第5話 静寂を裂く一閃
白鹿まで、あと十メートル。
ちょうど白鹿が耳を震わせた瞬間、足を止めた。
草陰から様子を伺う。
白鹿は尾をパタつかせながら草を食べていた。
気づかれないギリギリの距離。
リオの視線を受けて、アイリスは頷いた。
白鹿がこちらに背を向けた瞬間、リオが立ち上がった。
草むらを軽やかに飛び越えると、音もなく着地する。
そして白鹿に歩み寄る。
アイリスは目を見開いた。
白鹿は気づかない。
なおも無防備に草を食み続ける。
リオは静かに距離を詰めていく。
白鹿が首を持ち上げる。
気づかれた──そう思った瞬間だった。
リオの手が柄を握る。
瞬間、一条の光が閃く。
キン──と鞘が鳴る。
遅れて首が落ちる。
どさり、と白鹿が倒れた。
音が吸い込まれたように、森に静寂が戻る。
リオがそっと息を吐いた。
一瞬だった。
あまりに一方的。気づく間すら与えない速さ。
──すごい。
これが、Sランク。
白鹿へ歩み寄りながら、リオに声をかける。
「……Sランクの人たちが組んだら、世界征服とかできそうですね」
「なんだ、それ」
構えを解いたリオの声には、笑いが滲んでいた。
「そんなことして、どうするんだ」
アイリスは真面目に考える。
「例えば……好物を独占するとか」
振り向いたリオが少しだけ目を丸くした。
その口角が、楽しそうに上がる。
「いいね」
「いや、駄目ですよ!?」
冗談のつもりだったのに。
本気で独占されたら、抗いようがないではないか。
笑いながら、リオが白鹿の脇に膝をついて、手を差し出してくる。
なんのつもりだろう。
意図がわからずじっと見ていると、リオが顔を上げる。
「収納袋、貸してほしい」
「リオさんも持ってるじゃないですか」
咄嗟にそう返した。
別に貸すのは構わないが、どうして他人のものを。
「俺のは、生物が腐りやすいんだ」
何を言っているのか。
だがまあ、理由があるのなら仕方がない。
袋を渡すと、リオが白鹿の頭と体を収めていく。
「収納袋って、不思議ですよね。状態を保てる上に、明らかに容量を超えた物が入るの、おかしくないですか?」
なんとなくの雑談のつもりだった。
けれど、アイリスに袋を差し出しながら、リオは当然のように答える。
「空間魔法を活用しているからな。調整は大変だったけど、こうして便利に活用されてて何よりだ」
収納袋を受け取ったアイリスは首を傾げる。
──今、なんと?
「さて、帰ろうか。すぐ終わってしまうから、白鹿は楽しくないんだ……」
「待ってください、収納袋もリオさんが作ったんですか?」
思わずリオの服の袖を掴んで引っ張ると、リオが振り返る。
「ああ。俺ひとりで作ったわけではないけど」
結界、魔法陣、収納袋。
ありとあらゆる物に関わっているのか、この人は。
二年間依頼をこなせなかった──その理由を、ほんの少しだけ理解した気がした。
アイリスの頬を、一筋の汗が伝った。




