第3話:魔王軍の幹部? いや、今日の晩ご飯はシチューがいい
【前書き】
第3話をご覧いただきありがとうございます!
ついに東の森へ向かったルイスとエリス。待ち受けていた魔王軍の尖兵「骸骨騎士団」に対し、ルイスのやる気のない「ため息」が炸裂(?)します。戦う気ゼロなのに、うっかり相手を消し飛ばしてしまう不条理な無敵感を楽しんでいただければ幸いです!
東の森へと続く小道は、木々が枯れ落ちてどこか寂しげだった。
踏みしめる落ち葉がサクサクと乾いた音を立てる。
その中を、前を歩くエリスは銀の鎧を軽快に鳴らしながらずんずん進んでいく。一方のルイスは、一歩進むごとに「あー、足の裏が痛い」「なんでこんな寒い中歩かなきゃいけないんだ」と、全身からあふれ出る気怠さを背負いながら、まるで断頭台に向かう罪人のような足取りでついていっていた。
「ねえ、ルイス。少しは歩くペース上げたら? このままだと夕方までに森の奥に着かないよ」
「夕方までに着かなくていいよ。むしろ日が暮れたら『野営は危険だから宿に戻ろう』って大義名分ができるだろ。完璧な防衛策だ」
「防衛策じゃないでしょ、それただのサボり!」
エリスが振り返ってぷんと頬を膨らませる。
十六歳の少女のそんな瑞々しいリアクションに、十回分の人生を経験したルイスの精神は「若さってまぶしいなぁ(遠い目)」と完全に保護者のような感想を抱いていた。
「だいたいさ、エリス。本当にそこに魔王軍の尖兵がいるのかよ? 昨今の魔王軍なんて、どうせ上層部が『世界征服だ!』とかイキってるだけで、現場の連中は『あー、今日も残業かよ』って愚痴りながら適当にサボってるアットホームなブラック企業だぞ」
「魔王軍をアットホームって言わないの! 彼らは人類の脅威、世界を滅ぼす闇の軍勢なの!」
「はいはい、闇の軍勢ね」
ルイスは心の中で(前の世界で戦った魔王なんて、趣味がガーデニングのおじいちゃんだったしなぁ……)と思い出しながら、あくびをかみ殺した。
そんな軽口を叩きながら歩くこと数十分。
周囲の空気が、ふっと冷たくなった。
「……っ。ルイス、止まって」
先頭を行くエリスが、腰の剣に手をかけてピタリと足を止める。
ルイスもあわやエリスの背中に激突しかけ、あぶなく「めんどくせぇから消えてくれ」の自動反撃スキルが暴発して森ごと消し飛ばすところだった。冷や汗を拭いつつ、前方に目を凝らす。
木々が開けた薄暗い広場に、異様な気配が立ち込めていた。
そこには――いた。
「嘘……本当に『骸骨騎士団』だ……!」
エリスの顔が青ざめる。
月光をも遮るような黒い鎧を纏った骸骨の兵士たちが、十体ほど。その中心に、ひときわ大きく、錆びた大剣を引きずった骸骨の巨体が立っていた。頭蓋骨の眼窩には、ギラギラと不気味な青い鬼火が揺らめいている。
『……ククク……よくぞ来た、人間の小娘と……おい、そこの気の抜けた目をした坊主』
骸骨の巨体が、底冷えのする低い声で喋った。魔力による直接の思念波だ。
『我らは魔王軍が誇る精鋭、骸骨騎士団が尖兵……! 今日こそ、この森を我がものとし、人間どもに恐怖を刻み――』
「あー、はいはい。お疲れ様です」
ルイスは盛大にため息をつきながら、ずり落ちそうになった肩の荷物を直した。
「……は?」
骸骨の巨体の青い鬼火が、戸惑うように揺らぐ。気合の入った名乗りを途中で遮られたのだから無理もない。
「いや、こっちのセリフだっての。寒い中わざわざ外に出てきて、ガイコツが揃いも揃って大声張り上げて。喉乾かないのか? それともお前ら、声帯ないから乾かないのか?」
『き、貴様……! 我らを恐れないのか!』
「恐れるも何も、俺、今すごく眠いんだよ。早く終わらせてくんねえかな。あ、でもバラバラにして埋めるのは後始末が面倒だから、できれば一瞬で消えてもらえると助かるんだけど」
