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陽に咲く氷華  作者: 無名の記録者
第2章 信頼の始まり
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18/50

幕間 サラ

 行きつけの店、月灯りの樽で、サラは声を震わせた。


「どうして、誰もアイリスのことをわかってくれないの……!」


 唇を噛む目元に、涙が滲む。

 この世にはろくな奴がいない──そんな気持ちが、胸の奥から溢れ出た。


 *


 受付嬢になったばかりの頃。

 失敗続きのサラを助けてくれたのが、当時Bランクのアイリスだった。


 夜、すっかり静まり返った狩人本部。

 依頼書の記述を間違え、上司に怒られ、泣きながら居残りで修正していた。


 署名をもらい直さなければならない。

 だが、担当の狩人はすごく怖そうで、それだけでまた涙がこぼれそうになる。


「……どうしたの?」


 澄んだ声に、ハッと顔を上げる。

 受付の向こうに、少女が立っていた。


 思わず涙が引っ込む。


 柔らかいミルクティー色の髪に、ハニーブラウンの瞳。腰には剣を差している。

 狩人なのだろう。だが、武骨な人が多い狩人とは思えない、繊細な人だった。


「新人さん?……ああ、この人の担当なんだ」


 少女が苦笑する。


「この人、顔は怖いけど、優しいから。大丈夫だよ」


 その視線が、走り書きだらけのメモに落ちる。

 小さく眉がひそめられた。


「新人用の手順書があるはずだけど、もらってない?」


 その問いに、サラは我に返る。


「あ……はい。そんなのがあるんですか?」


 知らなかった。


 少女が眉間に皺を寄せる。


「あの人、新人の担当をよく任されるのに、すぐに大事なことを忘れるんだよ」


 なんと。上司は、かなりいい加減な人だったらしい。


「……ありがとうございます。明日、聞いてみます」

「うん。応援してるよ」


 少女は微笑んで、踵を返す。

 扉をくぐって建物を出るまで、サラはその背をじっと見つめていた。


 *


 翌日。無事に手順書がもらえた。

 最初からこれを寄越せ、本気でそう言いたくなった。


 だが、起こる問題がすべて手順書で解決できるわけではない。


 *


 サラは受付で遠い目をしていた。

 目の前には、狩人。

 Bランクでそれなりに実力はあるが、女にだらしないことで有名だった。


「サラちゃん、今日は何時に終わる?よかったら夕食でも……」


 勤務中の受付嬢を誘うのは、厳禁だ。

 規則本の該当ページを開いて、その顔に叩きつけてやりたくなる衝動に駆られる。


「今は勤務中です。他の方の迷惑になりますので、用が済んだ方はどうぞ向こうへ」


 手で外を示すが、男はへらへらと笑う。


「質問してるだけじゃん。なあ、いいだろ?」


 ──うざい。

 張り付けた笑顔の奥で、何かがピキリと割れそうになる。


 その時だった。


「邪魔です」


 聞き覚えのある声が響いた。

 視線を向けると、あの少女が立っていた。


「げ、アイリス」


 男の顔が引きつる。

 少女が横目で、鋭く睨んだ。


「彼女に用があります、どいてください」

「は!?他の受付に行けよ!」


 少女は静かな瞳で男を見据えた。


「フィオナさん、呼びますよ」


 その一言で決着がついた。

 男は顔を歪め、脱兎のごとく逃げ去る。

 少女はすぐに掲示板の方へ向かい、礼を言う暇もなかった。


「あら。アイリスさん、さすがね」


 ちょうど戻ってきた先輩受付嬢が、サラの後ろで言った。


「私も助けてもらったわ……」


 振り返ると、先輩は懐かしそうに目を細めていた。

 その後も、少女は幾度となく助けてくれた。


 *


 サラは、アイリスという少女と仲良くなりたいと、心から思った。

 受付嬢と狩人。立場上推奨されない付き合いだが、ある日、思い切って直球でお願いした。


 アイリスは目を見開き、やがて頬を緩めた。


「私の方こそ、ぜひ。友達に、立場は関係ないもんね」


 その日、サラは自宅で小躍りするほど喜んだ。


 *


 深呼吸するサラ。

 目の前には、狩人の長(マスター)の執務室があった。


 長(マスター)たるアレンと、その妻フィオナが本部に滞在する時間。

 それをなんとか調べ上げ、予定をもぎ取った。


 親友のためなら、なんでもできる。

 扉をノックして返事を待つ。


「どうぞ」


 低い声が返ってきた。


「失礼します」


 サラは扉を押し開け、中へ入る。

 戸をしっかり閉め、正面を向く。


 執務机に座って書類を捌くアレン。

 机の前のソファで紙を見ていたフィオナが顔を上げ、こちらを見つめる。


「Aランク狩人、アイリスさんのパートナーの件で、お願いがあって参りました」


 震える声で告げるサラ。

 アレンとフィオナの視線を浴び、サラは唾をのむ。


 公私を混同するな、と言われても仕方がない状況。

 ──それでも。


 次は、私の番だ。

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