第1話 魔力を視る瞳
この日、アイリスとリオは狩人本部に呼び出されていた。
今回は狩人組織からの直接依頼だった。
受付のサラが、内容を説明していく。
「放棄された古い坑道に、瘴気の淀みが見つかりました。瘴気魔獣も確認されたため、討伐と浄化をお願いします」
「わかった」
アイリスは頷いた。
背後では、次の依頼を待つ狩人たちの声が飛び交っている。
いつものざわめき──けれど、今回はどこか張りつめた空気があった。
洞窟などは、瘴気が溜まりやすいことで有名だ。
こうした話は、たまに耳にする。
だがやはり、瘴気と聞くと緊張が走るのも事実だった。
「坑道内の地図です。確認された瘴気魔獣は、種類は未特定です。ただ、素早く、調査に赴いていたBランクの狩人が対処できなかったことから、仮でAランクと定められました」
依頼書には、Aの文字が大きく書かれている。
「放棄されているなら、埋めてしまえばいいんじゃないのか?」
リオが地図を見下ろしながら言った。
サラが苦笑する。
「かつて、かなりの宝石が採掘できた有名な鉱山なんです。採掘量が減った後も、持ち主がなかなか決断できず」
アイリスは眉を寄せた。
その決断の遅さのせいで、とばっちりを喰らったと。
「今回の件で、正式に鉱山の封鎖が決まりました。討伐と浄化後、吹き飛ばしていただいて大丈夫です」
リオがぱっと顔を上げる。
その表情が少し嬉しそうで、アイリスは咄嗟にリオの腕を小突いた。
え、吹き飛ばしていいの?そう言っているようにしか見えない。
「うん、埋めときます」
アイリスはしっかり訂正しておいた。
*
目的の坑道までは、馬車で数日を要した。
坑道に着く前日。
宿のリオの部屋で、二人はテーブルの上の坑道の地図を眺めていた。
「随分と整ってますね」
地図を見る限り、分岐は多いが、構造自体はかなり整っている。
「これなら、一日とかからず終わりそうだ」
リオが口元に笑みを浮かべる。
アイリスも頷いた。
「索敵は使えそうですか?」
「ああ。洞窟系は魔力の放出方向が限られているから、むしろやりやすい」
そこまで言って、リオが何か思いついたように小さく口を開いた。
嫌な予感がした。
「そうだ、アイリスにやってもらおう」
アイリスは怪訝な目を向けた。
「どう考えても、慣れてるリオさんの方が……」
「俺の伝えた鍛え方、実践してるだろ?」
言葉に詰まった。
──なぜバレている。
「アイリスの魔力量なら、絞って使えば、戦闘に支障が出ないくらいで済む」
頬にじわりと熱がこもる。
「……私の魔力量まで把握してるんですか?」
自分の魔力量を把握するのも難しいのに、他人のものとなればなおさらだ。
余程の魔力を放たれでもしない限り、推し量ることなどできない。
思わず一歩下がって少し距離を取ると、リオは静かに笑う。
「俺の眼は、少し特殊らしい。人より魔力がよく視えるんだ」
──ああ、それで。
普通は目を凝らさないと見えないが、リオにはそれが常に見えているらしい。
つまり、わざわざ凝視していたわけではないのだ。
一瞬強張っていた肩の力が、ふっと抜けた。
アイリスは話を戻す。
「それで、私が気づけなかったらどうするんですか?」
「その時は、俺が責任を取る」
リオがすっと真面目な顔になった。
変な声が出そうになって、飲み込む。
いや、きっと言い出した責任をとって、しっかり戦ってくれるということだろう。そうに違いない。
「わかりました、やってみます」
息をついて、地図を丸めた。
その地図をリオに渡した。だが、リオは手を出さない。
「君が持っているといい」
「いえ、大丈夫です。大体覚えましたので」
もう一度ぐっと差し出すと、リオが受け取る。
アイリスが自室に戻ろうと踵を返しかけた時、リオが小さく声を漏らした。
「あ。良かったら洗浄魔法を使うか?」
アイリスは足を止めてリオに向き直る。
「なんですか?それ」
「早い、確実、快適が売りな魔法だ。体と服を一気に洗える」
アイリスは瞬きをした。
なんだ、その便利な魔法は。
「使いたいです。何をすればいいですか?」
少しワクワクする。
じっと待つが、なぜか言い出したリオが、人差し指を立てて右手を持ち上げたまま固まっている。
さすがに不思議に思い、首を傾げる。
「……リオさん?」
リオは手を下ろすと、収納袋から紙とペンを取り出した。
すごい速さで何やら魔法陣を書き上げると、アイリスに渡してくる。
「これを使うといい、魔力を込めるだけだから」
アイリスは紙を受け取り、眉を寄せた。
「リオさんがパッとやってくれれば、いいじゃないですか」
リオが視線を逸らせる。
「いや……さすがにそれは申し訳ない」
「何がですか?」
ますます訝しい目をしてしまうアイリスの肩を、リオが押す。
「ほら、戻って部屋で使うといい」
そのまま廊下に押し出され、アイリスは眉を寄せたまま振り返る。
「……ありがとうございます」
「また、感想を聞かせてくれると嬉しい」
リオが笑みを浮かべる。
だったら、今やってくれればすぐに伝えられるのに。
アイリスは再び首を傾げながら、自室に戻った。
洗浄魔法の感想としては、最高だった。
今度、やり方を聞いてみよう。
そんなことを考えながら、灯りを落とした。




