第7話 守る者の沈黙
ふと、リオが店の入り口を見た。
「そろそろ出ようか」
宵時で、店は混み始めてきていた。
アイリスは立ち上がる。
「払います。たくさん話を聞かせてもらいましたし」
テーブルに、そっと金が置かれる。
「知識に貪欲なところはいいと思う。でも、二度も奢られるのは、俺が良しとしないかな」
余裕で二人分払える金額。
アイリスは驚いてその金を掴み、返そうとしたが、リオはもう店の戸をくぐるところだった。
してやられた思いだった。
だが、それほど懐に余裕があるわけではないのも事実だ。
ここは甘えさせてもらおう。そう思い、手早く会計を済ます。
外に出ると、少し離れたところにリオの姿が見えた。
駆け寄ろうとしたその時、リオの目の前に立つ人影に気づき、アイリスは慌てて建物の影に身を隠す。
そっと顔をのぞかせる。
そこにいたのは──以前、パーティーに誘ってきた狩人の男たちだった。
風に乗って、声が聞こえる。
「聞きましたよ。最近、アイリスの奴がリオさんに付きまとってるって」
アイリスは浅く息を吸った。
言葉の刃が、胸の奥に突き刺さるようだった。
「あいつ……あんな性格だから、とうとうパートナー候補すらいなくなったって話だぜ」
「それなのに、ランクを上げようとして……必死じゃあないか」
「リオさんも、さっさと候補なんてやめた方がいいですよ」
アイリスに背を向けて、男たちは笑った。
胸の奥が冷たく固まる。
手が震えた。
どうして、そこまで言われなくてはいけないのか。
──私の何を知って、彼らはこんなことを言うのか。
リオはずっと無表情のまま黙って聞いていたが、ゆったりと口元に微笑を浮かべた。
「……君たちは、人を見る目がない」
男たちが、ぽかんと口を開けたまま固まった。
「君たちのように平気で陰口を叩く人より。思慮深く、実力もある彼女の方が、よほど早くランクが上がるだろう」
胸の奥がじんと熱くなった。
込み上げるものを抑えきれず、口元に手を当てる。
「なんだと!?」
「このっ……!Sランクだからって、調子に乗るなよ!」
男の一人が怒りに任せてリオに殴りかかる。
だが、リオは片手でそれを受け止めた。
リオが静かに目を細める。
「狩人同士の私的な諍いは厳禁だ。理解しているか?」
手に力がこもり、男が呻き声を上げる。
「くそ!行くぞ!」
男たちはリオを睨みつけた。
その顔は怒りで赤く染まっている。
リオは手を離し、去っていく男たちを静かに見送った。
やがて、こちらへ視線を向けた。
思わず肩が震える。
凪いだ翠の瞳と目が合った。
隠れて聞いていたことは、とっくに気づかれていたらしい。
ゆっくりとリオに歩み寄る。
「……私がいるから、ああ言ったんですか?」
リオは少し眉を寄せ、視線を逸らす。
「君と彼らの問題だから、黙っているつもりだった。けれど、あれはさすがに言葉が過ぎる」
怒っているように見えた。
「君も君だ。隠れていないで、出て来て一発殴ってやればよかったんだ」
さっきの“私的な諍いは厳禁だ”はどこへやら。
アイリスはくすりと笑ってしまう。
「……ありがとうございます」
ほんの少し目を見開いたリオが、ふっと笑った。
その笑みに、胸の奥が静かに熱を帯びる。
信じること──それは強さか、それとも脆さか。
アイリスには、まだわからなかった。




