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あるロボットの話  作者: 織子
「ロボット」の話
2/3

「ロボット」の話②

※流血描写注意

**

お風呂上がり(表面の汚れを落とすために効率が良いのです。もちろん防水はちゃんとしています。)シノちゃんが髪を乾かしてくれました。

大きな大人の手が私の髪の毛を触ります。


不意に髪を引っ張る小さな小さな手を思い出します。

私の髪を掴んで口に入れるまだ1歳にもならないシノちゃん。

何でも口に入れてしまうから、口に入れる可能性のあるものはすぐにでも何でも片付けて置くよう言ったのは私です。


お父さん、いいえ、ナオちゃんは判断がちょっと遅くてよく後悔しているので、大変なことが起こりそうな時は、いつもアドバイスしてしまいます。




ローテーブルのアイロン台に置かれていた、

まだ冷め切っていないアイロンを触って大事になったのは、ハイハイをし始めて間もないナオちゃん。


そのとき「私がちゃんと片付けていれば」と、

まだ言葉を理解しているか怪しいナオちゃんに謝っていたのは、前のお母さんのシオちゃんです。




シオちゃんはうっかりさんで、小さい頃からいつも三尾博士に怒られていました。

しっかりものの旦那さんがいなければ、三尾博士が居なくなった家の中は、色んな意味でもっと散らかっていたでしょう。



私が始めて見た赤ちゃんはシオちゃんでした。

生まれて始めて見た自分より小さい存在でした。

小さな手のひらが私の指を握ったことを何となく

覚えています。


その小さな存在は、気がついたら色々なことが

できるようになって、あれよあれよと言う間に体も心も抜かされて。



その時始めて私は「違う」存在だと思い知りました。



「アイちゃん?大丈夫?どうしたの?」

シノちゃんの声でハッと気が付きました。


いつの間にかドライヤーは終わっていたようです。

「ちょっとボーッとしてて」と言うと、

シノちゃんは心配そうに私のおでこを触ります。

熱はないのです。元気です。

ロボットだってボーッとするのです。

そう告げると、「大丈夫そうみたいね」とシノちゃんはホッと表情を緩めました。

シノちゃんはちょっと心配性なのです。


「私まだ課題が残ってるから」と自分の部屋に戻るシノちゃんに手を振りつつ、私の思考も戻っていきます。






その年、一番寒かった日。

三尾博士は動かなくなりました。



博士の体がもう持たないことは、ずっと前から分かっていました。

日に日に起きていられる時間が短くなっていったのです。


それでも目を覚ますと、「アイ、アイ。大事な子。今日も元気いっぱいだ。」と私を抱きしめてくれたのです。


ワアワアと泣きました。もう抱きしめてもらえないなんて、もうあの優しい声が聞けないなんて。

胸が痛くて、苦しくて、涙が止め処なく溢れました。

泣いていると、そのうち頭と目がが痛くなって、息が苦しくなっていました。


私はあの時悲しすぎて、壊れかけていたのでしょう。

壊れなくて済んだのは、シオちゃんが涙を流しながら、ギュッと抱きしめてくれたからです。


確かしばらくは悲しくて毎日泣いていましたが、(今でも思い出すと泣きそうになりますが)

いつの間にか私は泣かなくなっていました。






けれども、何十年も経って、今度はシオちゃんが動かなくなった日、

私はやっぱりワアワアと泣きました。

泣いて泣いて、今度はナオちゃんに抱きしめてもらって。



その時は、そう、悲しいけれども、仕方がないと。

そう思いました。



三尾博士が亡くなった時はただただ悲しかったです。

けれども少し成長して迎えたシオちゃんが亡くなった日。悲しいけれども、私は仕方がないと諦めました。





だって私はロボットだから。






私はロボットだから、人間の皆さんと生きる時間が違うのは仕方がないことです。

なにしろ内部の何かが悪くなくならない限り、生き続けることができるのですから。

ありがたいことです。不死です。死なないのです。





ただ、あれからまた成長した私は、本当にそれは仕方がないことなのかな?と、考えるようになってしまったのです。


「私は人間と同じ」をコンセプトに作られたロボットです。

人間と同じように学び、考え、笑い、泣くロボットです。

だから人間と同じように成長する私も、私を大切にしてくれる「家族」がいて、学校へ行って「友達」として接してくれる他者と関わることができる環境が用意されているのです。



人間は1人では生きていけないと。

必ず他者との、社会との、いわゆる「仲間」との

関わりが必要であると。以前人間について調べたとき、そのように書いてありました。


ただ、生きる時間が違う皆さんのことを、私はどうしても「仲間」とは思えないのです。


これでは人間と同じように成長する事はできません。

なのでこれからの事を考えると、私にも人間と同じように「仲間」が必要なのではないでしょうか。







いえ、そんなことは建前です。






寂しいのです。





**

ある日の夜、ナオちゃんにお願いをしました。

「私と同じようなロボットを作って欲しい」と。

ナオちゃんは困ったように唸ります。

ロボットは人間の指示に従うものです。人間を困らせてはいけません。


それでも私は、私と同じように長い時間を生きてくれる「仲間」が欲しいのです。





「ごめんよアイ、それはできないんだ。」

長い間ナオちゃんは唸って考えて、そう言葉を捻り出しました。

私はあくまでも試作機。私がどのくらいのスピードで、どこまで成長するのかが分かってから、

量産化の会議に入り、それに通ってから初めて私と同じロボットが生まれると。

そして私はまだ成長半ばで、ナオちゃんの見立てでは、あと約80年は成長すると。


ああ、なんて長いのでしょう。

ナオちゃんを送って、シノちゃんを送って、ひょっとしたらシノちゃんの子どもをも送って、

そんな長い年月を経て、やっと会議。

会議も何年もかかかるかもしれません。

そして、量産化しない、という結論になるかもしれません。

それまで私はずっと待つしかないのでしょうか…











そうだ!!



