第3話 ひとときの安らぎ
魔法陣屋には、魔法陣の納品のために立ち寄っただけらしい。
店を出たリオは、グッと背伸びをして空を見上げる。
「さて……何をしようか」
アイリスは呆れた目を向ける。
「暇なんですか?」
「いや……忙しすぎて手が回らなかったから、逆に何をすればいいか……」
そういえば、先ほども忙しいと言っていた。
アイリスは少し首を傾げる。
続きを待っていると、リオが口元に笑みを浮かべた。
だが、その目元には疲労が滲んでいた。
「実は母に、働きすぎだからと仕事を取り上げられたんだ」
「え……」
アイリスは絶句した。
母──つまりフィオナのことだ。
アイリスはフィオナをよく知っている。
狩人は圧倒的に男性の割合が多い。狩人の長の妻であり、かつSランクの狩人でもあるフィオナは、少ない女性狩人を気にかけてくれる穏やかで優しい人だ。
そのフィオナが、仕事を取り上げた。
それはとんでもないことだ。
「……どれだけ、詰め込んでたんですか」
知りたいような、知りたくないような。
アイリスは唾をのむ。
リオはのんびりと笑った。
「二年間、依頼をまったくこなせず、ランクを剥奪されそうになったくらいかな」
思わず短く悲鳴を上げる。
なんだ、その意味不明な理由と結果は。
ランクの剥奪?そんな言葉、初めて聞いた。
「狩人として働けと怒られてしまって。母も君のことを気にかけていたようだし、息抜きにちょうどいいだろうと。それで君のパートナー候補になった」
フィオナが、気にかけてくれていた──そのことに、アイリスは少し泣きそうになる。
「見損なったか?」
リオが、口元に笑みを浮かべて冗談っぽく言った。
アイリスは首を横に振る。
「リオさんは……立派な人だと思います」
それは本心だった。
周りの外面ばかりの人たちとは、まるで違う。
リオが嬉しそうに笑う。
「ありがとう」
アイリスはぼうっとリオを見つめた。
自分の言葉が、笑顔を呼んだ。
なんだろう。心が、とても軽くなった。
「いえ……私の方こそ、ありがとうございます」
この人のことがもっと知りたい。
そう思った。
*
まだ昼前なので、簡単な依頼を受けようという話になった。
狩人本部の掲示板の前で、アイリスは依頼書をじっと吟味した。
「これとか、どうだ?」
リオが笑顔で紙を差し出す。
薬草の採取依頼。依頼量は多いが、Dランクと書かれている。
アイリスは、勢いよくその紙を奪い取った。
「何、薬草取りにはまってるんですか!ランク上位者が見合わない依頼を奪うのは禁止です!」
「薬草……教えてもらったのに、結局ひとつしかできなかった……」
リオは名残惜しそうに、アイリスの手の中の紙を見つめる。
「俺、Sランク辞めようかな」
我慢できなかった。
「今度!私の前でそんなこと言ったら、一生口ききませんよ!」
「……ごめん」
Sランクになりたいと伝えたことを思い出したのか、リオは素直に謝る。
アイリスは掲示板に視線を戻す。
「これにしましょう」
白鹿肉の納品。Aランクの依頼だ。
リオがわずかに目を細めた。
どうやら、あまり乗り気ではないらしい。
「白鹿?もっと楽しそうなのを……」
「依頼は、楽しいか否かで選ぶものじゃありません」
ぴしゃりと言い切り、アイリスは受付に向かった。




