第21話 最後の設計
須藤隆三が鎌倉の別荘に来たのは、午前十時だった。
白髪の老人は、いつもより少し急いだ様子だった。カバンを抱え、コートの前をしっかり合わせている。
「お待たせしました」
「いや」剛造は言った。「座れ」
三人でテーブルを囲んだ。
須藤はカバンから、薄いファイルを取り出した。
「田島さん、美咲さん。プロジェクト・レガシーの最後の設計について、お話しします」
「待ってくれ」と剛造は言った。
「はい」
「俺は五郎の手紙に、少し書いてあった。お前が今日話すことは、おおむね想像がついている」
須藤は静かに頷いた。「そうですか」
「しかし美咲には、俺の口からではなく、お前の口から聞かせてやってくれ。その方が正確だ」
美咲は剛造を見た。
やはり、知っていた。
「わかりました」須藤は美咲を見た。「美咲さん、覚悟して聞いてください」
「はい」
「プロジェクト・レガシーには、第二フェーズがあります」
「第二フェーズ」
「田島さんの意識を令和に蘇らせることが第一フェーズ。そして第二フェーズは――田島さんの意志と記憶の核心を、次の人間に受け継がせること。五郎さんはそれを『意識の継承』と呼んでいました」
美咲は静かに聞いていた。
「継承を受ける人間は、幼い頃から体内に『受容体』を形成しておく必要があります。五郎さんは、美咲さんが幼い頃に……ごく小さな処置を施しました。美咲さんが知らないうちに」
「……いつですか」
「三歳のときです。検診に見せかけて」
美咲はしばらく黙っていた。
「おじいちゃんが」
「はい。美咲さんを継承者として、ずっと育ててきました」
「私は……ずっと知らなかった」
「はい。五郎さんは『強制してはいけない』と言っていました。だから美咲さんが自分で選べるよう、最後まで告げなかった」
美咲は手を見た。
この体の中に、受容体がある。
おじいちゃんが、三歳のときに。
「美咲さん」須藤は続けた。「継承は、強制ではありません。あなたが受け取らなくても、田島さんの意志はあなたの記事と行動の中にすでにある。それだけで十分とも言えます」
「受け取ったら、どうなりますか」
「田島さんの記憶の核心が、あなたの中に入ります。昭和の記憶、政治の記憶、国民への愛情。そしておそらく……五郎さんのかけらも」
美咲は目を閉じた。
「田島さん」
「なんだ」
「田島さんは、受け取ってほしいですか」
剛造はしばらく黙った。
「俺が決めることじゃない」
「でも、どうしてほしいですか」
「……お前が決めろ。それだけだ」
美咲は目を開けた。
須藤を見た。
「一つだけ聞かせてください」
「なんでも」
「継承したら、私は私のままでいられますか」
須藤は少し考えた。「田島さんの記憶が加わります。しかし美咲さんの人格は変わりません。あなたはあなたのままです。ただ……少し、重いものを持つことになります」
「重いもの」
「七十年分の記憶と意志です」
美咲は静かに言った。
「わかりました」
「答えは」
「まだ出ていません」美咲は言った。「三日後、国会が終わってから決めます」
須藤は頷いた。「それで構いません」
剛造は何も言わなかった。
ただ、美咲の横顔を、静かに見ていた。
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須藤が帰った後、二人は縁側で並んで座った。
海が見えた。
しばらく無言だった。
「田島さん」と美咲は言った。
「なんだ」
「手紙に書いてありましたか。私への継承のことが」
「少しだけな」
「なんて書いてありましたか」
剛造は少し間を置いた。
「『美咲が受け取るかどうかは、美咲が決める。しかし田島さん、あなたは美咲に頼んではいけない。あの子は頼まれたら断れない性格だから』と書いてあった」
美咲は少し笑った。「おじいちゃん、よく知ってる」
「そうだな」
「田島さんは、頼みたいですか」
「頼みたい」剛造は静かに言った。「しかし頼まない。五郎の言う通りだ」
美咲は海を見た。
「田島さん、一つだけ聞いていいですか」
「なんだ」
「もし私が受け取ったら……田島さんの記憶の中に、おじいちゃんはいますか」
剛造はしばらく考えた。
「いると思う。俺の中に、五郎のかけらがある。継承すれば、それも一緒に渡る」
「じゃあ私は……おじいちゃんに会えるかもしれない」
「かもしれんな」
美咲は目を細めた。
「それは……少し、嬉しいです」
剛造は何も言わなかった。
ただ、海を見た。
波が静かに打ち寄せていた。
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