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陽に咲く氷華  作者: 無名の記録者
第2章 信頼の始まり
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第1話 無言の圧力

 朝。

 アイリスはベッドの上に座り、しばし呆然としていた。


 意識せず約束を取り付けたが、待ち合わせをして、同じ目的地に行く。

 まるでデートのようではないか。


 だがすぐに頭を振って否定する。

 あくまで経験を積みに行くだけだ。決してデートなどではない。


 いつもの戦闘服に身を包み、髪を少し丁寧に整える。

 ──はっと我に返る。

 櫛を握る手が、ほんのわずかに震えた。


「もう!」


 櫛を机に叩きつけ、手の震えを抑えた。

 何度か深呼吸して、気持ちを落ち着かせた。


 *


 狩人本部に少し早めに着くと、すでにリオの姿があった。

 何やら数人の少女に囲まれ、穏やかな微笑を浮かべながら対応している。


 胸の奥がざわつく。

 思わず手を握りしめ、軽く視線をそらす──少し、心がささくれ立った。

 耳にかすかに聞こえる笑い声や足音も、どこか遠く感じる。


 リオの翠の瞳がアイリスを捉えた。

 すぐに少女たちに何か告げ、アイリスの元へ歩み寄る。


「おはよう」

「……おはようございます」


 声がわずかに硬くなるのを、自分でも感じた。


「お話の途中だったみたいですけど……よかったんですか?」


 尋ねると、リオはゆっくりと瞬きをして、それからふっと笑みを浮かべた。


「ああ……少し声をかけられただけだから。行こうか」


 アイリスは頷き、リオの背後に目を向けた。


 少女たちが残念そうな顔をしているのが見えた。


 *


 結界屋は、狩人本部から少し離れた場所にあった。


 石畳の小路にぽつんと立つ店構え。

 木製の壁は深い緑に塗られ、ところどころ金の縁取りが施されている。

 入口の扉には豪華な鉄製の取っ手。通る者の目を引くが、どこか不釣り合いに威圧的だ。


 リオが店を見据える。

 その瞳には冷たさが混じる。


「俺の怠慢だ。忙しいからと、販売の確認を怠っていた」


 アイリスは眉を寄せる。

 何を言っているのだろう──。


 理解する間もなく、リオは店内に足を踏み入れた。


 薄暗い店内に、宝石のように輝く魔道具が所狭しと並ぶ。

 ほのかな光が天井から落ち、机や棚にきらめきを反射している。

 目を奪われるアイリスの横で、リオは淡々と歩く。


「いらっしゃいませ!」


 店の者が笑顔で振り返る。

 金糸で縁取られた豪華な上着がやや窮屈そうに体に張り付く。

 指には大小さまざまな宝石の指輪。手を動かすたび鈍い輝きを放つ。

 背筋はほどよく曲がり、笑顔の裏で相手の懐事情を探る視線が透けて見える。


 リオの目が、その男を静かに捉えた。


「これはこれは、リオ様!いつもお世話になっており……」

「店長。俺は、誰でも買える値段で売るように、と言い渡したはずだ」


 店内の空気がずしりと重くなる。

 圧迫感に、アイリスは慌てて足を踏ん張る。

 呼吸が少し詰まる。


 男は近くの棚に手をつき、必死にリオを見上げる。

 リオの表情は穏やかだ。だが、目はまったく笑っていなかった。


 リオがすぐそばの簡易結界魔道具を手に取る。


「これは、いくらかな?」

「さ……三万フィンです」

「値札には、三十万フィンと書いてある」


 十倍──!

 アイリスは息を呑み、目を見開いた。


 リオは冷静に店長を見据える。


「俺は一万フィンで卸しているはずだ」


 アイリスは思わずリオを見る。

 卸している──つまり、この人が結界の魔道具を作っているのか。

 目の前の光景が、少し現実離れして見えた。

 指先に力が入り、思わず手を握りしめる。


 店長は顔を青ざめさせ、汗をだらだらと流した。


 吹っかけすぎだ。なんて悪どい商売をしているのか。


「申し訳ありません!値札を付け間違えたんです、今すぐ全て修正します!」


 慌てて頭を下げる男。


 リオは目元を緩める。

 店内の圧迫感がわずかに和らいだ。


「それでいい。けれど、気をつけてほしい」


 男が恐る恐る顔を上げる。


 リオが微笑んだ。ただの笑みに、とんでもない迫力があった。


「次は、ない」

「はい!」


 男は即座に返事して、裏の店員を呼び、修正作業に取り掛かる。

 リオはその様子を静かに見守り、無言で店を後にした。

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