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陽に咲く氷華  作者: 無名の記録者
第2章 信頼の始まり
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第6話 静かな理解

 無事に白鹿を納品し、依頼を完了した。

 幸い大きめの個体だったようで、依頼主には大層感謝された。


 そして──

 アイリスは、月灯りの樽を訪れていた。

 目の前には、空になった皿が二つと、リオ。


「いい店だ、行きつけなのか?」


 アイリスはゆっくりと頷く。


 ……なぜこうなったのか。

 そうだ。空腹だから食事をしようという話になって──別行動するつもりだったのに、なぜかついて来た。


「さすがだな。今後も店を教えてほしい」

「……それは、構いませんけど」


 この男、知識の偏りがおかしい。

 普通の人が知らないようなことは何でも知っているのに、誰でも知っているようなことを知らない。


 本当に、変な人だ。


「この街に来て間もないんですか?」

「いや?ただ、ずっと書院区(アーカイブ)と錬環区(アルケイン)を行き来してた」


 狩人らしくないと思った。


 グランゼリアの東、書院区(アーカイブ)には学園がある。

 そして、南の錬環区(アルケイン)には魔法局がある。


 特に、学園。

 あそこは、自分のような一般人には雲の上のような場所だ。その門をくぐれる者は、決して多くない。


「あそこの学園、すごいですよね。毎年二十人しか新入生を受け付けてないとか」


 リオが苦笑する。


「しかも六年間在学しないとだから。卒業まで日中は学業もあって、大変だったんだ」

「え?」

「ん?」


 アイリスは苦笑を返す。


「まるで、卒業生みたいじゃないですか」

「卒業したてだよ」


 何事もないように言われ、アイリスはピシリと固まった。


 沈黙が落ちる。

 反応に困って、そっと飲み物を口に含んだ。


 よし、話を変えよう。


「そういえば、魔法陣ってどうやって使うんですか?」


 話題に困って、アイリスは素朴な疑問をぶつけてみた。


「方法は色々ある。紙を媒体にしてもいいし、もっと丈夫な何かに刻んでもいい。魔力を流すだけで、刻まれた内容が発動する」

「何回でも使用可能ですか?」

「刻んだ物の耐久力による。紙は一度きりだ」


 紙の魔法陣ですら、値段は決して安くない。

 アイリスは眉間をつまんだ。


 リオが静かに告げた。


「戦闘効率を上げるためというのも大きいけど。元々は、魔法をうまく使えない人の生活を豊かにするために作ったんだ」


 生活を、豊かにするために。

 結界の話を思い出して、アイリスは顔を上げるとリオを見つめた。


「どうして、そんなふうに人のために動けるんですか?」


 誰だって、自分のことで精一杯なのに。


「そんなつもりはない」


 杯を指先でゆるく揺らしていたリオが、視線を上げた。


「俺はただ、理想を現実にしたいだけだ。誰にでもできる。それは、すごく価値があることだろう?」


 リオがふっと儚げに笑う。


「……まあ、簡単なことではないけれど」


 アイリスも、頷いた。

 理想を現実にすること。

 それは本当に難しい。


「魔法陣に興味があるのか?」


 聞かれて、アイリスは首を横に振る。


「便利だとは思います。でも、他人の作った物に、命は預けられません」

「……そうか」


 魔法陣を否定するような言葉を言ってしまったのに。

 思いのほか優しい声が返って来て、アイリスはリオを見つめた。

 その瞳も優しさに満ちていて、心臓が跳ねる。


「と……特殊個体を吹き飛ばしたあれは、何を使ったんですか?」


 慌てて、話を戻す。


「……まだ言うのか、それ。まあいいけど……」


 リオが眉尻を下げる。

 小さくため息をついて、杯を置く。


「あれは媒体のないタイプだ。一番便利なのは、ここに入れることだから」


 リオは人差し指で自分の頭を軽く叩いた。


「覚えてしまえば、いつでも好きなタイミングで呼び出せる」


 アイリスは眉をひそめ、考え込む。

 簡単に言うが、あれを覚えるのは難しいだろう。


「自分で作ったんですか?」


 リオが頬を緩める。


「ああ、友人と一緒に」


 コップの中の液体に視線を落とす。

 自分で作ったものを覚えて自由に使えるなら、確かに便利かもしれない。

 そう思った。

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