第6話 静かな理解
無事に白鹿を納品し、依頼を完了した。
幸い大きめの個体だったようで、依頼主には大層感謝された。
そして──
アイリスは、月灯りの樽を訪れていた。
目の前には、空になった皿が二つと、リオ。
「いい店だ、行きつけなのか?」
アイリスはゆっくりと頷く。
……なぜこうなったのか。
そうだ。空腹だから食事をしようという話になって──別行動するつもりだったのに、なぜかついて来た。
「さすがだな。今後も店を教えてほしい」
「……それは、構いませんけど」
この男、知識の偏りがおかしい。
普通の人が知らないようなことは何でも知っているのに、誰でも知っているようなことを知らない。
本当に、変な人だ。
「この街に来て間もないんですか?」
「いや?ただ、ずっと書院区と錬環区を行き来してた」
狩人らしくないと思った。
グランゼリアの東、書院区には学園がある。
そして、南の錬環区には魔法局がある。
特に、学園。
あそこは、自分のような一般人には雲の上のような場所だ。その門をくぐれる者は、決して多くない。
「あそこの学園、すごいですよね。毎年二十人しか新入生を受け付けてないとか」
リオが苦笑する。
「しかも六年間在学しないとだから。卒業まで日中は学業もあって、大変だったんだ」
「え?」
「ん?」
アイリスは苦笑を返す。
「まるで、卒業生みたいじゃないですか」
「卒業したてだよ」
何事もないように言われ、アイリスはピシリと固まった。
沈黙が落ちる。
反応に困って、そっと飲み物を口に含んだ。
よし、話を変えよう。
「そういえば、魔法陣ってどうやって使うんですか?」
話題に困って、アイリスは素朴な疑問をぶつけてみた。
「方法は色々ある。紙を媒体にしてもいいし、もっと丈夫な何かに刻んでもいい。魔力を流すだけで、刻まれた内容が発動する」
「何回でも使用可能ですか?」
「刻んだ物の耐久力による。紙は一度きりだ」
紙の魔法陣ですら、値段は決して安くない。
アイリスは眉間をつまんだ。
リオが静かに告げた。
「戦闘効率を上げるためというのも大きいけど。元々は、魔法をうまく使えない人の生活を豊かにするために作ったんだ」
生活を、豊かにするために。
結界の話を思い出して、アイリスは顔を上げるとリオを見つめた。
「どうして、そんなふうに人のために動けるんですか?」
誰だって、自分のことで精一杯なのに。
「そんなつもりはない」
杯を指先でゆるく揺らしていたリオが、視線を上げた。
「俺はただ、理想を現実にしたいだけだ。誰にでもできる。それは、すごく価値があることだろう?」
リオがふっと儚げに笑う。
「……まあ、簡単なことではないけれど」
アイリスも、頷いた。
理想を現実にすること。
それは本当に難しい。
「魔法陣に興味があるのか?」
聞かれて、アイリスは首を横に振る。
「便利だとは思います。でも、他人の作った物に、命は預けられません」
「……そうか」
魔法陣を否定するような言葉を言ってしまったのに。
思いのほか優しい声が返って来て、アイリスはリオを見つめた。
その瞳も優しさに満ちていて、心臓が跳ねる。
「と……特殊個体を吹き飛ばしたあれは、何を使ったんですか?」
慌てて、話を戻す。
「……まだ言うのか、それ。まあいいけど……」
リオが眉尻を下げる。
小さくため息をついて、杯を置く。
「あれは媒体のないタイプだ。一番便利なのは、ここに入れることだから」
リオは人差し指で自分の頭を軽く叩いた。
「覚えてしまえば、いつでも好きなタイミングで呼び出せる」
アイリスは眉をひそめ、考え込む。
簡単に言うが、あれを覚えるのは難しいだろう。
「自分で作ったんですか?」
リオが頬を緩める。
「ああ、友人と一緒に」
コップの中の液体に視線を落とす。
自分で作ったものを覚えて自由に使えるなら、確かに便利かもしれない。
そう思った。