私が私を作るのはどうでしょうか?

ありがたいことに、時間だけはたくさんあります。

きっと長い時間がかかります。

それでもただ待っているよりは、ずっといいと思うのです。






そうと決まれば、早速勉強です。私は人間と同じように成長していくロボットなので、教えてもらったことしか知りません。

つまり、私は私がどのようにできているか、どのように動いているかを全く知りません。


パーソナルコンピュータのようにインターネットに接続ができれば楽なのですが、そんな機能はありません。

それに、私のメモリー部分が過度の情報に晒されると危険ということで、インターネットの閲覧が制限されています。

私が使用できる端末にはフィルタリングが掛かっていて、ロボットについては閲覧不可なのです。



なので私が向かったのはシノちゃんの部屋です。

ロボット工学を勉強しているシノちゃんなら、

何か良い本を持っていると考えたのです。


「え、そうだなぁ…まずこれかなぁ」とシノちゃんが差し出したのは、物理基礎と書かれた本でした。


これが分からないと、ロボット工学なんて夢のまた夢なのだそうで。

とりあえず開いて読んでみますが、全く内容が入ってきません。

多分ですが、難しい算数(数学でしたっけ?)の知識も必要なのでしょう。


再びシノちゃんに数学の本を借りて、読みます、が、やはり全く内容が入ってきません。


どうしたら良いか分からず、シノちゃんにもっと

分かりやすいものはないのかと聞くと、これより内容が簡単なものは、既に捨ててしまったようです。

物理基礎も数学の本も、シノちゃんが高校で使っていたものだそうです。

小学校、中学校とちゃんと通い、地道に勉強するのが一番確実だと言われました。



**

必死に勉強をしていたら、あっという間に1年が過ぎました。


いつもより祝日が多い年でした。

ある日大学3年生になったシノちゃんが、彼氏を連れて帰ってきたのです。


優しそうな人でした。どことなく三尾博士と似ているような気がします。

大学では、心理学を学んでいるそうです。


きっと大学卒業と一緒に二人は結婚するでしょう。

しばらくしたら赤ちゃんも生まれます。

そこではたと気づきます。


三尾博士はナオちゃんが生まれる前に亡くなりました。

シオちゃんも同じです。



ひょっとしたら、ナオちゃんも…



ナオちゃんもそうなのではないでしょうか?





もしそうだとしても、今度はシノちゃんが私を抱きしめてくれるのでしょう。

そうやって今度はシノちゃんを支えに生きていくのです。

そうやって私はここまで成長しました。


でも、シノちゃんだって、いつか私を置いて行ってしまう…






私は、いつまで1人で見送らないといけないのですか?







この1年、今までよりもかなり頑張ったと思うのですが、進級はできませんでした。

物理も数学も全く分かりません。


別れの日は確実にやってくるのに、私と同じ悲しみを分け合える「仲間」を作るには程遠くて、

焦っていたのです。




ふと、抱えた膝に硬さを感じました。


少しでも手掛かりが欲しかったのです。

私は、せめて私の足がどのような材質や構造であるかを知りたくて、見たくて、

持ち物の中で一番願いを叶えてくれそうな形をしていた、




カッターナイフを


膝めがけて、






**

気がついたら研究所のベッドの上にいました。

毎年定期点検を受けているところです。


膝には包帯が巻かれています。

痛みはありません。



ピッピッ、と定期的に音が聞こえます。

私の右隣にあるモニターから聞こえるようです。

モニターには何かの波のような模様が映し出されています。




そして、あのようなことをしたからでしょうか。

両手両足首にとても重い何かが取り付けられていて、身動きが取れません。






あれはとても"痛かった"です。


ロボットですが、私は"痛み"を感じます。

「人間と同じ」がコンセプトだからです。


出血もします。

私の"血液"は私の体の弾力をより人間に近くするため、外見を血色よく見せるために表皮の下に存在しています。


構造としては、本体となる鉄の骨組みを表皮が

覆い、間に"血液"を含んだスポンジがあると。そう理解していました


ただ、今回自分の膝を刺してみて、その理解が間違っていたことが分かりました。


カッターの刃が何かにゴンと当たったので、骨組みがあることは間違いありませんが、骨組みと表皮の間にあるのはスポンジではなく



…何かはよく分かりませんが、少なくともスポンジではありませんでした。 大発見です。



もう少し深く知りたかったのですが、"痛み"がノイズとなって、あれ以上のことはできませんでした。


それどころか、お風呂の誘いに来たシノちゃんに

見つかって、シノちゃんの悲鳴を聞いて駆けつけたナオちゃんに、何かをされて、あっという間に意識を失いました。


きっと体の様々な部分を刺せば、もっと色々なことが分かりそうですが、あのシノちゃんとナオちゃんの様子だとこれ以上は許されないのでしょう。

残念です。


「アイちゃん!!!」

扉がガラリと開いたと同時にシノちゃんが飛んできて、抱きつかれました。


「よかったよ」「生きてる」「心配したんだから」

ふえふえとシノちゃんは私を抱きしめて器用に泣きながら喋っています。

シノちゃんの体温が熱くて、首筋に触れる頬が柔らかくて、ごめんね、とシノちゃんを撫でたくても腕は重くて、


「…ごめんなさい。」


前言撤回です。あれ以上体を刺さなくてよかったです。


(でもね、私、どうしたらいいか、分からないの。)

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