第2話 認めるということ
アイリスは、リオの背を追いながら、一つの疑問を口にした。
「どうして、許したんですか?」
あんな人、辞めさせれば話が早いのでは──そう思って尋ねる。
足を止めたリオが、アイリスを振り返る。
「許してはいない。以後、彼は俺にとって警戒すべき対象だ」
「だったら……」
リオは首を横に振る。
「新しい人材に変えても、いつかは起こるかもしれないことだ。だったら、釘を刺して二度目のチャンスを与えた方が、真面目な商売をする可能性が高い」
そんなものだろうか。
アイリスは少し納得がいかなかった。
だが、リオの先ほどの言動は優しさではなく、効率を優先した判断だと理解できた。
「とにかく、これで頑張れば買える価格になる」
リオが再び歩き出す。
少し間を置いて、アイリスは続ける。
「もっと……安くできないんですか?」
誰でも買えるようになれば、旅先で毎晩使えて安心できるのに、と。
「安すぎると、価値が下がる。簡単に手が届くようになると、人はそれに頼り切りになる。自衛ができなくなっては、本末転倒だ」
ざあっと、風が駆け抜ける。
儲けるためではなく、買う人のことを考えて値段設定をしている──。
アイリスは頬を緩めた。
「結界を作るの、難しいんですか?」
「それなりに。大量生産できないから、どちらにしても安くでは売れないんだ」
どこか困ったように笑うリオ。
なんだ、結局それが本音か──アイリスも小さく笑った。
*
特に行く当てもないのかと思いきや、次に向かったのは魔法陣屋だった。
通りの喧騒から少し離れた路地に、古びた石造りの店がある。
壁は灰色でところどころひび割れているが、不思議と清潔で、手入れの跡が見える。
小さな看板には“魔法陣屋”と彫られ、金の装飾も派手な色もない。
扉の取っ手は鉄製で、磨かれて鈍く光る。
またもや入ったことのない店に、アイリスはゴクリと唾を飲む。
だが、意を決してリオの後を追った。
店内は想像以上に明るかった。
並べられた魔法陣の見本は、一枚一枚几帳面に整えられている。
華やかさこそないが、職人の誇りが静かに息づいている──そんな空気をまとった店だ。
棚には用途ごとに分類された、丸まった紙の束がきっちり並んでいる。
「じい、いるか?」
リオが声をかけると、カウンターの奥からひょっこりと頭がのぞいた。
六十代前後の男性。
髪は灰混じりの黒で、無造作に後ろで束ねられている。手入れは最低限だが清潔感がある。
無精髭が少し残り、眼光は鋭いが、どこか静かだ。
服装は地味な灰茶の作業衣。袖口は黒ずんでいる。
「おう、リオ坊。久しいなあ」
目元に刻まれた深い皺が、笑顔でさらに深くなる。
「商品が届くから生きてるとは思っておったが、もう少し頻繁に遊びに来んかい」
リオは少し眉を下げて笑う。
「ごめん、忙しくて」
「まあ、そんなことだろうとは思っとったわい」
カウンター前の椅子に、リオが座る。
アイリスも一瞬躊躇い、間をひとつ置いて椅子に座った。
「ん?その子は?」
男性の目が、こちらに向く。
「俺のリーダー候補」
リオが端的に告げた。
アイリスは思わず弾かれたようにリオを見た。
「違いますよね。ただのパートナー候補、ですよね」
しれっと役割を盛らないでほしい。
リーダーになるなら、リオに決まっている。
リオが腰の袋から紙の束を取り出す。
どうやら、あれも収納袋らしい。
「俺はアイリスなら、指示に従ってもいいと思ったけど?」
さらりと告げられた言葉に、咄嗟に何も返せなかった。
ポカンと、リオを見つめてしまう。
「じい。頼まれてた魔法陣、このくらいでいいか?」
「……十分だが」
男性がたしなめるように眉を寄せる。
「リオ坊。思ったことをぽんぽん言う癖、やめい」
「え?」
リオが顔を上げ、こちらを見た。
「俺、何か変なこと言った?」
アイリスは唇を震わせる。
たった一日ほどしか過ごしていないのに、認めてくれている──それもSランクの狩人が。
うれしくて、今すぐサラに報告したかった。
だが、喜びをぐっと抑える。
「私が納得できないので、リーダーはリオさんです。そこは譲れません」
「……そうか?」
リオが首を傾げた。




