第26話 本当の設計
装置が砕けた音が、まだ工場に残っていた。
そのとき、入り口が開いた。
須藤隆三だった。
白髪の老人は、息を切らしていた。
「田島さん、美咲さん」
「須藤」剛造は言った。「どこから」
「黒岩さんに連絡をもらいました。急いで来ました」須藤は御堂を見た。「御堂さん」
御堂は須藤を見た。
「須藤隆三……五郎さんの同僚の」
「はい」
「あなたが、プロジェクトを動かしていたんですか」
「そうです」
御堂は砕けた装置を見た。「……私はもう、プロジェクトには関わりません」
「そうですか」須藤は静かに言った。「それがよかったと思います、御堂さん」
須藤は剛造を見た。
「田島さん、時間がありません」
「わかっとる」
「今日中に、継承を行う必要があります」
美咲は須藤を見た。「今日中に?」
「田島さんの意識の安定性が、急速に低下しています。今朝の検知では……おそらく、今夜が限界です」
工場に、静寂が落ちた。
「今夜」美咲は繰り返した。
「はい」
美咲は剛造を見た。
剛造は窓の外を見ていた。
夜の空。
「田島さん」
「……わかっとった」剛造は静かに言った。「今朝起きたとき、感じた。今日が最後だろうと」
「なぜ言わなかったんですか」
「言っても変わらん。やることをやるだけだった」
美咲は目を閉じた。
「須藤さん」
「はい」
「継承の準備は、できていますか」
「持ってきました。五郎さんが設計した装置です」
須藤はカバンから、小さな機器を取り出した。
御堂の装置とは違う。もっと繊細で、もっと精緻な作りだった。
「美咲さん、まだ受け取るかどうか、決めていないんですよね」
「はい」
「今、決める必要があります」
美咲はしばらく黙っていた。
御堂が静かに言った。「美咲さん」
美咲は御堂を見た。
「私には関係のないことかもしれませんが」御堂は言った。「受け取ってください」
「御堂さん」
「五郎さんが設計したものなら、必ず意味があります。私はそれを壊そうとしていた。しかし」御堂は目を伏せた。「田島さんの意志が、あなたの中で生き続けるなら……それは、五郎さんへの答えになると思う」
美咲はしばらく御堂を見た。
それから、剛造を見た。
「田島さん」
「なんだ」
「手紙に書いてありましたよね。おじいちゃんの言葉が。もう一度、聞かせてもらえますか」
剛造は少し間を置いた。
「『美咲が受け取るかどうかは、美咲が決める。強制してはいけない。あの子は頼まれたら断れない性格だから』」
美咲は小さく笑った。
「おじいちゃんらしい」
「そうだな」
「田島さん、頼みますか」
「頼まない」
「本当に?」
「……頼みたい。しかし頼まない」
美咲は剛造を見た。
その目に、覚悟があった。
「田島さん、消えるのが怖いですか」
「少し怖い」
「じゃあ私が受け取ります」美咲は言った。「田島さんの怖さも、意志も、記憶も、全部」
須藤が息をのんだ。
御堂が目を閉じた。
剛造は美咲を見た。
「……本当にいいのか」
「はい」
「重いぞ。七十年分の記憶だ」
「受け取ります」美咲は言った。「それと」
「なんだ」
「おじいちゃんのかけらも、一緒にありますよね。田島さんの中に」
「ある」
「じゃあ受け取ったら……おじいちゃんに会えるかもしれない。だから受け取ります」
剛造は美咲を見た。
その目が、かすかに揺れた。
「……五郎さんは、正しい人を選んだ」
御堂が、静かにつぶやいた。
剛造は御堂を見た。
御堂は目を開けていた。
その目に、初めて見るものが宿っていた。
長い間、御堂の目にはなかったもの。
穏やかさ、だった。
「須藤」剛造は言った。「始めてくれ」
「わかりました」
須藤は装置を起動させた。
工場の中に、静かな光が灯った。
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