第22話 国会質問
国会質問の当日。
朝六時。
美咲は記事の最終確認を終えた。
「田島さん、準備できました」
剛造はすでにスーツを着ていた。いつものくたびれたスーツではなく、藤堂が用意した濃紺のスーツだ。
「どうですか」と美咲は言った。
「着慣れんな」
「似合ってますよ」
「そうか」
美咲はスマホを確認した。「中村さんから連絡が来ています。準備完了だと」
「林田は」
「データの最終セットが揃ったと。今朝送ってくれました」
「橘総理は」
「藤堂さんから確認が取れています。今日の答弁は御堂自身に任せると」
剛造は頷いた。
「では行くぞ」
「はい」
美咲はコートを羽織り、カバンを持った。
ドアを開けながら、振り返った。
「田島さん」
「なんだ」
「今日、終わらせましょう」
剛造は小さく、口の端を曲げた。
「ああ」
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午前十時。
美咲の記事が公開された。
タイトルはこうだった。
「御堂慎一郎幹事長と外資ファンドの癒着――全証拠を公開する」
今回は匿名の評論家ではなく、桐島美咲の実名での記事だった。
数字、証拠書類、資金の流れ、ダミー会社のリスト。すべてが詳細に書かれていた。
公開から三十分で、SNSが爆発した。
「これが本当なら、御堂は終わりだ」
「証拠まで出てる。言い逃れできない」
「国会質問と合わせてくるのか」
「桐島美咲、覚悟の記事だ」
一時間でシェアが十万を超えた。
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午後一時。
国会・予算委員会。
中村誠が立った。
議場に緊張が走った。
御堂慎一郎は答弁席に座っていた。表情は穏やかだった。しかしその目は、動いていた。
中村は原稿を持たずに、立った。
「御堂幹事長に質問します」
静かな声だった。しかし議場に通った。
「アーク・キャピタルの日本法人と、御堂幹事長の政治資金管理団体の関係について、お伺いします」
御堂は静かに答えた。「私はアーク・キャピタルとの不適切な関係はありません」
「では、この数字をご説明ください」
中村は資料を出した。
林田が集めた、財務省の内部データだ。
数字が並んでいた。日付、金額、口座。
「御堂インベストメントからアーク・キャピタル日本法人への出資額、そしてその後の港湾整備の入札結果。この相関関係について、ご説明ください」
御堂は少し間を置いた。
「それは合法的な投資であり」
「次の数字もご覧ください」
中村は二枚目を出した。
農地の売却記録。水道事業の売却記録。通信インフラの売却契約書。すべてにアーク・キャピタルの名前が入っている。
「御堂幹事長が推進してきた『外資導入政策』によって、日本のインフラが系統的に同一ファンドへ売却されています。これは政策ではなく、利益誘導ではないですか」
御堂は答えた。
「外資導入は日本経済の活性化のために」
「最後の資料をご覧ください」
中村が三枚目を出した。
議場が、静かになった。
アーク・キャピタルと御堂の個人口座の直接の繋がりを示す書類だった。
「御堂幹事長個人の口座に、アーク・キャピタル日本法人から直接の送金が確認されています。これについて、ご説明ください」
御堂は答えなかった。
一秒、二秒、三秒。
議場が騒然とした。
中村は御堂を見続けた。
目を逸らさなかった。
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国会から離れた場所で。
剛造と美咲は、中継を見ていた。
「……やった」美咲は画面を見ながら言った。「御堂が答えられない」
剛造は画面を見た。
「まだだ」
「え?」
「御堂はまだ諦めていない。何か手を打ってくる」
その言葉が終わらないうちに、スマホが鳴った。
林田からだった。
「田島さん、御堂の秘書が国会内を動いています。質問を止めようとしているようです」
「橘総理は」
「……総理が動きました。委員長に、質問を続けるよう指示を出しています」
剛造は少し目を細めた。
「橘、よくやった」
美咲は画面を見た。
国会中継の中で、中村誠はまだ立っていた。
揺れていなかった。
目が、揺れていなかった。
「田島さん」美咲は言った。「中村さん、すごいですね」
「ああ」剛造は言った。「あいつは本物だ」
「田島さんが育てたから」
「俺は何もしていない。あいつが自分でそうなった」
美咲は手帳に書いた。
画面の中で、委員長が言った。
「御堂幹事長、答弁を求めます」
御堂はしばらく沈黙した。
それから、静かに言った。
「……調査の上、回答します」
議場に、静寂が続いた。
それから、ざわめきが広がった。
「調査が必要」という答弁は、否定できないということを意味する。
永田町が、動いた。
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夜のニュースは、御堂一色だった。
「御堂幹事長、外資癒着疑惑で答弁できず」
「桐島美咲記者の報道と一致、証拠書類の信憑性高まる」
「御堂の幹事長辞任は不可避か」
美咲はテレビを見ながら、静かに言った。
「終わった、かな」
「政治的には、ほぼ終わりだ」剛造は言った。「ただし」
「ただし?」
「御堂はまだ諦めていない。政治が終われば、別の手を使う」
「別の手、というのは」
「プロジェクト・レガシーだ」
美咲は息をのんだ。
「御堂は、データを諦めない」
「そうだ」剛造は静かに言った。「だから、これからが本当の勝負だ」
美咲は剛造を見た。
その目に、疲弊と覚悟が、同時に宿っていた。
「田島さん、体は」
「持つ」
「本当に」
「持たせる」
美咲は深く息を吸った。
「わかりました。一緒に行きます。最後まで」
剛造は美咲を見た。
「……骨がある」
その言葉が、最初に聞いたときと同じ言葉だった。
しかし今は、意味が違う気がした。
美咲はそう思った。
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その夜、都内のある場所で。
御堂慎一郎は一人でいた。
テレビは消していた。
「Project Legacy」の封筒を、手に持っていた。
長い沈黙。
やがて御堂は静かに言った。
「田島剛造……あなたは、本当に俺を追い詰めた」
御堂は封筒を見た。
「しかし」
御堂は立ち上がった。
「これだけは、諦めない」
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