『なっ……ななっ……! 無礼な人間め! 叩っ斬ってやる! 骸骨ども、かかれ!!』
骸骨の巨体の怒号とともに、周囲の骸骨兵たちが一斉にガシャガシャと武器を構えて突進してきた。
「あーあ、めんどくせぇ」
ルイスはぼそっと呟き、ポケットに手を突っ込んだまま、ただ小さく息を吐いた。
それは、十度の人生で染みついた「もう何もしたくない」という極限の怠惰の息吹――ユニークスキル『十度目のため息』、および『めんどくせぇから消えてくれ』の複合パッシブが、意志とは無関係に微弱に漏れ出した瞬間だった。
――ズウン。
空間が、わずかに揺らいだ。
それだけだった。爆風も、まばゆい光も起きていない。
だが、突進してきた十体の骸骨兵たちは、ルイスから数メートルの距離に踏み込んだ瞬間、ピタリと動きを止めた。
次の瞬間。
パキ、と乾いた音が響き、最前線にいた骸骨の腕がポロリと落ちた。続いて全身に細かい亀裂が走り、音もなく、まるで元から存在していなかったかのようにサラサラの砂塵へと変わり、風に溶けて消えていった。
「……え?」
中心にいた骸骨の巨体が、ガタガタと震えだした。自分の配下が、剣を抜くかすらもなく、ただそこにいた男の「ため息」一つで消滅したのだから当然だ。
『な、なんだこの魔力は……!? 貴様、人間ではない……! 怪物め、モンスターめがあぁぁっ!!』
「怪物って失礼だな。俺はこれでも、穏やかに暮らしたい一般人(十一回目)のつもりだよ」
ルイスが気だるげに一歩踏み出すと、骸骨の巨体は恐怖に駆られたのか、「ぎゃあああ!」と情けない悲鳴(を模した思念波)を上げながら、自慢の大剣を放り出して背中を向け、ものすごいスピードで森の奥へと逃げ出していった。
――追う気力など、毛頭ない。
「あ、逃げた。ま、いっか。追いかけるの面倒だし」
ルイスはパチパチと服についた砂塵を払い、やれやれと首を左右に傾けた。
静まり返った森の広場に、取り残されたのは――。
「………………」
ポカンと口を開け、剣を構えたまま固まっている見習い騎士エリスの姿だけだった。
「え……? ええ……? 今の、何……?」
エリスは信じられないものを見る目でルイスの顔と、骸骨たちが消え去った地面を交互に見つめている。
「いやぁ、なんか勝手に崩れていったね。カルシウム不足なんじゃないか、最近のモンスターは」
「そんなわけないでしょ!! あんた、今の何魔法!? 詠唱もなしに、魔王軍の尖兵を一瞬で消し飛ばしたってば! えっ、やっぱりあんた、伝説の神話級勇者なの!?」
「やめてくれ、その『勇者』って響きは胃が痛くなるから。それよりさ、エリス」
ルイスはグーッとお腹を鳴らしながら、空を見上げた。すっかり昼過ぎの太陽が傾き始めている。
「なんだかんだでいい時間だし、今日のところは引き揚げようぜ。帰ったらさ、宿のオヤジに頼んで温かいシチューでも作ってもらおう。肉多めでさ」
「って、聞いてるの!? 話をごまかさないでよルイスーーっ!!」
エリスの怒鳴り声が冬の森に響き渡る中、ルイスは耳をほじりながら、のろのろと帰路へ歩き出す。
十一回目の世界でも、彼の平和なスローライフ(を諦めない)への戦いは、こうして盛大に滑り出し続けていたのだった。
第3話「魔王軍の幹部? いや、今日の晩ご飯はシチューがいい」をお読みいただきありがとうございました!
カッコいい魔王軍の登場かと思いきや、ルイスにかかれば「カルシウム不足のガイコツ」扱いで一瞬で終わってしまうというシュールな展開でした。相変わらず状況についていけず、ツッコミ役に徹するエリスちゃんの苦労も絶えません。
戦いの後の一番の関心が「温かいシチュー」に向かうあたりが、ルイスのブレない隠居ライフ志望を物語っていますね。
さて、骸骨騎士団を追い返した(逃がした)二人の旅の行方はどうなるのか? 次回もお楽しみに!




