「ロボット」の話③
※※
ショリショリという音で目が覚めました。
いつの間にか眠っていたようです。
枕元でナオちゃんがリンゴを剥いていました。
私が目を覚ましたことに気づくと、
「おはよう」と泣きそうな顔で微笑みます。
そのままベッドサイドのテーブルに置いてあった、既に一口サイズになったリンゴが口元に運ばれます。
甘酸っぱいリンゴを食べながら、
私たちは天気のこと、学校こと、最近の流行りなどなど、当たり障りのない話をします。
私もナオちゃんも、今回の怪我のことは避けたのです。
けれどもそのうち話題が尽きて、生まれた隙間に、モニターの音が響きました。
ふと、気になったのです。
「ナオちゃん、このモニター何ですか?」
ハッとしたようにナオちゃんはモニターを見て、「えっと、」と視線を宙に泳がせました。言い辛いことなのでしょうか?
私は「無理に答えなくても大丈夫ですよ。」と笑いました(ロボットは空気を読むのです。)
「…いや、答えるよ。」
ナオちゃんは泳いでいた視線を私に戻して何かを決意したかのように、ひとつ息を吐きました。
「それはね、心電図。アイの心臓がちゃんと動いているか、悪いところはないかを確かめてくれてる。」
私は目を見開きました。私には心臓があるそうです。
「ロボットにも心臓があるのですね。」としみじみしていると、ナオちゃんは、
「ロボットに心臓は必要ないよ。」
と笑いながら、おもむろに、
「ちょっと見て欲しい、申し訳ない」と謝りながら、シャツをはだけて、鎖骨のすぐ下のあたりを親指でグッと押しました。
その瞬間、ナオちゃんの胸の当たりが一瞬チカッと光ったように見えました。
ナオちゃんは何かを呟き、光った辺りを撫でたり、人差し指でなぞったり、
かと思えばまた何かを呟き、
一通り何かをやり遂げたあと、手を退けると、
そこには先程までなかった、
いえ、普通人間にはあるとは思えない、鍵穴があらわれたのです。
その鍵穴にナオちゃんはポケットから出した鍵を差込み、ゆっくりと回しました。
カチッと音がしました。
ナオちゃんの胸の部分が開きました
そこにあったのは、鈍く輝く金属の機械。
微かに『フィーン』というような軽い音がします。
「びっくりした?」
ナオちゃんが様子を伺うようにこちらを見ます。
私はかろうじて頷きました。
びっくりしすぎて何も考えられません。
「これが僕だよ。心臓ではなくて、僕のホンタイだよ。」
「ほ…んたい…?って?」
ホンタイ? ほんたい?
本…体?
この機械がナオちゃんの本体?
「それってどういう」
「どうもこうもないんだ。」
ナオちゃんひどく落ち着いた声で告げました。
「ロボットなのは、僕らなんだよ。」
**
一瞬息が止まりました。
頭から血の気が引くのが分かります。
ナオちゃんがロボット?
なんで?
いつから?
え?
僕らって、
…みんなロボット?
