第27話 美咲の選択
須藤の装置が、静かな光を放っていた。
「美咲さん」須藤は言った。「座ってください。楽な姿勢で」
美咲は床の上に座った。
剛造が隣に座った。
須藤は二人の間に装置を置いた。
「田島さん、美咲さんの手を取ってください」
剛造は美咲の手を取った。
美咲は剛造の手を握った。
冬の廃工場の中で、二人の手が繋がった。
「継承は、数分で終わります」須藤は言った。「田島さんの意識の核心部分が、美咲さんに移ります。田島さんは……その後、眠るように意識が静かになります」
「眠るように」美咲は繰り返した。
「はい。苦しくはありません。五郎さんが、そう設計しました」
美咲は剛造を見た。
「田島さん」
「なんだ」
「一つだけ聞かせてください」
「なんだ」
「田島さんは、この令和に来て……よかったですか」
剛造はしばらく黙っていた。
「よかった」
「なぜですか」
「お前に会えたから」剛造は静かに言った。「それだけで、十分だ」
美咲の目が、揺れた。
「田島さん」
「なんだ」
「私、田島さんのこと……家族みたいだと思ってました」
剛造はしばらく美咲を見た。
「……俺もだ」
美咲は泣きそうになった。こらえた。
「おじいちゃんと、田島さんと、私と。変な家族ですけど」
「変じゃない」剛造は言った。「本物だ」
須藤が言った。「始めます」
装置の光が、少し強くなった。
美咲は目を閉じた。
剛造の手を、強く握った。
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美咲の意識の中で、何かが始まった。
最初は光だった。
それから、映像が来た。
雪の降る新潟の農村。
貧しい家。父親の背中。母親の声。
子供の頃の剛造が、裸足で雪の中を走っている。
腹が減っている。しかし笑っている。
それから、東京。
戦後の焼け跡。ガリガリに痩せた人々。
青年になった剛造が、その中を歩いている。
「この国を、必ず豊かにする」
その言葉が、美咲の中に流れ込んできた。
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政治家になった剛造。
国会の廊下を歩く。
予算をつける。インフラを作る。新幹線が走り始める。高速道路が繋がる。農村に水路が引かれる。
全部、美咲の中に流れ込んできた。
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そして。
一人の男が現れた。
眼鏡をかけた、温和な笑顔の男。
「桐島五郎」と剛造が言った。
「田島さん」五郎が言った。「ようやく、ですね」
「お前のせいで、えらい目にあった」
「申し訳ありません」五郎は笑った。「でも田島さん、日本はまだ終わっていなかったでしょう」
「……そうだな」
「美咲のことを、ありがとうございました」
「礼を言うのはこっちだ」
五郎は微笑んだ。
「田島さん、美咲に言ってやってください。よくやったと」
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美咲の意識に、その言葉が届いた。
おじいちゃんの声だった。
美咲、よくやった。
美咲の目から、涙が流れた。
目を閉じたまま、泣いた。
おじいちゃんの声だった。
確かに、おじいちゃんの声だった。
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どれくらい経っただろう。
美咲はゆっくりと目を開けた。
工場の中に、光があった。
須藤が装置を止めていた。
御堂が壁にもたれて立っていた。
そして剛造が、隣に座っていた。
「田島さん」
剛造は目を閉じていた。
穏やかな顔だった。
「田島さん」
美咲は剛造の手を握った。
剛造の目が、ゆっくりと開いた。
「……美咲か」
「はい。美咲です」
「……終わったか」
「はい」
剛造は目を閉じた。また開けた。
「五郎に、会ったか」
美咲は頷いた。「会いました」
「なんと言っていた」
「よくやったと言っていました」
剛造は小さく、口の端を曲げた。
「あいつらしい」
「田島さん」
「なんだ」
「大丈夫ですか」
剛造はしばらく間を置いた。
「……少し、眠たい」
須藤が剛造の傍に来た。「田島さん、横になってください」
「俺は」
「横になってください」須藤は静かに言った。「五郎さんが言っていました。眠るように、と」
剛造は少し考えた。
それから、床に横になった。
美咲が隣に座った。
剛造は目を閉じた。
「美咲」
「はい」
「骨がある」
「はい」
「五郎によく似ている」
「……ありがとうございます」
「国を、頼んだぞ」
「任せてください」
剛造の呼吸が、静かになった。
美咲は剛造の手を握り続けた。
工場の中に、静寂が広がった。
須藤が目を閉じた。
御堂が頭を下げた。
昭和の怪物は、令和の夜に、静かに眠った。
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