みが走った。
だが、負けじと剣を突き刺す。
──轟音。
崩れた岩が坑道を埋める。
剣先に伝わったのは、魔獣を貫いた感触ではなかった。
目の前の岩に突き刺さった剣を見て、アイリスは眉を寄せた。
逃げられてしまった。




