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陽に咲く氷華  作者: 無名の記録者
第2章 信頼の始まり
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第5話 静寂を裂く一閃

 白鹿まで、あと十メートル。

 ちょうど白鹿が耳を震わせた瞬間、足を止めた。

 草陰から様子を伺う。


 白鹿は尾をパタつかせながら草を食べていた。

 気づかれないギリギリの距離。

 リオの視線を受けて、アイリスは頷いた。


 白鹿がこちらに背を向けた瞬間、リオが立ち上がった。

 草むらを軽やかに飛び越えると、音もなく着地する。

 そして白鹿に歩み寄る。


 アイリスは目を見開いた。


 白鹿は気づかない。

 なおも無防備に草を食み続ける。


 リオは静かに距離を詰めていく。


 白鹿が首を持ち上げる。

 気づかれた──そう思った瞬間だった。


 リオの手が柄を握る。

 瞬間、一条の光が閃く。


 キン──と鞘が鳴る。

 遅れて首が落ちる。


 どさり、と白鹿が倒れた。


 音が吸い込まれたように、森に静寂が戻る。


 リオがそっと息を吐いた。


 一瞬だった。

 あまりに一方的。気づく間すら与えない速さ。


 ──すごい。

 これが、Sランク。


 白鹿へ歩み寄りながら、リオに声をかける。


「……Sランクの人たちが組んだら、世界征服とかできそうですね」

「なんだ、それ」


 構えを解いたリオの声には、笑いが滲んでいた。


「そんなことして、どうするんだ」


 アイリスは真面目に考える。


「例えば……好物を独占するとか」


 振り向いたリオが少しだけ目を丸くした。

 その口角が、楽しそうに上がる。


「いいね」

「いや、駄目ですよ!?」


 冗談のつもりだったのに。

 本気で独占されたら、抗いようがないではないか。


 笑いながら、リオが白鹿の脇に膝をついて、手を差し出してくる。


 なんのつもりだろう。

 意図がわからずじっと見ていると、リオが顔を上げる。


「収納袋、貸してほしい」

「リオさんも持ってるじゃないですか」


 咄嗟にそう返した。

 別に貸すのは構わないが、どうして他人のものを。


「俺のは、生物(なまもの)が腐りやすいんだ」


 何を言っているのか。


 だがまあ、理由があるのなら仕方がない。

 袋を渡すと、リオが白鹿の頭と体を収めていく。


「収納袋って、不思議ですよね。状態を保てる上に、明らかに容量を超えた物が入るの、おかしくないですか?」


 なんとなくの雑談のつもりだった。

 けれど、アイリスに袋を差し出しながら、リオは当然のように答える。


「空間魔法を活用しているからな。調整は大変だったけど、こうして便利に活用されてて何よりだ」


 収納袋を受け取ったアイリスは首を傾げる。

 ──今、なんと?


「さて、帰ろうか。すぐ終わってしまうから、白鹿は楽しくないんだ……」

「待ってください、収納袋もリオさんが作ったんですか?」


 思わずリオの服の袖を掴んで引っ張ると、リオが振り返る。


「ああ。俺ひとりで作ったわけではないけど」


 結界、魔法陣、収納袋。

 ありとあらゆる物に関わっているのか、この人は。


 二年間依頼をこなせなかった──その理由を、ほんの少しだけ理解した気がした。

 アイリスの頬を、一筋の汗が伝った。

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