動き出した頭は、何で?どういうこと?とそればかりが溢れます。
モニターが私のパニックを表すかのようにピッピッと速い音を立てます。
それを見てナオちゃんは胸を閉め、(閉まるのは一瞬でした。)「アイ、落ち着いて」開いたまま固まった私の口のなかにリンゴを放り込みます。
食べる状況ではないですが、出す訳にもいかず、
ある程度噛んで飲み込むと同時に口元に新しいリンゴが持ってこられ、5切れ目を入れられたあたりで、これは落ち着かなければ、話が進まないと悟りました。
10切れ目を飲み込んだあたりで、
「もう大丈夫かな?」と、ナオちゃんはリンゴの乗った皿をサイドテーブルに置きました。
「何でも聞いて。答えるから。」
ナオちゃんは服装と姿勢を正して私をジッと見つめます。
正直に言って、まだ混乱しています。
ただ、妙に頭は冷静で、何だか変な感じです。
私はひとつ息を吸いました。
「私は…、ロボットじゃないの?」
「そう、アイはロボットじゃない。この世界に僅かしかいない、正真正銘の人間だよ。」
ナオちゃんはゆっくりと語り始めました。
「この世界にはね、昔たくさんの人間とたくさんのロボットが暮らしていたんだ。」
人間は様々な暮らしを楽にする道具を作り、
その果てにロボットを作った。
様々な長い長い改良を経て、ロボットは心をもち、更に長い年月をかけて第二の人間と認められた。
そんなある日、世界中に誰も見たことのないウイルスが撒かれた。
それに感染した人間は、一昼夜を経てあっという間に亡くなってしまった。
生き残ったのは大きな病院で、誰にも会わず、誰にも触れることなく、医療によって命をなんとか繋いでいた人たち。
しかし、肝心の医療を支える人達が亡くなってしまったので、幸運にも生き残ったはずの人々の命の火もあっという間に消えてしまった。
そして真に生き残ったのは、人間の手を借りず、
医療を専門とするロボットにのみ管理されていた
ほんの一握り人達。
「アイはね、ギリギリ生きることができる時期に
産まれた、小さな小さな赤ちゃんだったんだ。」
超低体重出生児というらしい。
ある程度成長するまでは、人の目や勘や経験より、モニターの数値に頼るべきだと判断され、
ロボットの管理となった。
「そして、そのロボットが三尾さん。僕のおじいちゃんだよ。」
**
ナオちゃんは端末に一枚の画像を映し出しました。
そこにいたのは小さな透明の箱の中で、
たくさんの管とコードに繋がれて寝かされている、小さな赤ちゃん。
これが私なのでしょう…か?
私が怪訝な反応をしたからでしょうか?
ナオちゃんは「まだあるよ」と画面をスライドさせます。
次映ったのは、先ほどよりも少し大きくなった赤ちゃん。コードが少し減っています。
その次も更に大きくなって、コードがほとんどありません。
そしてその次、私は身を乗り出そうとしてグッと引き戻されます。
そういえば動けないのでした。
そこに写っていたのは、淡いピンクの服を着て
抱っこされている赤ちゃん。
そして抱っこしているのは、
「パパ…」
泣きそうな顔で笑う、懐かしい顔でした。
ならば、この子は私で、
「私は本当に人間なのですね。」
いよいよ認めざるを得ません。認めざるを得ないのですが、
「それにしても、視聴覚デバイスを付ける前の、貴重な画像だね。アイの素顔こんな感じなんだ。」
「!!」
そう、そうなのです!!!
画像に違和感があると思ったら、そうなのです。
顔に何も付いていないのです!!
「…ん?視聴覚デバイスって何ですか?」
ナオちゃんが「え?」と驚いた顔をした後、
「あー」と言って顔を覆って、
物心ついた頃にはもう、とか。
ひょっとして勘違いした理由って、とか。
母さん何で説明してないの。
とか何とか呟いてますが、どういうことでしょうか?
何とか気を取り直したナオちゃんから説明されたのは、
私は本来産まれるべき時期よりずっと前に産まれてきてしまったため、
目が見えず、
耳も聞こえないということでした。
人間とはそういうものと言われたので、そういうものなのでしょう。
それから、私には当たり前のものなのですが、
目の部分と耳の後ろに付いている機械。
これが視聴覚デバイスと言って、これがあるから私は見ることができ、聞くことができるそうです。
本当に私は自分のことが分かっていませんでした。
**
その日の夜、私は病室で一人ボーッとしていました。
ナオちゃんは作業があるからと隣の部屋に籠もっています。
もう自分を傷つけるようなことしないと約束して、手足の錘を外してもらいました。
ベットサイドのテーブルにタブレット端末が転がっています。
画面にはずっと昔に起こったウイルステロについての記事が表示されています。
フィルタリングを外してもらった端末で、私は改めてこの世界のことを調べました。
