第9話 依頼完了の後で
食後、狩人本部へ向かった。
受付で依頼完了の手続きを済ませる。
「どうでした?」
書類を処理しているサラに問われ、アイリスは髪を弄る。
「悪くは……なかった」
色々あったし、結構楽しめた。
だが素直に認めるのは、少し癪だった。
唇をわずかに突き出すと、サラの笑みがふっと深くなる。
「……よかった」
優しさの滲む囁きに、胸がキュッと締まった。
「では、素材買取ですね。裏へお願いします」
「うん、わかった」
大人しく待っていたリオの元に戻る。
「素材を買い取ってもらうので、行きますよ」
「ん」
短い返事が返る。
アイリスはリオと共に、裏の買取所に向かった。
「買取、お願いします」
声をかけると、奥にいた職員が手を上げる。
「あいよー、そこの布の上に置いてくれるか?」
アイリスは、示された布の上で巾着型の収納袋をひっくり返す。
中からドサドサと兎型の魔獣が現れ、最後に重い音を立てて無残な死骸が乗った。
「お、特殊個体じゃねえか!」
手袋を付けてやって来た職員の顔に喜色が浮かぶ。
だがすぐに眉がひそめられた。
「……誰だ、こんな雑な倒し方したの」
リオがびくりと肩を跳ねさせる。
職員はその反応を見逃さなかった。
「リオさんともあろう方がなあ!特殊個体は素材としての価値も高いが、研究材料としても貴重なんだ!」
喝が飛び、リオの眉が下がる。
「次からは、ちゃんと頼むよ?」
リオはゆっくり頷いた。
*
買取価格は上々だった。
ほくほく顔のアイリスは、まだ少し落ち込んでいるリオを振り返る。
「明日はどうしますか?」
リオが顔を上げる。
「ああ……明日は、君だけで頼む」
自分の笑顔が固まるのがわかった。
ああ──また。
手を力無く下ろすと、俯く。
──私は、Sランクの人にすら愛想を尽かされるのか。
胃がぎゅっと捻られるような感覚に、思考がぐるぐる回る。
「用事があるんだ」
声に少し慌てたような響きが混ざる。
俯いた視界の中で、リオが一歩こちらへ踏み出した。
「結界屋に用があって……」
結界屋?
アイリスは顔を上げた。
そういえば、依頼中に結界の話をしていた。
「確認したいことがあるから、明日だけ別行動にしたい。俺の用に付き合う義理もないだろう?」
明日“だけ”、別行動。
アイリスはふっと息を吐いた。
なんだ、そういうことか。
──よかった。
安心の後、自然と好奇心が湧く。
「結界屋……私も、同行していいですか?」
普段は敷居が高くて、簡単には入れない場所。
どんな店だろう──純粋に興味があったし、いい機会だと思った。
「もちろん。ただ、少し嫌なものを見せるかもしれないけど……」
リオの顔に一瞬、影が差す。
アイリスは首を傾げる。
だがすぐに、リオは微笑を浮かべた。
「朝、狩人本部でいいか?」
「はい」
楽しみだ。
ふっと頬を緩める。
「送るよ。どこに滞在してるんだ?」
その言葉に目を見開き、すぐ首を横に振った。
「いえ、気持ちだけいただきます。大丈夫ですので」
剣に手を添えると、リオもアイリスの手元に視線を落とす。
「そうか。気をつけて」
「はい。ありがとうございました」
頷いたリオは踵を返し、去っていく。
──信じても、いいのだろうか。
その問いの答えを、風がさらっていった。
アイリスはリオの背を少しだけ見て、その場を後にした。
*
その日の夜、路地裏でアイリスは細剣を鞘に納める。
黒のローブを纏った男二人が、冷たい石畳に倒れていた。
月明かりに浮かぶ影が、わずかに揺れる。
無感情に見下ろす視線の奥で、心臓は静かに鼓動を刻む。
手慣れたもので、すぐに衛兵に連絡して、引き取ってもらった。
「アイリスちゃん。護衛雇わなくて、大丈夫かい?」
顔見知りの父ほどの歳の衛兵が、心配そうに眉を寄せる。
「はい、大丈夫です。私、これでもAランクなので」
微笑みながら剣を見せる。
それでもなお、衛兵の表情は変わらなかった。
「嫌な奴もいるもんだ……」
アイリスはふっと視線を落とし、諦めにも似た淡い笑みを浮かべた。
同感だった。




