第2話 忘れられた坑道
馬車を降り、草深い丘の間を抜けると、古びた坑道の入り口が目に入った。
石で組まれたアーチは黒ずみ、所々に苔が張り付いている。
入り口の奥は闇に閉ざされ、何も見えない。
風に乗って、湿った土の匂いが漂った。
「……見事なまでの廃坑だ」
低く呟いたリオの声が、風のざわめきに溶けていった。
坑道の前には、古い木の柵と、朽ちかけた看板が立っていた。
“立入禁止”の文字はほとんど読めないが、有無を言わせぬ存在感はまだ残っている。
アイリスは深呼吸した。
静寂が重くのしかかり、足元の小石の音さえも大きく響く。
ここから先は、確かに異質な空気が漂っている。
リオが軽く頷き、一歩を踏み出す。
アイリスも早速、薄く魔力を広げて索敵を開始する。
影が奥へ吸い込まれるように、坑道の闇が二人を飲み込んでいった。
*
坑道の中は真っ暗だった。
リオが手を掲げると、小さな光の玉が浮かび上がった。
「綺麗ですね」
炎魔法で炎の球を作ろうとしたアイリスは、詠唱を止める。
火、風、水以外の属性は、適性が無いとまったく使うことができない。
アイリスが羨望の目を向けていることに気づいたのか、リオが頬を緩める。
「俺は、氷魔法も相当有用だと思う」
「そうですかね……」
絶対に光魔法の方が有用だと思う。
だが、結局は無いものねだりなのかもしれない。
アイリスたちは、地図に載っていた簡易昇降機に辿り着いた。
当然のことながら、壊れていて機能していない。
「どうしましょうね」
アイリスは膝に手をつくと、縦穴を覗き込んだ。
相当深そうだ。
「普通に飛び降りればいいんじゃないか?」
同じく覗き込んでいたリオが、そのあたりの石を拾ってポイと放った。
石を放り投げてから穴の底にぶつかるまで、時間がゆっくり溶けた。
四秒余りの静寂のあと、遅れて──コンと音が響く。
「結構深いな」
「行けます?」
「俺はね」
リオが顎に手を当て、ちらりとこちらを見る。
「アイリスは……」
そっと掌を向けて、リオの言葉を遮る。
「今、魔法を使わない前提で話してます?」
「そんなわけないだろ。俺のことを、なんだと思ってるんだ」
リオが不服そうに眉を寄せた。
アイリスはほっと息をつく。
「まあ、壁を使えばできなくはないけど……」
──できるのか。
そっと穴に視線を戻す。
「一定間隔で段差を作ることはできます」
試しにひとつ、人がひとり乗れるほどの氷の台を壁に設置する。
「魔力がもったいない。最後だけ風魔法で勢いを和らげた方が、早いし堅実だ」
「私はそこまで、風魔法使えませんよ?」
アイリスが返すと、リオは笑みを浮かべる。
「俺が抱え──」
「結構です」
食い気味に返し、アイリスは穴の底を指差す。
「先に降りてください。私が落ちる時に、風で衝撃を和らげてくれると助かります」
「……了解」
リオがわずかに肩を落とす。
「冗談だったのに……」
そんな小言が聞こえ、思わず笑いそうになって──やめた。