やはり謎のウイルスによって人間はほとんどいなくなってしまったようです。
私の端末にフィルタリングをかけたのはシオちゃんでした。
きっと私の心を守るためです。
私は人間でした。
同じ時間を生きるたくさんの仲間がいる、憧れの人間でした。
でも、みんながロボットでした。
だから人間なのに、結局私は一人ぼっちなのです。
ナオちゃんに少しだけナオちゃん達のことを教えてもらいました。
自分達のことは「アンドロ」と呼んでいること。
決して「アンドロイド」とは呼んではいけないこと。(両方とも初めて聞く似た言葉ですが、ナオちゃんが真剣に説明するので、間違えないよう気をつけます。)
本体は先ほど見せてもらった胸の辺りの機械で、
その他の体は人間の体に近い人工の皮膚や、筋肉や骨でできていること。
そして、人間に比べて成長はとても早い反面、
寿命がとても短いこと。
大まかに説明すると、それが第二の人類であるアンドロだそうです。
ちなみにナオちゃん、シオちゃん、三尾博士はアンドロですが、それぞれの奥さん、旦那さんはアンドロではなく、ロボットだそうです。
アンドロとロボットの違いは、自分の意思があるか無いかだそうで、
確かに言われてみれば、決まった動きと決まった言葉しか言わない方々でした。
言われてみないと分かりませんでした。
その他色々なことをナオちゃんは話してくれたのですが、ただただ今日初めて知った事実たちに圧倒されて、覚えられたのはこれくらいです。
そっと包帯の上から膝を撫でます。
麻酔、という痛みを抑える薬をナオちゃんが注射(針で腕を指して薬を体に送り込むそうです。
それで効くのはにわかに信じられません。)してくれているそうですが、段々と効き目が薄れるもののようで、少しずつ膝が痛くなり始めています。
そういえば、私はロボットを作ろうとして、この膝を刺したのでした。
蓋を開けてみれば全く意味のないことでした。
人間は鉄とプログラムでできていないこと、
組み立ててできるものではないことは知っています。
そういえば人間についてはたくさん調べたのですが、人間はどう作られるのかはよく知りません。
人間だと信じていたシオちゃんやナオちゃんは、
ある日いきなり
「今日からアイちゃんの家族になるよ。」
と赤ちゃんを連れてくるので、そういうものかと
思っていましたけど、よく考えると不思議ですね。
傍らのタブレット端末で人間の作り方を調べます。
…あぁ、人間が2人以上必要なのですね。
今の状況では難しそうです。
とりあえず新しく人間を作るのはひとまず諦めた
ほうが良さそうです。
ならばどうしましょう。
どうしたら私は一人ぼっちではなくなるのでしょうか?
……そうだ、私以外の人間がまだ残っているのではないでしょうか?
ひょっとして…お願いしたら、会えないでしょうか?
そうです………それがいいのです!!
目の前がパーッと明るくなったように感じました。
長い間待つかもしれません。
それでも構いません。20年でも、30年でも待ちます。私には時間がたくさんあるので。
なんせ私はロボッ…いえ、人間ですね。
そこではたと気付きます。
私は人間なのでずっとは生き続けられないのでしょう。
でも、不思議と怖くはありません。
延々と見送る寂しさに耐える必要がないということです。
そしてまだ時間はあるはずです。
だってあと80年は成長するみたいなので。
(いくらなんでも成長が終わる前に死ぬことはないです…よね?)
私が会う誰かは、どんな人でしょうか? 何が好きでしょうか?
一緒に笑ってくれるでしょうか?
一緒に泣いてくれるでしょうか?
とりあえず会うためにはこの怪我を治さなければなりません。10日間は入院だと、ナオちゃんに言われました。
10日なんてほぼ2ヶ月です。ほぼ半年です。
そう思うと短そうですが、長いですね。
ナオちゃんと過ごせる残りの時間も、きっともう少ないのに…
いえ、入院ということは学校に行かなくていいのですから、ナオちゃんと一日中一緒ということです。
この10日を大切にしましょう。
たくさんナオちゃんと話そうと思います。
今まで言えなかったことをたくさん話そうと思います。
あぁ、それでもナオちゃんがもうすぐ亡くなってしまうことを考えると、やっぱり心がギュッとなります。
寂しいです。悲しいです。
作り物ではなく、ちゃんと私の心です。
でもどことなく心が少し軽いのは、
やはりこの世界のどこかに私の仲間がいて、
この寂しさを分かち合ってくれるだろう誰かがいることを知ったからでしょうか?
待ちます。待てます。と思いましたが、
やっぱり早く会いたいです。
やっぱり寂しいです。
その人に会えば、私はもう寂しくなくなるでしょうか?
まだ見ぬ誰かを思い浮かべて、
私は祈るように目を閉じました。
(これで私の話はおしまいです。)




