第25話 最後の対話
部下が下がると、工場の中は静かになった。
剛造、美咲、御堂の三人だけになった。
黒岩の部下は外で待機している。
剛造は御堂の前に立った。
「座れ」と剛造は言った。
御堂は、テーブルの前の椅子に座った。
剛造は向かいに座った。美咲は少し離れた場所に立ち、手帳を持っていた。
しばらく、沈黙が続いた。
「お前は」と剛造は言った。「自分の出生を知っているか」
御堂は少し間を置いた。
「……知っています」
「いつから」
「二十歳のときです。父の書類の中に、記録がありました」
「父、と呼ぶのか。御堂正一を」
「他に何と呼べばいいですか」
剛造は御堂を見た。
「お前は孤児院から引き取られた。転写の器として育てられた。それを二十歳で知った。そのとき、どう思った」
御堂はしばらく黙っていた。
「……怒りました」
「そうか」
「自分の人生が、最初から決められていた。自分という人間は、別の人間のための容れ物として存在していた。それを知ったとき、すべてが崩れました」
「それで、不死化を目指した」
「そうです」御堂は言った。「器として生まれたなら、自分が器を使えばいい。自分の意識を新しい体に移して、永遠に生きる。それが……私なりの、答えでした」
剛造は黙って聞いていた。
「田島さん」御堂は言った。「あなたも転写された。しかしあなたは怒らなかったんですか」
「怒った」
「それでも五郎さんを友人と呼ぶ」
「あいつには、理由があった。そしてその理由は、国のためだった」御堂を見た。「お前の父親と、違う」
御堂は目を伏せた。
「……そうですね」
「御堂」剛造は言った。「お前の父親が、何をしたか。知っているか」
御堂は少し顔を上げた。
「プロジェクトを私物化しようとした。それは知っています」
「それだけじゃない」
御堂の目が、細くなった。
剛造はコートのポケットから、折りたたんだ書類を出した。
テーブルに置いた。
御堂はそれを見た。
手を伸ばし、広げた。
「……」
御堂の手が、わずかに震えた。
「対象者の名前:桐島健二。方法:交通事故に見せかけた工作。御堂正一のサイン」
御堂はしばらく書類を見ていた。
「父が……美咲さんの両親を」
「そうだ」
御堂は書類から目を離せなかった。
美咲はその様子を見ていた。
手帳を持つ手が、震えていた。
剛造は美咲を見た。
「美咲」
「……はい」
「今、話す。聞けるか」
美咲は深く息を吸った。
「聞きます」
「お前の両親は、事故で死んだのではない。御堂正一の指示で、殺された」
工場に、静寂が落ちた。
美咲は動かなかった。
表情も、変わらなかった。
ただ、目の奥で、何かが動いた。
「……そうですか」美咲はやがて言った。「そうだったんですね」
「お前の父・健二は、五郎からプロジェクトの一部を聞かされていた。御堂正一はそれを恐れ、口封じをした」
美咲は頷いた。
「……ずっと、疑問だったんです。なぜ夜中の山道を急いでいたのかって」
「お前に言えなくて、すまなかった」
「いいんです」美咲は言った。「田島さんが言えなかった理由は、わかっていました」
「美咲」
「五郎さんの言葉通りでしょう。すべてが終わった後に伝えること、って」
剛造は黙っていた。
美咲は御堂を見た。
御堂は書類を持ったまま、うつむいていた。
「御堂さん」美咲は言った。
御堂は顔を上げた。
「あなたは知っていましたか。お父さんがやったことを」
御堂は首を振った。「……知りませんでした。父が死んだ後、書類を整理したとき、プロジェクトのことは知りました。しかし美咲さんのご両親のことは……知らなかった」
「そうですか」
「申し訳ありません」
美咲はしばらく御堂を見た。
怒りはあった。
しかしそれより大きなものが、胸の中にあった。
「御堂さん」美咲は言った。「一つだけ聞いていいですか」
「なんでも」
「御堂さんは、幸せでしたか。今まで」
御堂は答えられなかった。
しばらく沈黙した。
「……わかりません」御堂はやがて言った。「自分が幸せかどうか、考えたことがなかった。ただ生き続けることだけを考えていた」
「なぜ」
「器として生まれたから。生き続けることだけが、自分の存在理由だと思っていた」
美咲は静かに言った。
「それは……悲しいですね」
御堂は美咲を見た。
「……美咲さんは、私の父に両親を奪われた。それでも、悲しいと言ってくれるんですか」
「怒ってもいます」美咲は言った。「でも怒りだけじゃ、前に進めない」
御堂は目を閉じた。
剛造が言った。「御堂、お前に最後の問いをする」
御堂は目を開けた。
「引き返せるか」
御堂はしばらく剛造を見た。
「……遅すぎるかもしれない」
「遅すぎることはない」剛造は言った。「俺は一度死んで戻ってきた。お前はまだ生きとる」
「田島さん、私は多くの人間を傷つけてきた。林田を追い出した。中村と鈴木を潰そうとした。美咲さんの両親を……父が奪った」
「それは全部、向き合えばいい」
「向き合えると思いますか。私が」
「向き合えるかどうかじゃない」剛造は言った。「向き合うしかないんだ。生きている人間は全員そうだ」
御堂はしばらく黙っていた。
その目に、何かが変わっていく気配があった。
長い、長い沈黙の後。
御堂は立ち上がった。
テーブルの上の装置を手に取った。
「田島さん」
「なんだ」
御堂は装置を見た。
それから、床に叩きつけた。
装置が、砕けた。
「……引き返します」
その言葉が、工場に静かに響いた。
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