第7話:夜の野営、十回の人生が残した傷跡
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賑やかな昼間から打って変わって、静かな野営の夜をしっとりと描いた回です。
モンスターを軽く片付けて財布が潤ったのも束の間、ルイスの頭の隅から離れないのは、最初の人生のトラウマと、十度の転生が残した深い疲労感でした。お気楽に見えて実はヘビーな過去を抱える彼の、少しだけ切ない一面を覗いてみてください。
ざわざわと、夜風が木々の葉を揺らす。
東の森の少し手前、街道から少し外れた開けた草地に、小さな焚き火がオレンジ色の炎を揺らしていた。パチパチと薪がはぜる音が、夜の静けさに心地よく響く。
「ふあぁ……、疲れた」
ルイスは木の根元にもたれかかり、大きくあくびを噛み殺した。
今日は結局、金策のために周辺の森を少しうろついただけで終わった。もっとも、ルイスが「めんどくさい」オーラ全開で突っ立っているだけで、なぜか勝手に高価な魔獣の素材が足元に転がり込んできたため、財布の方は一気に潤うことになったのだが。
「もう、ルイスってば贅沢言わないの! 今日なんて、大した労力も使わずに金貨がっぽりだったじゃない!」
向かい側に座るエリスが、パチパチと小さな串焼きの肉を返しつつ、機嫌良さそうに鼻歌を歌っている。その隣では、ルルアが手際よくハーブティーの入った鉄瓶レイを火にかけていた。
「先輩、お湯が沸きましたよ。特製のリラックス・カモミールティーです」
「お、気が利くなルルア。命の恩人ならぬ、安眠の恩人だな」
ルイスは受け取った木製のカップから立ち上る優しい香りを嗅ぎ、ふぅと息をついた。
パチパチと燃える炎の温かさが、冷えた体に心地いい。エリスもルルアも、楽しそうに明日の道中の話を始めている。騒がしいが、悪い気はしない。十回の人生を経験したルイスにとって、こうして他愛のない雑談を聞きながらお茶を飲む時間は、数少ない「生きていてよかった」と思える瞬間だった。
やがて、夜が更けるにつれて、エリスもルルアも心地よい疲労感からか、寝袋に潜り込んでスースーと寝息を立て始めた。
周囲が完全に静まり返る。
パチ、と焚き火が小さく音を立てた。
「……寝た、か」
ルイスはカップを地面に置き、星空を見上げた。
雲一つない夜空には、見慣れない星座がいくつも瞬いている。十一度目の世界の星だ。地球の星空とも、過去の十個の世界の星空とも違う。けれど、どれも変わらず美しく、そしてどこか冷たかった。
ふと、左手の指先でくすんだ銀のリングに触れる。
(……夢、か)
眠りに落ちようとすると、脳裏の隅に必ず蘇る記憶がある。
十六歳のクリスマス・イヴ。冷たいナイフが背中に突き刺さった、あの瞬間。
――「浮気、してたよね」
あの時、彼女の瞳に宿っていた冷酷なまでの疑念。身に覚えなど微塵もないのに、弁解すら許されなかった理不尽な死。
あれがすべての始まりだった。
死後、神々の前に放り出され、退屈な会議の末に転生を命じられ、手に入れたチートの力と絶対のルールに振り回され――気がつけば、十人の魔王を自分の意志とは無関係に消し飛ばしていた。
(俺は、ただ普通に生きたかっただけなんだけどな)
最初の人生で味わった裏切りの痛みも、その後の十回の人生で背負わされた「英雄」という重荷も、すべてがこの頭の奥にこびりついて離れない。強くなりすぎた力は孤独を産み、何度世界を救っても、神様は「もっとドラマチックにやれ」と文句を言って次の世界へ放り投げる。
疲労感だけが、妙にリアルに蓄積されていく。
「ステータス通り、ため息しか出ないな」
カサリ、と。
背後の草むらで、小さな物音がした。
ルイスは反射的に眉をひそめる。気配を殺した夜盗か、あるいははぐれ魔獣か。どちらにせよ、今夜の安眠を邪魔するというのなら、容赦なく「めんどくせぇから消えてくれ」のパッシブが発動して周囲一帯を更地にしてしまうところだった。
「……誰だ。そこにいるのは」
ルイスが低く呟き、視線を向けた瞬間、茂みからひょっこりと姿を現したのは――。
「うぅ……寒いですぅ……」
寝袋から這い出してきたルルアだった。三角帽子を落とし、ローブを体にきつく巻きつけて、ガタガタと震えている。
「なんだ、ルルアか。どうした、夜這いか?」
「なっ、ちがいますぅ! 夜中に急に冷え込んできたから、先輩の焚き火の近くが暖かいかなって……」
ルルアはトコトコと歩いてくると、ルイスの隣にちょこんと座り込み、両手でカップを包み込むようにして温もりを求めた。
「……お前なぁ、風邪引くぞ」
「だって、先輩……さっきから、すごく寂しそうな顔をしてたから」
「は?」
ルイスが目を丸くすると、ルルアは少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「私、魔導士としての勘なんですけど……この人の魔力、すごく大きくて、でも、すごく海の底みたいに孤独な痛みを抱えてるんだなって、そう感じたんです。……なんちゃって。変なこと言っちゃいましたね」
ルルアはてへっと舌を出し、ココアの入ったカップを口に運んだ。
ルイスはしばらく言葉を失い、それから、ふっと息を漏らした。
「……そうだな。俺はちょっと、過去に色々としんどい経験が多くてね。人生十回分くらいの苦労を背負ってる気分なのさ」
「ふふ、先輩って冗談もスケールが大きいですね。十回分の人生なんて、まるで絵本のお話みたいです」
「ああ、そうだな。絵本みたいな、悪趣味な御伽噺さ」
ルイスは苦笑しながら、再び夜空を見上げた。
十回の人生が残した傷跡は、そう簡単には消えない。けれど――。
「先輩、お茶、お代わりいりますか?」
「……いや、もういいよ。寝ろ、ルルア」
「はい! おやすみなさい、先輩」
隣で丸くなってスースーと眠り始める少女の寝息を聞きながら、ルイスはもう一度、小さく息をついた。
やる気は出ない。面倒くさいことも山積みだ。
それでも、十一回目の世界で、こうして誰かと並んで焚き火にあたる夜も、たまには悪くないかもしれない。
ルイスは目を閉じ、静かに夜の気配に身を委ねたのだった。
第7話「夜の野営、十回の人生が残した傷跡」をお読みいただきありがとうございました!
焚き火を囲みながら、ルルアちゃんが魔導士の勘(?)でルイスの孤独な痛みにそっと寄り添うシーン、いかがでしたでしょうか。
おバカなやり取りや面倒くさがる姿が目立つルイスですが、その裏では十回の人生分の絶望や理不尽な死の記憶をずっと一人で抱え込んでいる……というのが、この物語のちょっとしたスパイスになっています。
そんな彼にとって、エリスやルルアといった賑やかな仲間たちの存在が、少しずつ凍てついた心を溶かしていくといいですね。
さて、少ししっとりした夜が明けて、次回の旅はどこへ向かうのか? 第8話もお楽しみに!




